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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:スマイル・アゲイン(駿台学園高)
by 土屋雅史

 10年ぶりの関東大会出場を決めた直後。大森一仁監督はこう言って、トレードマークの笑顔を見せた。「よそからはいろいろな見方があると思うんですけど、彼らが高校3年間楽しんで、凄く充実したものになってくれれば、僕ら教員としては非常にありがたいことなので、そういう想いがあってやるスタイルでもウチはいいのかなって思っています」。圧倒的な明るさがチームの持ち味でもある駿台学園高。雌伏の時を経て今、彼らは今年の東京を飲み込んでしまうポテンシャルを十分に秘めている。

 波乱含みの展開となった東京の関東大会予選。実践学園高や國學院久我山高、東海大菅生高といった強豪校が相次いで早期敗退を強いられる中、共に全国出場経験を有する修徳高と国士舘高を撃破した駿台学園は、昨年度の選手権予選に続いてベスト8へと進出する。相手は大森学園高。フレッシュな顔合わせとなった準々決勝は、「駿台っぽかったんじゃないですかね」とエースの布施谷翔も認める“駿台っぽい”ゲームとなる。

 前半14分に布施谷のゴールで先制するも、4分後に追い付かれると、26分に渡辺鉄也の勝ち越し弾が生まれたものの、30分と38分の連続失点でスコアを引っ繰り返される。40+2分に布施谷が自身2点目を叩き込み、何とか同点でハーフタイムを迎えたが、「『ロースコアになるかな』という予想はあって、撃ち合っても『3-2ぐらいかな』と思っていた」大森監督の思惑は、前半だけで覆されてしまった。

 それでも、「前半の最後に追い付けた所が大きかったですし、ベンチで『切り替えろ』という話もあったので、切り替えてスイッチが入ったのかなと思います」とキャプテンの猪田光哉も言及した後半は、開始早々のピンチをポストに救われると、3分と23分に「一生懸命やることの象徴的な子」と指揮官も名指しする上原飛翔が続けてゴールを記録し、終了間際の36分にも渡辺がダメ押しの6点目をゲット。終わってみれば6-3でハイスコアの撃ち合いを制し、セミファイナルへと勝ち上がった。

 試合後。「Twitterとかでも皆さんがいっぱい書いてくれているのでありがたいです。『調子こくなよ』とは言っていますけど、ヤツらは調子こいてますよね、アハハハハ」といつもの調子で大森監督が笑う。ここまでの結果で得た手応えを聞いても、「自信が付いている感じもまったくないんですよ。ゲームの内容が内容なので。調子こいてますけどね。ウチの子たちなので(笑) 『今の内だけだから、むしろ調子こいとけ』って言ってるんですけど」と明るく話してくれたが、その後も会話を続けながら、実はそういう彼の姿を見るのは久しぶりだったことを思い出す。なぜならここ数年の駿台学園は、「本当に苦しくて、本当に何をやってもダメだった」(大森監督)時期を過ごしていたからだ。

 猪田が「自分たちはT1になった代を見て入学してきたんです」と語ったように、3年前の駿台学園は都内のトップディビジョンに当たるT1リーグ(東京都1部リーグ)に所属していたが、奮闘及ばず1年での降格を余儀なくされる。続くのは明確な結果の出ない日々。「そうなると選手たちもやっていることを疑いますし、自分たちも疑っていましたし、良い方向には転ばなかったですね」(大森監督)。トーナメントでもリーグ戦でも自信の得られる成績は残せず、難しい時期を抜け出せない。いつしか苦笑の数が増えていった大森監督にも、そしてチーム自体にも、“らしさ”が消えつつあるように感じていた。

 復調の兆しが見え始めたのは昨年の夏。選手権で一次予選に回ったこともあり、指揮官もチームもようやく何かが吹っ切れた。「今までもいろいろなことをいっぱい言われてきたんですけど、『まあウチはウチでいいのかな』と思ったんです」(大森監督)。一次予選を勝ち抜くと、二次予選でもブロックベスト8まで勝ち上がる。最後は國學院久我山に惜敗したものの、一定の結果が出たことで、積み上げてきたものへの確信が甦った。年が明けて臨んだ関東大会予選での躍進を、大森監督はこう考えている。「卒業していった子たちが悪かった訳ではないと思うんです。あの子たちがいっぱい苦しんで、経験してきて、それが僕たちの財産になって、今ここに繋がったんだと思っているので、それは良かったと思います」。苦しい数年間を共有した“卒業生”たちへの感謝は尽きない。

 関東大会の出場権を巡る準決勝の相手は帝京高。「格上相手なので試合前から何も失うものはない感じ」(猪田)でゲームに入ると、前半17分に先制を許すが、36分にはチームメイトの負傷を受け、前半の内に途中投入された三澤崚太がヘディングでゴールを陥れ、この試合もハーフタイムを前に追い付いてみせる。

 後半も一進一退。帝京のシュートがポストに当たれば、駿台学園のシュートもクロスバーを叩く。同点で推移する緊迫したゲームの流れと対照的だったのは、楽しく声を出し続ける駿台学園の応援団。「どんなに相手の応援団が多くても、それに張ってやってくれるので力になりますね」(猪田)「スタンドの目は厳しいです(笑) それもみんな仲良いからじゃないですか」(布施谷)「応援がガッと聞こえると自分たちはもうアガってくるので、アレは大きいですね」(大野竜之)。ピッチの選手たちも、その声援がもたらす力は十分過ぎる程にわかっている。

 スタンドとベンチの距離感も近い。この日も応援団のある1人から、しきりに聞こえてきたのは指揮官への呼び掛け。「監督!監督!コレ勝ったら決勝ですよ!」「監督!監督!関東行っちゃいましょう!」。これには場内からも思わず笑いが漏れる。「何を言っているんだ、オマエは!」「まだ試合中だぞ!」。大森監督も応酬する。「アレを言っていたヤツは駿台中から6年間いて、監督と仲良いんですよ。自分たちの授業も監督は持ってくれているので、距離が近いというのも一番ですね。『駿台ならでは』って感じです」と補足情報をくれたのは大野。ともすれば賛否の分かれるやり取りかもしれないが、個人的にはこういう雰囲気があっても良いと思う。

 迎えた後半35分。三澤のパスを受けた上原が、右サイドを切り裂いて中央へ折り返すと、待っていた大野の左足シュートがゴールネットを揺らす。「先週だけスタメンじゃなくて悔しかったので、『次の試合は絶対出よう』と思って練習から意気込んでいました」と口にしたストライカーの一撃はそのまま決勝点。途中投入の三澤と、スタメンに復帰した大野のゴールで得た勝利に「奇跡には近いんですけど、“大森采配的中”って書いといてください。アハハハハ」と豪快に笑った大森監督。駿台学園は劇的な逆転勝利を収め、実に10年ぶりとなる関東大会へ駒を進めることになった。

 試合が終わると、勝利の報告をした選手たちがピッチ上に、報告を受けた応援団がスタンドにそれぞれ列を作り、おもむろに“カモン駿台”が始まる。「自分たちの代になってからみんなで話して、『ウチらしく盛り上がるやつをやろう』ということで今年からやってます。勝った時のアレは気持ちいいですね」(猪田)。恒例になりつつある歓喜の儀式。ただ、この日のダンスはピッチにもスタンドにも涙があった。「何で泣いているのかわからないんですけど、嬉しいですよね」と大森監督が話せば、「応援してくれるヤツらを嬉し泣きさせられたので、本当に良かったですね」とは猪田。ほとんどが3年生だった応援団の涙には、大野も「あの嬉し泣きで自分もヤバかったです」と正直に明かす。笑顔と涙と咆哮と。彼らの一体感がこの勝利でより強まったことは、言うまでもないだろう。

 元々期待されていた代ではなかったという。「入学してきた頃から夏ぐらいまで負けまくっていたので、彼らは1年生の1学期で正直心は折れているんです」(大森監督)。それゆえか、見た目の明るさと現実を見つめる目は意外な程にギャップがある。「『自分たちはそんなに強いチームじゃないのにな』っていうのもあるんですけど、『ああ、勝っちゃってる』ぐらいがウチの良い所なので、気楽にやれている感じですね」(猪田)「高望みはしないと思いますよ。1試合1試合大事に勝っていきたいというのがみんな思っていることですね」(布施谷)。地に足の着いた発言が頼もしい。

 改めてチームの雰囲気について尋ねると、いつもの調子で大森監督が答える。「よくわからないですけど、あんなのが集まってきちゃうんですかねえ。あとはサッカー部もそうなんですけど、『ウチはこうだよ』と抑え付けるのはやめました。やっぱり彼らの良さや特徴をもっと引き出してあげたいなと。ただ、『一線を越えたらオレはブチ切れるぞ』とは言っているので、そういった意味で彼らの良さが出てきて、こういうキャラが増えているのかなと思うんですけどね」。引っ掛かった部分を再び問う。「スタンドから『監督!』と呼び掛けられるのは“一線”を越えてないんですね?」。即答された。「アレは一線を越えていますよね。アハハハハ」。やはり彼らはこうでなくちゃいけない。

 決勝では関東一高に敗れ、関東大会予選は準優勝という結果が残ったが、来月には群馬で開催される本大会に加えて、全国出場の懸かった総体予選も控えている。「シーズン前に目標は立てていて、“大目標”は都大会のベスト4だったので、これで彼らはもう引退かなと思ってますけど(笑)」と一旦おどけた後、「本当に今は勢いもあるので、ウチの子たちがどこまでやれるのかと、もう楽しみでしかないんですけど、足元はちゃんと見つめながら謙虚に練習はやりたいかなと思っています」と大森監督も表情を引き締める。「本当にこの環境がありがたいので、バンバンウチのサッカーをして挑戦していきたいです」と言い切ったのは猪田。苦しい時期を支えた先輩たちのために。いつも寄り添ってくれる指揮官をはじめとしたスタッフのために。そして、何より未来を信じる自分たちのために。圧倒的な明るさと勢いで相手を飲み込んでいく駿台学園の進撃は、果たしてどこまで。

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