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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:ミラクル・アゲイン(駿台学園高)
by 土屋雅史



東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 通常モードでおとなしく撮られた“1枚目”の後が真骨頂。それぞれが思い思いのポーズを決める“2枚目”が本番だ。もはや儀式となりつつある『2枚の集合写真』を、このメンバーであと何回撮れるだろうか。「去年はでき過ぎていた部分があったので、あの子たちもプレッシャーはあったと思いますし、何より僕が一番プレッシャーを感じているので。アハハハハ」。明るい指揮官の笑い声が8月の熱気と混じり合って溶ける。2度も崖っぷちから生還し、真夏のセンシュケンを潜り抜けた駿台学園高。彼らがここから挑むのは、先輩たちの“影”を颯爽と飛び越えていくための戦いでもある。

 4月3日。嵐のような風雨が過ぎ去ったグラウンドに、虚ろな顔が並ぶ。新チームになって初めての公式戦。T3(東京都3部)リーグの開幕戦に臨んだ駿台学園は、日大豊山高を相手になすすべなく3失点を献上。ゴールネットを揺らすこともできず、手痛い敗戦を突き付けられた。「ちょっと浮き足立っていたなと。ちょっとヒドいですね。ちょっとこの姿は見たことないです」。大森一仁監督の言葉にも珍しく動揺が窺える。

 2018年の駿台学園は、ある意味で“バズって”いた。関東大会予選は強豪を次々となぎ倒してファイナルへ。選手権予選でも西が丘の準決勝まで駆け上がり、最後は駒澤大高にPK戦で屈したものの、14年ぶりの都ベスト4という大きな成果を手にしてみせる。加えて話題になったのは、試合前の集合写真。それぞれが思い思いのポーズを決めて撮られる写真がSNSで拡散され、『都内屈指のお調子者集団』としてその名を知られるようになっていった。

 先輩たちが残した明確な結果と“集合写真”。一躍注目を集める格好となった新チームに、そのプレッシャーが圧し掛からないはずがない。「『上の代が結果を残したから自分たちも』という気持ちが最初はやっぱり強かったですね」と明かすのはキャプテンの村雲礼惟。ストライカーの三瓶航太は周囲からの視線の変化を実感する。「塾に行くと、講師や他の学校の生徒からも『今年の駿台はどうなの?』とか聞かれますし、そういう周りの目線はありますね」。

 そんな状況で迎えた初めての公式戦にもかかわらず、彼らを待っていたのは言い訳のしようがない完敗。「もしかしたら去年の子たちからのプレッシャーだとか、公式戦で緊張感があったとか、そうであって欲しいけど、次も同じようであれば、ウチの今年は“ずっとない”って思いますね」と話した大森監督は、「勝ち負けじゃなくて、『見ている人もやっている自分たちも充実感のある試合』をこっちは求めているので、今日の試合では何もないし、彼らがこの後でどう考えて、どう行動してくるかかなとは思っています」と続ける。2019年の駿台学園は、屈辱的な黒星からスタートした。

 翌週の関東大会予選初戦で新チームの初勝利を挙げるも、2回戦で当たった都立東久留米総合高にPK戦で敗れると、翌月の総体予選一次トーナメントでは、駒込高に0-1で競り負けて初戦敗退の憂き目を見る。「上の代が結果を残した焦りが出てしまって、2年間やってきたことがまったく出せませんでした」とは村雲。この頃の彼らはなかなか出口の見えない迷路の中で、必死にもがく毎日を過ごしていた。

 指揮官も今年のチームの難しさを実感していた。「去年と同じことを伝えているんですよ。でも、結局聞き手の子たちが変われば、また違ったように捉えていくので、長年指導者をやっていますけど、この難しさは凄く感じますね。また僕がこんな“オリャー”って感じなので、彼らが苦しんでしまっている部分はあるんじゃないのかな」。とはいえ、村雲や三瓶をはじめとした駿台学園中出身者は、“全中”を経験している世代。決して力のないチームではない。

 10番を背負う高橋秀斗の分析が興味深い。「自分たちはみんなちょっとメンタルが弱くて緊張しちゃうんですよ。Tリーグだとメッチャパスを回したりして、上手い形を作れたりするんですけどね」。その言葉を証明するかのように、総体予選以降に6月、7月、8月と1か月に1試合ずつ開催されたTリーグでは3連勝を達成。「インターハイで負けてからみんなで話し合って、話し合ったことを練習して、それからTリーグでも3連勝できたんです」とは三瓶。リーグ戦での好調を追い風に、負ければ終わりの真夏のセンシュケンへと向かう。ところが、その舞台で彼らを待っていたのは冷や汗とミラクルの連続だった。

 8月16日。選手権一次予選初戦。駿台学園は崖っぷちに追い込まれていた。都立美原高との一戦は「前半は押してはいたけど0-0。後半は先に1点取られてパニック」(大森監督)という展開。何とか残り10分で追い付きながら、後半終了間際に勝ち越しゴールを奪われてしまう。ただ、「本当に瀬戸際になってようやく『マズい』って気付く子たち」と指揮官が評した“瀬戸際”で意地を見せる。ストライカーの三瓶がアディショナルタイムに執念の連続ゴールを記録。奇跡的な逆転劇を演じ、辛うじて次のラウンドへと勝ち上がった。

「試合の次の日くらいまでは調子に乗っちゃいました。まあ、その後は2日連続で練習中に監督から『Twitterで取り上げられたからって調子に乗るな』って喝を入れられましたけど(笑)」と照れくさそうな三瓶の笑顔に、何とも言えない“駿台っぽさ”が滲む。「美原高校とは練習試合もやらせてもらっていて、力があることは知っていたので、かなり警戒はしていて。そうすると今度は不安になって過緊張ですよ」と苦々しい顔は大森監督。まさに結果オーライ。しかし、彼らにはまた同じようなシチュエーションに直面する未来が待っていた。

 8月22日。選手権一次予選決勝。駿台学園は再び崖っぷちに追い込まれていた。都立大山高に3-0で勝利したゲームを経て、都大会進出を懸けて激突したのは大森学園高。ここまでの2試合でなんと35得点を叩き出してきた難敵を前に、「自分たちが萎縮してしまって、気持ちが後ろに行ってしまっていた」と村雲。前半13分に先制点を、33分にも2点目を奪われ、早くも小さくないビハインドを背負うと、さらにポスト直撃のシュートを打たれるなど、何もできないままに最初の40分が終了する。

 ようやく訪れたハーフタイム。大森監督の檄が飛ぶ。「『これで終わっちゃうよ?引退しちゃうよ?どうする?こんなので引退になったらシャレにならないだろ』と。しかも後ろの意見と前の意見が合わなくてモメているから、『そういうことじゃなくて、もうこの状況は行くしかないだろ?』とハッパを掛けましたね」。村雲もその10分間をこう振り返る。「練習でやってきたことや夏合宿でやってきたこととか、そういうメンタリティの所、気持ちの所をとにかく言われました」。すると、6日前と同じく“瀬戸際”まで追い詰められた彼らに、ようやくスイッチが入る。

 後半4分。「自分は足元に自信がないので、得意な所を生かした強いヘディングをしようと思っていた」村雲が、コーナーキックから豪快な一撃を頭でゴールネットへ突き刺す。後半7分。「あそこの球際で負けないというのは、筋トレの成果が出たかなと思います。粘りました」と笑う三瓶が、三澤崚太のフィードにマーカーと競り合いながらも左足一閃。執念の同点弾をねじ込んでみせる。

「前半はアレで、後半がああなるから『もうオレ、コントローラー持ってねえわ』って(笑) 『ちょっとスイッチの押し所がわからん』っていう代なんですよね」。大森監督が独特の言い回しで苦悩を口にする。それでもスイッチが入った途端に追い付くあたりに、今年のチームが有する確かなポテンシャルが見え隠れしたことも間違いない。

 延長後半7分。偶然にもこの日で18歳になった男が試合を決める。途中出場の山下凛人が蹴ったコーナーキック。「あんまヘディングは得意じゃないんですけど、『どこかに当てれば入るかな』って。ちゃんとおでこに当たったんですよ!」。それまでヒールキックを筆頭にトリッキーなプレーを繰り返し、「全然パスも出せなくて、ドリブルでも仕掛けられなくて、自分的に調子が悪かった」と認める高橋が気持ちで押し込んだ、苦手なヘディングでの決勝バースデーゴール。「最後に決めたので結果オーライですね(笑)」と浮かべた屈託のない高橋の笑顔に、何とも言えない“駿台っぽさ”が滲む。今大会2度目の冷や汗とミラクルを体感し、彼らのセンシュケンはもう少し続くことになった。

「去年の子たちは『やられる前にやっちまえ』という勢いで勝ったんですけど、今年の子たちは『ヤベー。もうこれ以上下がれねえ』って所まで来てようやくスイッチが入って“オリャー”ってやると。『どっちしても“オリャー”ってなるんだったら最初からやれ』って言ってるんだけど、まあこんな感じですよね」。もはや開き直った感すらある大森監督の表情に、失礼ながら笑ってしまう。「この大会は何回心臓止まったかわからないもん。この前も止まったし、今日も止まったし。こういう形で楽しませる趣旨ではないんですけどね、ウチは。でも、本当に最後は気持ちがある子たちが引っ張ってくれたかなと思います」。

 選手たちが秘めた本来の力を知っているからこそ、2度のミラクルを目の当たりにして、もどかしさと頼もしさという2つの相反する想いを痛感しているのだろう。「去年はでき過ぎていた部分があったので、あの子たちもプレッシャーはあったと思いますし、何より僕が一番プレッシャーを感じているので。アハハハハ」。明るい指揮官の笑い声が8月の熱気と混じり合って溶ける。あるいは今年のチームの“コントローラー”は、最後まで操作できないのかもしれない。けれど、きっとそれも指導者の醍醐味だ。いつ入るかわからないスイッチは、彼らを想像よりさらなる高みへと連れて行く可能性だってある。

「比べられるのはちょっと嫌ですね。今年は“集合写真”もまだみんなぎこちない感じがあって(笑)」。去年のチームでレギュラーを張っていた中村海知はそう語りつつ、今年のチームが果たすべき役目も十分に理解している。「去年の自分は先輩たちに引っ張ってもらってああいう良い光景を見せてもらえたので、次は自分たちが後輩たちに良い経験をさせてあげたいですね」。

 一次予選突破を決めた試合後。応援スタンドをバックに背負った駿台学園の選手たちが整列すると、カメラマンがシャッターを切る。通常モードでおとなしく撮られた“1枚目”の後が真骨頂。それぞれが思い思いのポーズを決める“2枚目”が本番だ。もはや儀式となりつつある『2枚の集合写真』を、このメンバーであと何回撮れるだろうか。これから移り変わっていく季節の風景を、どれだけ記憶の中に刻み込めるだろうか。

 村雲は2度のミラクルを経験した今、覚悟が決まったように見えた。「もう残り数か月なので、とにかくコイツらとバカみたいに笑って、とにかく駿台らしく、大森先生も応援席もみんなが盛り上がれるようなサッカーをやりたいです。上の代は凄かったですけど、もうそういうことは気にせず、自分たちで楽しみたいなって。でも、勝たなければ楽しくはないので、勝つためにとにかく考えて、とにかく動いて、自分たちの長所を生かして、自分たちの好きなサッカーを楽しむことを、残りの時間で突き詰めていきたいです」。そう言い終えて少しだけ漏らした小さなため息が、不思議と印象に残っている。

「自分たちで決めた目標が『去年の先輩たちを超える』ってことなので、それに向けて西が丘には立ちたいですね。行ける所まで行きたいです」(高橋)「目標は西が丘にもう一度立つことなので、自分たちらしくやれたらなと思いますし、ひたむきに練習していこうと思います」(三瓶)「悔いなく終わりたいですね。またみんなで西が丘のピッチに立って、今年は勝って決勝まで行きたいです」(中村)。意識せざるを得ない去年のチームの背中がようやく見えてきた。遥か遠くに思えたその残像は、手の届きそうな距離で揺らめいている。

悩んで、迷って。認めて、見据えて。

 2度も崖っぷちから生還し、真夏のセンシュケンを潜り抜けた駿台学園高。彼らがここから挑むのは、先輩たちの“影”を颯爽と飛び越えていくための戦いでもある。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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