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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:日々の結晶(市立船橋高・中村颯)
by 土屋雅史

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 1点をリードしながら、押し込まれている状況で声が掛かる。残された時間は20分あまり。もし、このまま試合を終えられれば、憧れ続けた舞台が待っている。もし、引っ繰り返されれば、憧れ続けた舞台は夢と消える。特別な一戦の、特別な時間帯。ただ、頭の中は不思議なくらい冷静だった。「こういう特別な試合の時に監督の気持ちに応えられるかとか、他の選手たちの気持ちを背負って、それをどう表現するかは日々の練習や意識の所で変わってくると思うので、そこを常に自分は意識しながら生活してきましたから」。とっくに腹は決まっている。鮮やかな青色のユニフォームを纏い、中村颯はファイナルのピッチへと駆け出していく。

 見慣れない“3文字”に目が留まる。11月27日。選手権千葉県予選準決勝。これが大会初戦となる市立船橋高のスタメンリストの中に見つけた、“中村颯”という名前。今シーズンは高円宮杯プレミアリーグを中心に同校の複数試合を取材してきたものの、その文字列を目にした記憶はなかった。11人の並びを見ると、おそらくはセンターバックでの起用。妙に気になった6番の背中を、試合が始まると自然と追ってしまう。

 2年生センターバックの石田侑資とコンビを組んだ中村は、専修大松戸高が膨らませたい攻撃の芽を1つずつ、確実に摘んでいく。試合終盤には本来のレギュラーであり、今シーズンのチームを最終ラインから支えてきた鷹啄トラビスが投入されたものの、中村はそのまま3バックの右へ入り、タイムアップの瞬間をピッチ上で迎える。4-0の快勝。市立船橋は7年連続となる決勝進出をしっかりと手繰り寄せた。

 試合後。今年からチームを率いている波多秀吾監督に中村のことを尋ねると、こういう答えが返ってきた。「11月最初のエスパルス戦でサイドバックで出場したんですけど、ここ最近で本当に凄く伸びてきた選手です。なので、今回もトラビスがケガを負っている状況でしたけれども、この間のアントラーズ戦同様に彼の穴をしっかりと埋めてくれましたし、今はなかなか外すことができないような状況にもなってきているので、嬉しい悩みですね」。ますますその存在が気になってくる。スタッフに声を掛けて呼んでもらうと、中村は少し戸惑うような表情を浮かべながら、ロッカールームから姿を現す。

「個人的には初めての選手権だったので、昨日の夜は眠れなかったというか、緊張する所もあったんですけど、チーム全体の力が自分の励みになって、自分の背中を押してくれました」。しっかりと考えながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。実直な性格は、その柔らかい物腰と漂わせている雰囲気からすぐに察することができた。

 もともと長崎の出身だった中村は、中学入学時に親元を離れてJFAアカデミー熊本宇城に入校。同時に熊本の強豪クラブとして知られるFCKマリーゴールドに加わり、自身の実力を磨いていたが、進路を考え始めた中学2年生の冬に、“あるチーム”と運命的な出会いを果たす。「東福岡の選手権の試合をテレビで見ていた時に、最初は東福岡を応援していたんですけど、相手のチームが凄く上手くて、そっちに見入っちゃって。で、『凄いなあ。これはどこのチームなのかなあ』とよく見たら市立船橋で、『このチームでやりたいな』とシンプルに思ったんですよね」。

 14歳で定めた決意は貫かれた。練習参加を経て、市立船橋高校の門を叩く。あの日にテレビで見た鮮やかな青色のユニフォームを纏い、あの日にテレビで見た舞台に立つことを目標に高校生活をスタートさせたが、全国でもトップレベルの選手が集う競争は想像以上に激しく、Aチームの試合に出場することはおろか、そのグループに食い込むことすら許されない。

 3年生になっても立ち位置に劇的な変化は訪れず、「新チームになって代が変わってからもAチームかBチームかという境界線をずっとさまよっていて、夏休み明けぐらいにまたBに落ちました」とその頃を振り返る中村。9月22日にグラスポで開催された、Aチームが戦うプレミアリーグと、Bチームで臨む県1部リーグのダブルヘッダー。改めてその日の取材ノートをめくると、“2試合目”の右サイドバックの位置に彼の名前はあったが、プレーの印象は正直残っていない。今からほんの3か月前では、それが中村の立ち位置だった。

 偶然がチャンスを連れてくる。10月13日に開催予定だったプレミア第15節の清水エスパルスユース戦が、台風19号の影響で11月2日へと延期されたため、FIFA U-17ワールドカップの日本代表に選出された畑大雅が欠場を余儀なくされる中、右サイドバックの代役へと指名されたのが中村だった。3年目でようやく掴んだAチームでの公式戦デビューは、残留の懸かっている大事なプレミアの舞台。怯んでもおかしくないシチュエーションにも、「イチフナっていう名前を背負っている以上、やらないといけない」と覚悟を決める。

「冷静さが自分の特徴なので、『頭は冷静に、体は激しく』ということを意識しました」と振り返るデビュー戦。何とも言えない緊張感に包まれながら、後半途中に負傷交替するまで、自身に課された役割をまっとうしてみせる。「『あ、やれるな』というか、戦える自信は付きましたね」と中村。試合も1-0で市立船橋が勝利を収め、残留のために大きな勝ち点3を積み上げることに成功した。

 すると、続くプレミアの鹿島アントラーズユース戦では、負傷を抱える鷹啄の代役として、今度は本職のセンターバックでスタメン出場。「今までできていた当たり前のことを、当たり前にやることができたのが良かったと思います」と言及したように、今度は90分間のフル出場を果たし、またもチームの貴重な勝利に貢献。立ち位置は一変する。その流れの先にあった選手権の“デビュー戦”も、スタメンフル出場で完封勝利。中村にとっての11月が、極めて濃厚な1か月だったことは言うまでもない。

 会話を重ねる内に、気付いたことがあった。地に足が付いている。繰り返して強調するのは日々の積み重ね。「大事なのは試合だけじゃないし、ピッチ外でもチームの一員として恥じない行動を取ってきましたし、そういう所も日頃の生活の中で成長できているから、こういう勝ちに繋がるのかなと思いました」「もう残りの高校サッカーも短い中で、チームに対して自分がどう貢献するかと考えた時に、それこそピッチ内でも、ピッチ外でも、3年生という立場でやることは同じだと思っていて、今一番心の中にあるのはイチフナとしての看板を背負っているという責任と感謝です」。常に“日常”を見つめてきたからこそ、“特別”をその延長線上だと捉えていることが、じわじわと伝わってくる。

 決勝への意気込みを尋ねると、少しだけ考えた中村は、丁寧に語り出す。「やっぱり地元を離れているので、その分だけ周囲の人たちの期待も背負っていますし、遠い所でも映像で頑張っている姿を見せたいですね。それこそ優勝したり、タイトルを獲ることも1つの恩返しになりますし、あとは1つの希望を子供たちに与えられればいいなと思います」。遠く離れた地の人々へ想いを馳せる。自分にできることを、1つずつ。すべてはあの日、運命的に出会った青色のユニフォームのために。

 11月30日。選手権千葉県予選決勝。相手は流通経済大柏高。7年連続の同一カード。市立船橋にとって最大のライバルであり、最高のライバルが、手ぐすねを引いて彼らを待ち受ける。畑もブラジルから帰国し、鷹啄も戦列に復帰したため、中村はベンチからのスタート。それでも、やるべきことに迷いはない。そのために日々を積み重ねてきた。

 全国注目のファイナルは白熱する。前半12分に市立船橋が森英希のゴールで先制したものの、後半7分に流通経済大柏が同点に追い付く。9分には再び森が得点を奪うも、15分に流通経済大柏が同点ゴールをマーク。シーソーゲームはその2分後に10番を背負う鈴木唯人の一撃で、またもや市立船橋が勝ち越し。追い付くしかない流通経済大柏は、セットプレーを含めて一段階強くアクセルを踏み込み、攻勢を強めていく。

 1点をリードしながら、押し込まれている状況で声が掛かる。残された時間は20分あまり。もし、このまま試合を終えられれば、憧れ続けた舞台が待っている。もし、引っ繰り返されれば、憧れ続けた舞台は夢と消える。特別な一戦の、特別な時間帯。ただ、頭の中は不思議なくらい冷静だった。「こういう特別な試合の時に監督の気持ちに応えられるかとか、他の選手たちの気持ちを背負って、それをどう表現するかは日々の練習や意識の所で変わってくると思うので、そこを常に自分は意識しながら生活してきましたから」。とっくに腹は決まっている。鮮やかな青色のユニフォームを纏い、中村はファイナルのピッチへと駆け出していく。

「リードしていて押し込まれている場面は、自分がピッチに出場できる可能性が大きかったので準備していたんですけど、いざっていう時に出場できたのも率直に嬉しいし、監督も自分を信じて送り出してくれたので、もうしっかりとゴールを守り切る所を考えていました」。特別な試合だからこそ、積み重ねてきた日常が、より試される。ロングスロー。フリーキック。コーナーキック。掛け続けられる圧力を、青き仲間と共に必死に弾き返し続ける。80分間が終わった。アディショナルタイムは5分。自分にできることを、1つずつ。すべてはあの日、運命的に出会った青色のユニフォームのために。

 待ちに待ったホイッスルが聞こえた時、自然と涙が頬を伝っていた。「2年間出れなかった選手権で、『やっと自分たちの代で全国に行ける』という想いと、やっぱり波多監督も1年目なので、『全国に出してあげたい』という気持ちもみんなの中に大きくありましたし、イチフナの代表としてピッチに立たせてもらっている中で、出れない選手たちやスタンドで見てくれている選手たちに、勝利という形で恩を返せたかなって想いが溢れ出てきたんだと思いますね」。みんな泣いていた。3年間を共にしてきたピッチの仲間も、ベンチの仲間も、スタンドの仲間もみんな泣いていた。日々の結晶は、最後に彼らへ優しく微笑んだ。

 スタッフに声を掛けて呼んでもらうと、中村は充実感の漂う笑顔を浮かべながら、ロッカールームから姿を現す。「こういう特別な試合の時に監督の気持ちに応えられるかとか、他の選手たちの気持ちを背負って、それをどう表現するかは日々の練習や意識の所で変わってくると思うので、そこを常に自分は意識しながら生活してきましたから」。3日前より少しだけ口調は軽かったが、やはり基本的なスタンスは変わらない。ゆっくりと、丁寧に、言葉を選んでいく。

 この日は長崎から両親が観戦に訪れていた。地元を飛び出して6年目。それゆえに、感謝の想いは日々募っていく。「中1から親元を離れているので、親のありがたみは凄く感じますし、サポートしてくれる人がいるから、こういうありがたい立場で試合に出れるとか、そういうことを自分に言い聞かせています。常に謙虚な気持ちがないと、恩返しの想いが行動で伝わらないのかなと。自分は言葉じゃなくて、それこそ今日の優勝のような結果で、行動で感謝を伝えたいと思っているので」。中村の“恩返し”は、きっと誰より彼を応援している2人にも届いたことだろう。

 あえて聞いてみる。「イチフナに来て良かった?」。いったん自分の中で整理した中村は、笑顔でこう返してくれた。「はい。自分はイチフナが好きなので。今日は卒業していった人も来てくれていたんですけど、その人たちに『ありがとう』って言ってもらった時に、『ああ、イチフナで良かったな』って思いました」。シンプルで実直な言葉へ、3年間の重みが確かに滲んだ。

 積み重ならないものは、結晶へと変化しない。逆に言えば、積み重ねたものだけが、結晶へと変化する。何気なく過ぎて行ってしまう日々の中で、どれだけ積み重ねられるものを見つけ、見つけたものを積み重ねてきたか。それはきっと今回のような特別な時に、また試されるのだろう。それでも、心配はない。中村が積み重ねてきた“日々の結晶”は、責任も感謝も涙もすべて吸い込んで、次の特別な時にいつでも取り出せるよう、彼の心の内側でキラキラと輝いている。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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