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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:居場所(市立船橋高・町田雄亮)
by 土屋雅史

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 ピッチの外からしか、仲間がボールを蹴る姿を見つめることのできない時期もあった。運営を任された本部からしか、仲間が苦しむ姿を見つめることのできない時期もあった。それでも今はその経験があったからと言えるように、残された日々を全力で走り抜くだけの覚悟と準備が整っている自分を確かに感じている。「今はサッカー、メチャメチャ楽しいです」。全国屈指の強豪として名高い市立船橋高を率いるキャプテン。町田雄亮はようやく自らの“居場所”へ帰ってきた。

 9月22日。高円宮杯プレミアリーグEAST第14節。市立船橋は崖っぷちに立たされていた。前節はホームで同じ千葉県のライバル、柏レイソルU-18に1-4と大敗。一気に順位も最下位にまで転落した。試合後に1時間半近くも行われた青空ミーティングが、事態の深刻さを象徴する。絶対に負けられない尚志高とのホームゲーム。この一戦で2か月半ぶりにリーグ戦のピッチへ戻ってきた町田雄亮は、揺らぎ掛けたチームに力強い“芯”を通してみせる。

「やっぱり自分が入ったからには『絶対に勝たないと』という想いはありましたね」と話すキャプテンは、ボランチの位置でプレスにセカンドボール回収にと奔走。圧倒的な運動量と積極的な声でチームを鼓舞し続ける。そんな姿に引っ張られる形で、チームメイトも1週間前とは見違えるようなプレーを披露。後半に鷹啄トラビス松谷昂輝賀澤陽友が次々とゴールを陥れ、守護神の金子麗音も相手のPKを見事にストップ。終わってみれば3-0の快勝で、久々の勝ち点3を奪取した。

「先週あの負け方をして、あのミーティングがあって、今週も最初は雰囲気作りがうまく行かないこともあった中で、だんだん良い雰囲気でできるようになってきての試合だったので、『ここで絶対に勝たないと』という想いはありました」。町田が何度も繰り返した『絶対に勝たないと』というフレーズに、この1勝の持つ意味合いが強く滲む。上々の復帰戦を終えた18歳の顔には安堵の色が窺えた。

 市立船橋のキャプテンという特別な役割を託されたシーズンは、ケガから始まった。プレミアリーグの開幕戦には間に合わず、チームも結果が付いてこない。「試合を本部から見ることが多かったんですけど、自分が出たい気持ちもありながら、『ピッチ外でやれることをやろう』という気持ちは持ちながらも、チームはなかなか勝てずに、ピッチ外でやれることをやっても試合の勝利に直結することではなかったので、本当に『自分が試合に出て勝利に貢献したい』『勝利に導きたい』という想いはずっとありました」。仲間に対しても、自身に対しても、もどかしい想いが募っていく。

 ようやく5月末に戦列へ復帰したものの、総体予選は準決勝で日体大柏高にまさかの敗退。再開したリーグ戦でも鹿島アントラーズユースに引き分けると、永遠の宿敵とも言うべき流通経済大柏高にはホームで0-2と競り負け、青森山田高にも0-3の完敗を喫してしまう。すると、その次のゲームでジュビロ磐田U-18を2-1と振り切り、5試合ぶりにプレミアでの白星を得た一戦のメンバーリストに町田の名前は見当たらない。彼を襲ったのは、またもやケガ。これで夏休みの期間も丸々リハビリに費やすことが決まってしまった。

「ぶっちゃけ言うと、1回目のケガの時は何とか持ち堪えて復帰した部分はあったんですけど、2回目にケガした時は、なかなか一言で言うのは難しいくらいに苦しい部分はありました」とその時を振り返る町田。自らの立ち位置に迷いが生じたことも正直に口にする。「練習後に毎回選手だけでカテゴリーごとのミーティングをしているんですけど、試合に絡めていない時はやっぱり発信しづらいというか、『キャプテンとして発信していかないといけない』と思いながらも、『自分がプレーできていないのに、そういうことを言える立場ではないのかな』と結構考えることはありました」。

 それでも、必死に何かを掴もうとしている内に気付いたこともあった。「試合を外から見ることができて、チームにどこが足りないかとか、『失点した後にチームを鼓舞するような人が少ないんだな』ということを、より感じたんです。だから、『チームが厳しい状況の時こそ、盛り上げる選手が必要だな』とは思っていました」。

 グループの客観視は、すなわち自分の客観視にも繋がる。果たすべき役割が明確にイメージとして湧いてくる。その復帰戦が前述の尚志戦であり、決して簡単な展開ではなかった中で、町田が通した力強い“芯”が市立船橋をポジティブに貫く。『絶対に勝たないと』いけない試合での勝利。苦しんでいたチームにようやく咲き誇った笑顔の花々が、強く印象に残った。

 10月5日。高円宮杯プレミアリーグEAST第17節。連勝を狙う彼らはアウェイに乗り込み、宿敵とのリターンマッチに臨んでいた。「自分のスタイル的にはどの試合も変わらず全力でやるというのは前提にあるんですけど」と前置きした町田も、続けた言葉に力が宿る。「やっぱり流経となると少なからず気にする部分はあって、それは今週の練習からずっとありましたし、勝ち点や今のチーム状況を含めても、勝つと負けるでは全然違う試合というのはわかっていたので、懸ける想いは全然普段と違いました」。流通経済大柏と市立船橋。全国の決勝でも何度も対峙した両雄が、リーグ戦のピッチで向かい合う。

 立ち上がりは流通経済大柏が勢いを持って立ち上がるも、前半14分に鈴木唯人のPKで市立船橋が先制すると、19分には再び鈴木のPKでリードが2点に。ただ、ホームチームも2度の選手交替でリズムを引き寄せ、40分には追撃の1点を返す。まさに一進一退。このカードにふさわしいピリピリとした空気が会場を包む。

 波多秀吾監督も動く。後半開始から2枚替えを敢行し、全体のバランス向上に着手。21分の決定的なピンチも金子が弾き出す。「1人1人がイチフナとしての球際、切り替え、運動量と基本のコンセプトを自覚してきて、練習からイチフナのサッカー選手としての自覚が出てきました」と語るなど、ディフェンスリーダーの風格すら漂い始めている2年生の石田侑資と鷹啄で組むセンターバックを中心に、高い集中力で堅陣を敷き続けると、4分のアディショナルタイムも潰し切った彼らの耳に、タイムアップを告げるホイッスルが届く。

 その瞬間。バタバタとピッチに倒れ込んだのは、敗れたホームチームの選手ではなく、勝ったアウェイチームの選手たち。今シーズン初の連勝に青い感情が爆発する。「最高です。気持ちいいです。メッチャ嬉しかったです」と破顔一笑の町田が全速力で駆け寄った先には、パートナーを組んだ後輩の笑顔があった。

「とりあえず試合が終わった直後は、一緒にボランチを組んで、運動量も多く、球際やセカンドを一緒に回収した佐久間(賢飛)の所に行きました。試合を組み立てる役もしてくれたので、あそこは本当に助かりましたね。メチャクチャ頑張ってくれました。ウチは試合の走行距離がわかるんですけど、自分と佐久間が同率で1位だったんです」と“相棒”を称えながら、「まあ、スプリント回数は自分の方が多かったですけど(笑)」と付け足すあたりに、メンタル的な余裕や充実感も見え隠れする。

 また、この勝利にはもう1つの大きな意味があった。実は今の3年生が入学して以来、市立船橋のAチームは流通経済大柏に一度も勝った経験がなかったという。とりわけ町田は1年時の総体予選、選手権予選で共に敗れたゲームに出場し、2年時のプレミア前期も後半終了間際に登場しながらドロー決着。さらに、プレミア後期と選手権県予選決勝は試合に出ることなく、チームが負ける光景をピッチの外で突き付けられた。

 それゆえに“初勝利”の余韻も言葉をスムーズに紡がせる。「流経に勝つということはどんな想いなのかというのを知らないで、ずっとイチフナでの時間を過ごしてきた中で、今日やっと知ることができたので、これは選手権に向けて大きな材料になったと思います。やっぱり最高です。気持ちいいです。試合後の姿を見てもらえていたらわかると思うんですけど、あんな感じで嬉しさが爆発しますね」。特別な勝ち点3を積み上げて、市立船橋はアウェイの地を後にした。

 町田は勝利という薬が劇的に“効く”ことを改めて実感していた。「先週勝てたことも今回の勝利に繋がっていると思いますし、勝ち癖を付けられたのは… まだ付いていないとは思うんですけど、勢いがちょっとずつ出てきたのは“勝ち”の影響が大きいと思います」。その“勝ち”に、自分がようやくピッチの中という本来の“居場所”で貢献できていることが、キャプテンとしての説得力を一層持たせることも十分に理解している。

 次節の清水エスパルスユース戦を終えると、11月24日に開催が予定されている鹿島ユースとのリーグ戦までは1か月以上空くものの、その3日後には彼らにとって高校選手権の初戦に当たる県予選準決勝がスケジューリングされている。町田はライバルから“初勝利”を挙げた余韻の中で、それでもすぐに前を見据えていた。

「この取り組みをやめたら、絶対また負けが出てくると思うので、喜ぶのは今日までにしておいて(笑)、明日のトレーニングでもう1回全員を締めようかなと。唯人や石田もそういう役割を担ってくれている立ち位置ではあるので、その辺をうまくサポートしてもらいながら、エスパにもアントラーズにもしっかり勝って、選手権に臨めたらいいなと思います」。

 一瞬笑ったその顔は、気付けばもう市立船橋を率いるキャプテンのそれになっていた。勝つことの喜びを、そして何より自らの“居場所”にいられることの幸せを噛み締めながら、町田は最後にこう言い切った。「今はサッカー、メチャメチャ楽しいです」。彼らの高校生活に残された日々は決して長くはない。3年間恋い焦がれた冬の全国を懸ける戦いの訪れは、もうすぐそこまで足音が聞こえ始めている。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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