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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:やらかし世代の“135度”(都立狛江高)
by 土屋雅史

 長山拓郎監督が繰り返し口にした「普通の都立高校なので」のフレーズ。何度目かのそれへ続けた言葉に力が籠もる。「それでも毎日一生懸命頑張っていれば、『都立の意地』じゃないですけど、ここまでできるということが他の都立高校の力になればいいなって思っています」。関東大会予選で東京4強まで駆け上がった狛江高。“普通の都立高校”が見せた快進撃は、まさに高校生が秘める無限の可能性を証明してくれているのかもしれない。

 6月に群馬で行われる本大会へ進出するための、2枠を巡って争われる関東大会東京予選。出揃ったベスト8の顔ぶれに、見慣れない都立高校の名前が並ぶ。都立狛江。昨年度も総体予選では一次トーナメント決勝まで、選手権予選でもブロックベスト16まで勝ち進むなど、一定の結果は残してきたものの、都内の8強だとインパクトが違う。しかも初戦で延長戦の末に倒したのは、昨年度の選手権予選で西が丘のピッチに立った東海大菅生高。続く駒込高戦も1-0で競り勝ち、大成高と激突する準々決勝へ挑む。

 守備の時間が長くなるのは織り込み済み。「防戦一方になるのはわかっていたので、こらえてこらえて最後ということで、とりあえず守ることからでした」と話すのはキャプテンの安藤貴大。センターバックの曲木雄吉も「もう耐えて、耐えて、耐えて、耐える試合だと思って今日は来ました」と明言する。GKの八木下悠太がファインセーブを披露すれば、曲木と最終ラインの中央に構える奥村直木もギリギリの局面で体を投げ出した。「要所要所で、最後にゴールの前だけはきちっと守るという所は、意識できたんじゃないかなと思います」とは長山監督。延長も含めた100分間は0-0で終了。準決勝進出の行方はPK戦へ委ねられる。

 4人目までは安藤、新井湧大、山本由稀、曲木とすべて3年生がキックを成功させると、大成の5人目を八木下がストップ。スタンドにどよめきが起こる。後攻の狛江5人目も3年生の前原龍太郎。右スミを狙ったボールがゴールネットへ到達する。「これは奇跡ですね、本当に」と笑った指揮官。PK戦の直後は素晴らしい勝利を収めた割に、比較的落ち着いたチームの雰囲気が印象的だったが、しばらくすると実感が湧いたのか、選手にもスタンドの応援団にも高揚感が広がる。東京4強へ。“狛江の春”はもう少し先まで続くことになった。

 試合後。長山監督に話を伺う。「守備をしっかりやるのが狛江高校のチームカラーというか、ウチは私立の強豪校ではないので、入ってきた人をどれだけ成長させられるかと、私立の足元を食えるかという所で、とにかく守備をしっかりやると。それがうまくハマって、今大会は失点ゼロで来ていると思います」と切り出しつつ、「ウチはやっぱり普通の都立高校なので、『とにかく粘り強く』と。コイツらは毎日朝練もしていますけど、『サッカーだけじゃなく学校生活もしっかりやれよ』ということで、厳しい練習というよりは、厳しい私生活を送っているので、『そういうことが最後の最後の所で勝負を決めるんだよ』と言い続けていることが、結果と繋がっているのかなと思います」と言葉は続く。

 “厳しい私生活”には理由があった。「1個上の代は結構一体感があったんですけど、この代は1年生の時から遅刻が多かったりとか、提出物を出さないとか、先生に怒られてきた代で、夏の間は『オマエらは練習しなくていい』となって、ずっと掃除してたりしていたんです」と明かす長山監督。その話を振ると、「自分はたぶん筆頭で“やらかして”いて、正直本当に迷惑ばかり掛けていたんですけど」とバツの悪そうな表情を浮かべたのは曲木。「授業中にお弁当を食べたりとか、くだらない所なんですけど、そういう所が全然しっかりしていなくて、言われると結構反省するのに、2日くらいすると忘れちゃって…」というエピソードが何とも高校生らしい。

 同じく“やらかし”仲間だったという新井も、「1年の時は大人数で遅刻とかして、遅刻したメンバーは、夏休みの選手権予選が始まったくらいから、9月か10月の文化祭くらいまで、グラウンドに入れない、みたいな。その間は本当に先生にも見られていなかったので、自分たちで走ることとか筋トレしかできなくて、周りの他のみんなにも迷惑を掛けているし、居場所がなかったです。その頃は落ち葉拾いとか、部室の掃除とか、できることは全部やりました」と苦笑しながら当時を振り返る。

 こういった体験を経たことで、意識も少しずつ変わっていく。「1年生の頃は先輩に付いていっているだけで、あまり自覚もなかったですけど、2年生で試合に出始めてから、結構変わったかなって思います。ちゃんとやっていない人には言ったりとか、そういうのはできるようになってきました」(新井)「『チームに迷惑掛けたくない』とか、『チームで勝ちたい』って思うと、頑張れる自分がいますね。このチームを後ろから盛り上げていかないと勝てないなって凄く思うし、もう“135度”くらい変わりました。更生しましたね」(曲木)。長山監督は選手たちにこう語り掛けているという。「『担任や他の教員から応援される人間になれ』って言っています。サッカーの上ではみんないい子たちなんですけど、1年の頃のこともあってなかなか“応援されない代”だったので、クラスに戻ってもリーダーになったり、『そういう所で応援される人間になれ』って」。『応援されない代』から『応援される代』へ。彼らの私生活における“135度”が、サッカーにも好影響を及ぼし始めているのは間違いなさそうだ。

「今日集まった時は『僕は緊張してます』というヤツがいっぱいいました(笑)」と長山監督も笑った準決勝。相手は一昨年の総体予選から、都内のトーナメントでは5大会連続で優勝している関東一高。「感じたことのないようなスピード感でビックリした」と安藤が表現した王者相手に、前半で先制を許したものの、「ポストとかバーに結構助けられながら」(安藤)必死に食らい付く。

 最大の見せ場は1点差で迎えた、最終盤の後半38分。途中出場の中元広平が右へ流し、櫻井拓実が中央へ戻すと、走り込んだ前原のシュートは枠を捉えるも、GKがファインセーブ。最初で最後の決定機をモノにすることはできず、タイムアップの笛を聞く。「関東一高と公式戦で試合ができるという経験は、たぶんまったく想像していなかったと思いますけど、東京で一番になるんだったら、東京で一番になる練習をしなくてはいけないし、そういう立ち振る舞いをしなければいけないんだということを、こういう機会があるとダイレクトにわかってくると思うので、そういう意味では本当に良い経験でした」と長山監督。狛江の躍進はベスト4でその行方を阻まれる結果になった。

 大会期間中の約1か月あまり。指揮官はチームの明らかにまとまっていく様子が見て取れたという。「やはり『勝つとまとまるんだな』というのは凄く感じました。勝っていくと練習の質も凄く高まってくるし、声も良く出るようになるし、プレーの質も上がってくるし、彼らが自信を持ってやり始めているのかなと思います」。キャプテンの安藤もその意見に同調する。「試合に向けての意気込みがみんな強いので、お調子者ばっかりだけど、逆にまとめやすいかなと思いました。何か言わなくても、勝手にみんなやる気がバッと出てきて、ちょっとの期間で自分が置いていかれてるんじゃないかと思うくらい騒いでいたので」。

 とはいえ、“お調子者”の顔もしっかり覗く。「大成に勝った次の日は、『オレらベスト4だ!』みたいになって、結構浮かれていたので怒られたんです」と教えてくれた新井。ただ、そこからが彼らの変化した所。その後は選手だけでミーティングをして、気持ちを引き締めたそうだ。「カンイチ戦が近付くにつれて、みんなも引き締まってきて、良い雰囲気で練習できたと思います」と口にするのも新井。「だいぶチームのために動ける人が増えてきたかなという感じです」というキャプテンの発言にも、最上級生たちの自覚が垣間見える。

 前述した準々決勝のPK戦。実は勝利を決めた直後の落ち着いた態度は、ある反省から来ていた。「去年のインターハイ予選でPK戦で勝った時に、運営のヤツが飛び出しちゃって、後で凄く怒られたんです。だから、今回は5人目が蹴る前から『アイツが決めても絶対に行くな』とみんなに言っていて。『相手も悔しいだろうし』と。自分たちは謙虚にやらないといけないので」(安藤)。言われれば納得するが、あの勝利を決めた直後としては、違和感が残るぐらいに落ち着いていた姿勢も、確実にチームが成長しつつある証。おそらく我慢した“喜び”を爆発させるタイミングは、これから先の日々にきっと来るだろう。

 土のグラウンドを複数の部活で分け合い、公式戦で運営補助を務めた際に、各選手へ配られた“日当”をプールして購入した照明を使用している練習環境。それでも、新井が「グラウンドも広いので毎日練習もできるし、先生方も照明を付けてくれたり、結構練習をやれる時間もあるので助かっています。グラウンドが土でボコボコというのはあるんですけど、そこは自分たちの技術が足りない所なので、全然ハンデは感じていないです」と話せば、「グラウンドは結構広くて、野球部とサッカー部と陸上部、ラグビー部、女子サッカー部って全部一緒にできるんですよ。しかもその中でサッカー部が半面を貸してもらえていて、そこは他の部活に感謝していて、恵まれているなと思っています」と安藤も続けたように、置かれている環境に感謝こそ覚えても、それをハンデとして捉える彼らではないようだ。

 今大会の総括を問われた長山監督は、笑顔で「アイツらは1年生の時によく走らされてるので(笑)、ちょっとしたことには折れないようになってきているのかなって感じはありますね」と話してくれた。「狛江高校に入って、先生たちのおかげで『人間的にも成長できたかな』という想いはあります。正直凄く変わりましたし、自分がやらかしている場合ではないと思います」と言い切る曲木も頼もしい。『応援されない代』から『応援される代』へ。『やらかし世代』から『やれる世代』へ。いわゆる普通の都立高校に通う3年生の“135度”は、特別なようでいて、あるいはどんな高校生たちにも秘められている、無限の可能性の象徴なのかもしれない。

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