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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:再会(流通経済大柏高・猪瀬康介)
by 土屋雅史

 中学3年生だった、あの日。憧れていたチームは、絶対に倒さなくてはいけない対象に変わった。それから3年。男はようやくピッチで、そのチームとの再会を許される。猪瀬康介。名門として知られる流通経済大柏高のゴールマウスを託された守護神は、気を緩めれば溢れ出してしまいそうな感情を押しとどめ、静かにキックオフの笛を聞いた。

 今シーズンの高円宮杯プレミアリーグEASTは、開幕から鹿島アントラーズユースが6連勝を飾るなど、やや独走態勢に。上位に付ける高体連勢の青森山田高や流経大柏も、負け数こそほとんどないものの引き分けが多く、徐々に勝ち点差を離されていった。そんな中で迎えた、前半戦最後のゲームとなる第9節。流経大柏はホームで鹿島ユースと激突することになる。今後のリーグを活性化させる意味でも、絶対に負けられない重要な90分間の真剣勝負。その一戦をある男は誰よりもずっと、ずっと待ち侘びてきた。

 今シーズンから流経大柏でゴールキーパーの定位置を掴んだ猪瀬は、小学生時代に「ずっと憧れだった」鹿島アントラーズの、下部組織に当たるつくばジュニアへ入団。そのままつくばジュニアユースへと昇格し、ユース、トップチームへと続く未来予想図を頭の中に描きながら、日々トレーニングを積み重ねていく。ただ、順調に成長している手応えはあったが、一番大事な中学3年生の夏を過ぎてから、なかなかパフォーマンスが上がってこない。結果、クラブからはユースへと昇格できない旨を通達されることとなった。

 14歳に突き付けられた残酷な現実。猪瀬は決意する。「鹿島をどうにかして他のチームに入って倒したい」。高体連のチームで彼らと戦うためには、同じリーグに所属している必要がある。いくつか進学先の候補はあったが、鹿島ユースと同じプレミアEASTを戦っているのは、その中で1つの高校しかなかった。2016年4月。「流経大柏に進んで、絶対鹿島を倒してやろうという気持ち」を携え、猪瀬は千葉の名門校の門を叩く。

 高校選手権1回、全国総体2回、全日本ユース選手権1回、高円宮杯プレミアリーグ1回。ユニフォームに日本一の回数を示す“5つの星”を付けた流経大柏の選手層は、今さら言うまでもなく強烈に厚く、それまでほとんど見たことのなかったような選手が、大会の覇権を左右するような大舞台で活躍することも、決して珍しいことではない。猪瀬もなかなかAチームの公式戦に出場するまでには至らず、何度も悔しい想いをしてきたという。

 とりわけ記憶に残っているのは、ホームに鹿島ユースを迎えた1年時のプレミアEAST最終節。ジュニアとジュニアユースでチームメイトだった前田泰良佐々木翔悟が、既にゲームに出ていたのに対し、自分はピッチの外から声援を送ることしかできなかった。「『アイツら、活躍してるな』と思いながら、その時は普通の態度でいたんですけど、やっぱり内心は『うわあ、鹿島には負けたくねえ』って思いましたね」と当時を振り返る猪瀬。ところがその年末に、流経大柏はプレミアEASTから降格。翌シーズンはプリンスリーグ関東へと主戦場を移すことになる。

「まずは鹿島と同じリーグにいなくてはという想い」で選んだ進学先。もちろん目標はそれだけではなかったものの、「やっぱり対戦するのは無理なのかな」と諦めに近い想いが脳裏をよぎったこともあった。それでも、2017年シーズンの流経大柏はプリンスリーグ関東で2位に入り、広島で開催されるプレミア参入戦へと駒を進める。初戦の大阪桐蔭高戦はハイレベルな攻防の末に、勝敗の行方はPK戦へ。ベンチメンバーとして試合を見守っていた猪瀬は、「PK戦になった時はもうドキドキで、『うわあ、大丈夫かなあ』と思ったんですけど、ハルトさん(薄井覇斗、現流通経済大)がPKを止めてくれた時は本当に嬉しかったです」と熱戦を思い出す。

 そのPK戦で大阪桐蔭を退けた流経大柏は、2回戦の徳島ユース戦にも勝利し、1年でのプレミア復帰が決定。「1個上の先輩が上げてくれたので、『もうここでやるだけだ』という想いになりました」と話す猪瀬を筆頭に、今のチームの選手たちによる、最高の舞台を用意してくれた“1個上の先輩”たちへの感謝は尽きない。

 2018年4月。プレミアEASTの開幕戦。清水ユースと対峙する流経大柏のメンバー表を見ると、その一番上に猪瀬の名前があった。ゲームも1-0で完封勝利。以降も開幕から5戦負けなしと好結果が続く中で、猪瀬は「スケジュールが出て、もう一番最初に“7月15日”という所を見て、『よっしゃ!ここで鹿島だ!』と気合を入れてました」と笑ったように、古巣と対戦する“Xデー”を見据えながら日々を過ごしていた。

 しかし、好調だったはずのチームに激震が走る。2年連続での日本一を目指して挑んでいた総体予選の準決勝で、習志野高にまさかの敗退。前回王者は千葉県で姿を消すことになってしまった。「『習志野には勝てるだろう』みたいな心の余裕もあったと思います。去年は日本一になっているので、どこかで『簡単に全国に行けて、決勝に行って、優勝できるだろう』という気持ちも少なからずあったと思いますし、自分もそれは少しありました」と振り返る猪瀬。夏の全国連覇という目標が消え、チーム自体の雰囲気も悪くなっていったそうだ。

 そんな中で副キャプテンも務める猪瀬は、ある“アクション”を起こす。「Bチームのメンバーからも、インターハイの試合を見て『オマエら本当にAチームかよ』という声を聞いて、『ここから先の選手権に向けて、チームを変えていくために、これは言わなきゃいけないな』と思って」、昨年からの主力選手たちに「ずっと出ている選手からチームの雰囲気を変えていくことが大事なんじゃないのか?」と問い掛けた。

 浦和ユースに勝利し、磐田U-18に大敗を喫し、結果は安定しなかったものの、キャプテンの関川郁万や猪瀬を中心にして、チームの雰囲気には確かな変化が現れ始めていた。「1人1人が誰にでも、何でも言える関係を目指しつつ、あとはチームの中で『文句を言わない』という決めごとを作って、紅白戦の円陣の時にも『文句言ったヤツ、全員から“肩パン”だからな』みたいな(笑)、そういう良い雰囲気にどんどん持っていけるようにしていました」と笑顔で語った猪瀬。そして、待ち侘びてきた“7月15日”がやってくる。

 試合前にグラウンドの中央へ整列すると、見慣れたユニフォームがその視界に飛び込んできた。「いろいろ思い出しましたね。ジュニアユースの頃に着ていたユニフォームだったので」。前田と佐々木に加え、やはりジュニアユース時代のチームメイトだった赤塚ミカエルと握手を交わし、気を緩めれば溢れ出してしまいそうな感情を押しとどめ、静かにキックオフの笛を聞いた。

 前半19分に芹田悠真のFKから、須永竜生の豪快なヘディングで先制したのは流経大柏。前半はわずかシュート1本に終わった鹿島ユースだったが、後半はスタートから2枚替えで圧力を強めると、2分には入ったばかりの杉山眞仁が左サイドをドリブルで運び、左足でシュートを放つも、「アイツも自分の後輩で、左足はあまり得意な方ではないのはわかっていましたし(笑)、『ゴロかニア上かどっちか来るだろうな』と思っていて、案の定ゴロが来たので、足で弾くだけでした」と猪瀬が左足で弾き出す。

 12分にはディフェンスリーダーの関川がゴールライン上でスーパークリアを披露すれば、19分に守護神も魅せる。赤塚のドリブルシュートはディフェンダーに当たってコースが変わり、猪瀬の頭上を襲ったが、「今週1週間は水曜、木曜、金曜とディフレクションの練習を結構していたので、それに対応できたのは良かったと思います」と言及するファインセーブで回避。「1か月前の自分だったら、アレは止められていないかもしれないです。積み重ねというか、練習でやったことがまさに生きたセーブだったと思います」とも口にする。

 最大のピンチは、1点リードで突入した後半アディショナルタイム。鹿島ユースはコーナーキックの流れから結城将貴が枠内ミドル。「ちょっとブラインドになっていて見えなかった」猪瀬が懸命に右手を伸ばして弾くと、詰めていたのは小学生からの友人でもある前田。シュートは流経大柏のゴールネットを揺らす。

 同点かと思われた直後。鹿島ユースの歓喜の輪が、一転して抗議の輪に変わる。「弾いたコースに泰良がいたので、『ヤベーな』と思ったんですけど、『弾いた時にあそこにいるということはオフサイドじゃないかな』と思った」猪瀬の感覚通り、副審はフラッグを上げていた。何とか事なきを得た流経大柏が、9分近いアディショナルタイムも確実に消し去ると、勝利を告げるホイッスルがホームグラウンドに鳴り響く。本田裕一郎監督も「こういう相手に勝たなくちゃね」とご満悦。無敗の首位をストップした会心の勝利に、ピッチ上にも応援スタンドにも笑顔の花が咲き誇った。

 実は前回白星を手にした浦和ユース戦も、今回の鹿島ユース戦も、ラストプレーは猪瀬のパンチングだった。「今回の鹿島戦も自分が最後にパンチングして終われたのは嬉しかったです」と笑った守護神の言葉は続く。「でも、やっぱり『鹿島に勝てた!』というのが本当に嬉しかったですね。『これ以上嬉しいことがあるのかな』と思ったぐらいでしたし、それぐらい懸けていた試合だったので」。

 中学3年生だった、あの日。憧れていたチームは、絶対に倒さなくてはいけない対象に変わった。それから3年。一度は対戦すら諦め掛けた時期を乗り越え、ようやく辿り着いた鹿島とのゲームで勝利を収めた猪瀬に、簡単な言葉では表現できないくらい、さまざまな想いが去来していたであろうことは想像に難くない。。

 試合終了後の整列時。猪瀬は鹿島ユースの1人1人と丁寧に握手をしているように見えた。特に仲が良かった佐々木には「ありがとな。また次に戦う時を楽しみにしてるよ」と伝えたという。その言葉の通り、「アイツらも悔しそうでしたね」とかつての仲間を思いやった猪瀬には、まだもう1試合の“再会”が残されている。

 流経大柏と鹿島ユースのリターンマッチは12月9日のプレミアEAST最終節。舞台は県立カシマサッカースタジアムが設定された。、猪瀬にとって、もしカシマスタジアムのピッチへ立つことになれば、それは人生で2回目ということになる。「小学校6年生の時、全日本少年サッカー大会の茨城県大会決勝で、アントラーズつくば対アントラーズジュニアの対決がカシマスタジアムだったんです。その時は負けちゃったんですけど、あのスタジアムでもう1回やって、今度は勝ちたいですね」。

 猪瀬がそうだったように、リベンジを誓う前田や佐々木は“12月9日”を見据え、気合を入れていることだろう。今度は憧れていた舞台で、かつてとは違うユニフォームを纏って、かつてのチームメイトと対峙する。その時、猪瀬の中には果たしてどういう感情が芽生えるのだろうか。あるいは優勝を懸けて両者がぶつかる可能性も十分にあるタイミングの“12月9日”。きっとカシマスタジアムの綺麗な芝生も、成長した彼らの帰還を心待ちにしてくれているはずだ。

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