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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:MAKING THE ROAD(ザスパクサツ群馬・吉田将也)
by 土屋雅史

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 あるいは朝起きて向かうのはグラウンドではなく、満員電車やオフィスだったかもしれない。あるいは気にする数字は勝ち点やアシスト数ではなく、契約件数やボーナスの金額だったかもしれない。それでも今、自分の一番好きなことを日々の生業として、一番大切に関わり続けてきたボールを変わらずに追い掛けている。「自分はプロで活躍できると思っていなかったので、今のこんな立ち位置にいる選手じゃないんですけど、やっぱり以前とは自分が変わっていて、みんなが応援してくれる立場にあるんだなって感じますね」。背番号19。ザスパクサツ群馬の大卒ルーキー。吉田将也が切り拓く道の後ろでは、いつだって彼を支えてきた多くの“眼”が、その行き先を温かく見守っている。

 初めて吉田将也を見たのは高校2年生の頃。東京都の各種大会では常に上位を窺う強豪の成立学園高において、既に右サイドバックのレギュラーを掴んでいたものの、その印象は失礼ながら強くは残っていない。本人も「高校に入った時も周りはエリートも多くてみんな上手くて、自分は本当に一番下から這い上がっていった感じでした」とその頃を振り返る。

 良く言えば安定感のある選手。言い方を変えるとそこまでは目立たない選手。当時のノートを紐解くと、彼がプレーしていた試合は10試合近く取材していた中で、何かを特記していた形跡はなかった。2年時も3年時も全国総体には続けて出場したが、選手権では予選敗退。取り立てて際立った成果は得られず、東京農業大学へ進学する。

 大学でも定位置を確保したのは3年生から。1、2年時のヘッドコーチでもあり、群馬の地で再会することになった埴田健、3年時に監督へ就任した三浦佑介の2人から学んだものは多く、「自分が試合に出ていようが出ていなかろうが、『ここで満足するんじゃないぞ』という厳しい言葉をずっと掛けてくれていたので、そういう指導が今の自分のプレースタイルに繋がっていると思います」と吉田は感謝を口にする。とはいえ、大学卒業後の職業として、プロサッカー選手を現実的に捉える立ち位置ではなかった彼が、いわゆる一般的な就職活動をスタートさせたのは、ごくごく自然の流れだった。

 ユニフォームをスーツに着替え、ネクタイを締めて様々な企業を回る。はきはきした口調。整理された物事の考え方。ミックスゾーンで話を聞けば、各社の採用担当が吉田にどういうイメージを抱くかは容易に想像が付く。内定を勝ち獲ったのは5月。「成立の総監督の宮内(聡)さんにも『自分、就職するんで』と報告して、『どこに決まったんだ?』『ここです』『おお、結構な大手じゃねえか』みたいに言われました(笑)」と吉田。残された大学生活はサッカーに集中するため、早々に就職活動へピリオドを打った。

 想像もしなかった“世界線”は、1本の電話から動き出す。宮内への報告から3週間余りが経った頃。吉田の携帯電話が光る。向こう側の声の主はザスパクサツ群馬の強化本部長を務める飯田正吾。意外な着信は8月に行われるミニキャンプへの参加を打診するものだった。「正直その時はプロに入るというよりも、大学のチームのためにというか、農大も結果が出ていなかったので、プロの雰囲気を感じ取って、自分がそれを還元できたらという意味で参加しようと思いました」。結果的に運命を大きく変える決断は、この時に下された。

 3日間のミニキャンプで高評価を得た吉田は、そのままチームに帯同。Jクラブ相手の練習試合にも起用される。「そこでいろいろな刺激を受けて、『プロって素晴らしい所だな』『ザスパって素晴らしいチームだな』って感じて、意識するようになりました」。大手企業のサラリーマンか。プロのサッカー選手か。決まっていたはずの心は揺れる。

 なかなか大学のチームが結果を残せず、苦しい時期を過ごしていたタイミングで、飯田から再び連絡が届く。今度は3日間の練習参加要請。覚悟は定まった。「もうこれは自分がザスパにちょっとでも必要とされるのであれば、もう少しプロになれるように足掻いてみようかなと感じて、企業の方には頭を下げながら『申し訳ありません。チャレンジさせてください』と」。内定式にも出席していたが、退路を断った。

 12月上旬。改めて挑んだ3日間の練習参加を経て、“2度目”の内定を手繰り寄せる。クラブからリリースが出たのは12月25日。吉田にもたらされた最高のクリスマスプレゼント。ただ、ザスパクサツ群馬を愛するサポーターにとっても、このリリースがサンタクロースからの大事な贈り物であったことを理解するのは、もう少し後のことになる。

 2019年5月25日。ようやく巡ってきた出番に心は沸き立っていた。「よく『緊張しなかったの?』とか言われたんですけど、そんなことは全然なくて、これまで準備してきたものがようやく出せるというワクワク感の方が凄く大きかったんです」。天皇杯1回戦。相手は東京国際大学。プロサッカー選手になって約半年。スタメンに指名された吉田は、初めてネイビーカラーのユニフォームに袖を通し、ザスパクサツ群馬の一員として公式戦に挑むことになる。

 今年の大卒ルーキーは全部で6人。そのうち、5人は既にリーグ戦でプロデビューを飾っていた。「周りの同期はみんなどんどんデビューしていて、ちょっと『何でだろうな?』と思う時期もありましたけど…」と明かした吉田が続けた言葉に力が籠もる。「でも、別に自分がそこまで上手い選手でないのはわかっていて、1つ1つの練習を丁寧にこなすしか道がないと思っていましたし、出れない期間もザスパの試合を見て、いろいろな選手からいろいろなものを吸収して、『チャンスがいつか必ず来る』と思って練習していたので、逆にあの時の自分が良く腐らなかったとは思います」。

 試合は終了間際の延長後半11分に、吉田が懸命に走ったオーバーラップが起点となり、同期入団の高澤優也が決勝ゴールを叩き込む。120分間フル出場を果たし、勝利に貢献する上々のデビュー戦。「あの試合が自分のプロサッカー選手のスタートだったので、正直凄く思い入れがありますし、あの試合は自分にとってすべてかなと。このザスパというチームでキャリアをスタートする上ではすべてだったかなと思います」。積み上げてきた努力は自分を裏切らなかった。

 その1週間後。またも先発で起用されたFC東京U-23とのリーグ戦で、いきなりプロ初ゴールを記録。続くガイナーレ鳥取戦では1ゴール2アシストと圧巻のパフォーマンスを披露し、完全に右サイドバックのレギュラーを獲得すると、以降のリーグ戦は全試合でスタメンリストに名前を連ね、重ねた9つのアシストはJ3トップの数字。本人は「ちょっとでき過ぎというか(笑)、自分でもビックリしているんですけどね」と笑うが、今やチームの絶対的な主力選手としての立ち位置を確立したことは疑いようがない。

 チームは昇格争いの真っ只中に身を置いている。「いちサッカー選手としては凄く良い経験をさせてもらっていますし、本当にこのチームに入って良かったので、このチームに恩返しをするのが今の自分にできる最大限のことかなと。1個1個の試合を大事に、本当にこれがラストゲームぐらいの気持ちでやるのが自分だと思っています」。個人のチャントも作ってもらった。「サポーターからそれだけ認められているのは本当に嬉しいことですし、より一層このチームのためにと思います」。彼らの声援が自らを衝き動かしてくれることも、ピッチの上で強く感じている。きっとサポーターも昨年末にひっそりと届けられていた“クリスマスプレゼント”の意味を、今ならハッキリと理解しているのではないだろうか。

 プロサッカー選手だからこそ、伝えられる想いがある。「本当に今までお世話になった方々との出会いは大事にしていきたいと思いますし、そういう方々の期待に応えるのは自分自身の結果ですし、結果でしか返せない恩というのはあるので、見えない所で応援してくれている人のためにも、結果を出し続けるしかないと思っています」。

 プロサッカー選手だからこそ、伝えたい想いがある。「大学4年の時は都リーグに降格してしまいましたけど、その中にいた選手でもプロとしてこれだけ活躍できるということを示すのは凄く大事で、農大を代表している選手として自分がチャレンジしていくことで、後輩が『将也くんがこれだけ頑張っているから、自分たちももう1回昇格して、あの関東リーグの舞台に行けるように』と思ってくれれば、それは『ちゃんと後輩に響いているな』と自分で思えますから」。

 ふとした時に感じることがあるという。「自分はプロで活躍できると思っていなかったので、今のこんな立ち位置にいる選手じゃないんですけど、以前とは自分が変わっていて、みんなが応援してくれる立場にあるんだなって感じますね」。1年前には想像もしなかった“世界線”。少しずつ、少しずつ。目の前の階段を一段ずつ上って、この位置まで辿り着いた。その姿勢はきっとこれからも変わることは決してない。「やっぱり自分1人の力では、ここまで来ることはできなかったですから」。その言葉に吉田の過去と現在と、そして未来が1つに重なった気がした。

 あるいは朝起きて向かうのはグラウンドではなく、満員電車やオフィスだったかもしれない。あるいは気にする数字は勝ち点やアシスト数ではなく、契約件数やボーナスの金額だったかもしれない。それでも今、自分の一番好きなことを日々の生業として、一番大切に関わり続けてきたボールを変わらずに追い掛けている。

「自分の好きなことを仕事にできる人はなかなかいないと思うので、それを仕事にすることができて、しかも『チームのために頑張ってくれ』って言われたら、それは『自分で良ければ頑張らせて下さい』ってなりますよね。これからも本当に楽しみです」。背番号19。ザスパクサツ群馬の大卒ルーキー。吉田将也が切り拓く道の後ろでは、いつだって彼を支えてきた多くの“眼”が、その行き先を温かく見守っている。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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