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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:信頼(國學院久我山高・明田洋幸)
by 土屋雅史

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 本当に自分でいいのか、悩んだ日々もある。本当に自分が引っ張っていけるのか、不安でたまらなかった日々もある。それでも今では“キャプテン”という立場の意味を、自分が誰よりも一番よく理解しているという自負もある。「今はスタメンという立場ではないので複雑な心境ですけど、チームが勝つことがやっぱり最優先だと思っていますし、『アイツがキャプテンをやっていて良かったな』と、1年生から3年生まで言われるような存在になりたいと思っています」。誰もがその存在感を認めるキャプテンであり、明るい選手が揃うチームの中でも屈指のムードメーカー。明田洋幸が築いてきた“信頼”は、今年の國學院久我山高に確かな絆をもたらしている。

 その存在を知ったのは4月下旬に行われた関東大会予選準決勝の試合後。腕章を巻いていた山本航生にキャプテンとしての役割について尋ねると、「僕はゲームキャプテンなんです」とのこと。チームキャプテンは別にいるという。その選手を聞いてすぐに納得した。アップエリアからピッチに向かって、人一倍大きな声を張り上げていた小柄な3番。「みんな気さくにイジれて、本人も凄く面白くて良いキャラをしているので、それもチームが1つになっている要因だと思います」と山本航生も評する明田洋幸が、2019年の國學院久我山でチームキャプテンを任されているその人だった。

「自分は“イジられキャラ”でもあるので、そういう雰囲気でやることはやっぱり大事かなと。キャプテンって『話し掛けにくいな』という感じがあるので、それはちょっと嫌だったんです。だから、イジられながらも、厳しくする時はちゃんと叱るようにしたり、そこはメリハリを付けるようにはしていますし、そういう方がみんなもしっかりできるかなと思うので、良い意味で“イジられキャラ”になるようにはしています」。笑いながら口にする姿からも、一目で話し掛けやすい“いいキャラ”感が漂ってくる。

 そもそも本人は自分がキャプテンに指名されるとは思っていなかったという。「自分はシーズンの最初の頃、『明田、キャプテンをやってくれ』と言われる前にも“試し”としてやったんですけど、その時には何をすればいいのかまったくわからなかったんです」。思い浮かべる久我山のキャプテン像は「どちらかというと声でチームを盛り上げるよりは、自分のプレーを見せて引っ張っていく印象」。同じ学年には下級生の頃から試合に出ていたチームメイトが何人もいたため、トップチームの試合にもほとんど出たことのない自分が、どういう振る舞いでチームをまとめていくのか、イメージがなかなか湧いてこなかった。

 ただ、清水恭孝監督は最初から明田をキャプテンに指名することを決めていた。「凄くイジられているキャラだし、それに対して受け止められる子だし、ちゃんと正義感もあって明るいし、本当に自分の息子がああいう子だったらいいなって思う子です」と笑顔で話した後に、続けた言葉が印象に残る。「久我山っておとなしくてマジメな子が多いんですけど、こういう明るさを持っている子は多くないんですよ」。最終的にはスタッフ間の話し合いで「明田だったらチーム全体の雰囲気を変えられると思う」と清水監督がプッシュし、2019年のチームキャプテンは明田に決まった。

 シーズンがスタートしても、しばらくは不安が心の中の大半を占めていた。トップチームには入っているものの、コンスタントに出場機会を得るまでには至らない。「久我山では技術が足りないと試合に出られない部分もありますし、トップチームで試合に出ている選手とプレーしてみて、やっぱりボールタッチの丁寧さとかパススピードとか、動き出しとかも全然足りていないと思います」という冷静な自己分析とは裏腹に、抱いていた“久我山のキャプテン像”とのギャップに苛まれる。

「最初の頃は下のカテゴリーの選手とかにも、話し掛けるのを凄くためらったんですよね」。試合に出ていない自分の言うことなんて、聞いてくれるのだろうか。そう想う心が周囲との積極的なコミュニケーションにストップを掛ける。明るく振る舞う“外側”と、思い悩む“内側”が自身の中でせめぎ合う。

 きっかけは自分の中にあった経験だった。「1、2年生の時になかなか試合にも出られていなくて、その頃にもやっぱり『みんなと一緒に喜びを分かち合いたいな』という気持ちが凄く大きかったんです」。今年の3年生に明るいキャラクターが揃っていたことも追い風に、明田は決意する。「1年生とトップチームの距離を縮めるためにも、話し掛けやすいキャプテンになろう」。この方向性が決まったことで、それまでギシギシと軋んでいた自分とチームを繋ぐ歯車が、ようやくスムーズに回り出す。

 久我山のサッカー部は180人近い大所帯。さすがに1人ですべてを把握することは不可能だ。「カテゴリーごとに1人か2人はまとめてくれる人がいるので、今はどういう状況なのかをしっかり確認して、日々コミュニケーションを取れるようにはしていますね。下のカテゴリーになると自分が応援に行けないことがあるので、そういう時は練習で1年生にもしっかりと話を聞いて、『足りないことがあったら自分に言ってほしい』とか、そういう声を掛けています」。全体の風通しを一番に考え、積極的に多くの部員に関わっていくことで、少しずつ自分なりのやり方が確立されていく。

 とはいえ、もう1つの想いも明田の中で燻り続ける。「関東大会も自分はメンバーに入れなくて、カシマスタジアムのピッチの外でサポートメンバーと一緒にずっと見ていて、関東大会が終わってから、なおさら『試合に出たい』という気持ちが強くなっていきました」。中学時代は都内でも存在感を高めているFC多摩ジュニアユースで、2年生から試合に出ていた実力者。プレーヤーとしての葛藤はあえて言うまでもないだろう。

「自分も全部理解できているとは言えないですけど、絶対そういう気持ちが明田の中でもあるのはわかっていて、毎試合キャプテンマークは明田から試合前にもらうようにしているんですけど、そこを背負って自分がゲームキャプテンをやっているので、『明田の分もやらないと』という気持ちはあります」(山本航生)「正直、実際にツラいとは思うんですけど、それをあまりみんなには見せないようにしてくれますし、本人が一番悔しいと思うので、『明田のために』とは思っています」(河原大輔)。チームメイトはそんな想いも十分過ぎるほどに理解している。

 総体予選の決勝。大成高を下して、東京の頂点に立った直後のセレモニー。メンバーの中央に進み出て、カップを掲げる明田の姿があった。「自分が試合に出ていなかったので、悔しさが顔に出ていたのかわからないですけど、『明田やれよ』みたいに言われて。その時は『本当にやっていいのかな?』と思ったんですけど(笑)、みんなのノリ的な感じでやりました。嬉しかったですね」。河原の言葉がチーム全員の意思をよく現わしている。「自分たちは明田のことをしっかりキャプテンだと思っていますし、自然の流れでカップを掲げたんだと思います」。あの光景は、『試合に出ていても出ていなくても、明田は間違いなく自分たちのキャプテンだ』という、チームメイトからの決意表明だったように思えてならない。

 7月26日。東京代表として全国総体が開催される沖縄へと乗り込んだ久我山は、神村学園高に2-3で競り負け、初戦敗退を突き付けられる。はっきりと日本一を目指して臨んだ大会だったこともあり、「負けた時は結構みんな落ち込んで、もうホテルに帰っても誰も何も話さない状況だった」(明田)そうだが、スケジュールの関係で敗退後も沖縄に残って、トレーニングやトレーニングマッチを重ねる日々を過ごしていた。

 少しずつ元気を取り戻しつつあった7月31日。「せっかく沖縄に来たんだから楽しんで帰るぐらいのつもりじゃないと」という清水の計らいもあって、選手たちは美ら海水族館を訪れる。この水族館の名物の1つがイルカショー。久我山の選手たちが観覧していると、係の人の「誰か前に出てきたい人はいますか?」という問い掛けに、まずは加納直樹が躊躇なく名乗りを上げる。「もう直樹は水着もちゃんと用意していて。でも『1人じゃつまらないな』ということで、『誰が行く?』となった時に、『じゃあ明田いるじゃん』ってなったんです」と教えてくれたのは河原。チームメイトの推薦に、ここで断るキャラではない。かくして加納と明田は観衆の注目を集める中、イルカの“返り水”を浴びるためにステージへと歩み出る。

 ところが、勇気ある決断は少しだけ裏目に出る。「写真を見た時には結構派手で『凄いかな』と思ったんですけど、自分たちに水が掛かった時には観客の反応が薄くて、ちょっと何かミスったかなと。もうちょっと『ワ~』みたいになると思ったんですけど、『オオ~…』って感じで終わったので(笑)」とその時を振り返る明田。河原もその印象を肯定する。「オレらも『これで終わり?』みたいな感じがあって、確かにちょっと残念でしたね。もうちょっと何かやって欲しかったです(笑)」。明田たちは悪くないように思えるが、そう言われてしまうのもそのキャラクターゆえ。彼がチームメイトから愛されていることが、よくわかるエピソードであることは間違いない。

 明田の中でプレーヤーとキャプテンとのバランスに決して折り合いは付いていないが、逆にその部分に対する自分の中での“折り合い”は付いている。「気持ちの整理を付けないといけないと思うんですけど、やっぱりベンチにいる時に『試合に出たい』気持ちがよぎってしまうので、それをなくすことはできないと思います。ある程度『試合に出られていない』現状を受け止めて、だけど『キャプテンである』ことを意識して、悔しさとかも踏まえて、その想いは心の中に残していかないといけないかなと考えていますし、これから選手権もありますけど、そこまでずっとその想いは忘れずにやっていこうと思っています」。折り合わないことで、折り合いを付ける。大人でも難しい境地に18歳の青年は辿り着いている。

 改めてキャプテンとしてのやりがいを聞いてみると、楽しそうな笑顔を浮かべ、明田はこう答えてくれた。「みんなと一緒に喜びを分かち合えるというのが一番大きいですね。点を決めた時とかに、出ている選手がすぐベンチに駆け寄ってくれて『よっしゃー』みたいな感じになるので、その時に凄く『ああ、キャプテンやっていて良かったな』と思うし、最初の頃はなかなか言い出せなかった部分もあるんですけど、最近は後輩たちに指示すると『わかりました!やります!』というふうに意志を持ってやってくれる人がたくさん増えてきて、その時に『ちょっと自分なりのキャプテン像に近付けたかな』という手応えはあるので、そういう部分では凄くやりがいはあります」。

「こういうみんなの中心になれる、ウチのチームにふさわしいキャプテンがいてくれて良かったなと思いますね」という清水の言葉を、おそらくは誰もが実感している。今までの“久我山のキャプテン像”に当てはまるタイプではないのかもしれない。しかし、試合に出ていても、試合に出ていなくても、明田には明田にしかできないことがある。そんな人間はどんな場所にもそう多くいる訳ではない。確かな“信頼”を積み重ねてきた彼が、今年の久我山のキャプテンを務めることは必然だったように思う。

 本当に自分でいいのか、悩んだ日々もある。本当に自分が引っ張っていけるのか、不安でたまらなかった日々もある。それでも今では“キャプテン”という立場の意味を、自分が誰よりも一番よく理解しているという自負もある。「今はスタメンという立場ではないので複雑な心境ですけど、チームが勝つことがやっぱり最優先だと思っていますし、『アイツがキャプテンをやっていて良かったな』と、1年生から3年生まで言われるような存在になりたいと思っています」。誰もがその存在感を認めるキャプテンであり、明るい選手が揃うチームの中でも屈指のムードメーカー。明田洋幸が築いてきた“信頼”は、今年の國學院久我山高に確かな絆をもたらしている。


■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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