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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:タマギワ!タマギワ!カズ・トーキョー!(FC東京U-18)

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東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 ホームとも言うべき西が丘の夜空にその体が4度舞う。「水を掛けられていたので、顔がビチャビチャになっていただけですよ」と本人はうそぶいたが、「監督も涙を流していたので、凄く嬉しかったです」とキャプテンの蓮川壮大が証言してくれている。就任してから過去2年の全国大会では準優勝が1回に、3位が2回。自ら「よく『日本で2位の監督』と言われ続けてきた」と笑う佐藤一樹監督率いるカズ・トーキョーの初戴冠。その陰には『球際』と『一体感』という2つの大きな軸が存在していた。

 第40回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会で8年ぶり3度目の優勝を飾ったFC東京U-18。全7試合で2失点という鉄壁の守備を支えたのが『球際』の強さだ。「もちろん“繋ぎ通す”というのも目標にあるんですけど、『球際』の所で負けない所というのは監督がずっと掲げてきた目標でもあるので、『球際』や戦う気持ちのメンタリティの部分はみんな意識してやってくれていると思います」と蓮川が話したように、佐藤監督はことあるごとに『球際』の重要性を説いてきた。そのこだわりは、8年前にやはりこの大会を制したチームを指揮していた倉又寿雄元監督に通ずるものがある。今の3年生は佐藤監督が就任した年にU-18へ入ってきた学年であり、いわば約2年半の時間を掛けて『球際』を叩き込まれてきた世代に当たる。

 興味深いのは、もはや『球際』は彼ら3年生の中で特筆すべきものではないということだ。決勝の試合後に、先制ゴールを叩き出すなどボランチで存在感を発揮した鈴木喜丈と蓮川の2人に『球際』について水を向けると、ほんの少し言及した後に揃って「それよりも」と違う部分へ話のベクトルが移り変わっていった。逆にその部分を敏感に感じ取っているのは、このチームに加入してまだわずか数か月にもかかわらず、主力として日本一を経験した1年生の平川怜だ。「守備での激しさや『球際』は絶対に要求されるので、ユースに入ってきてそれを習慣にして、それが成果となってこの大会でボールを奪うシーンが増えてきているのかなと思います。中学時代は守備の部分での貢献度は全然少なかったと思うんですけど、ユースに入って守備でもチームを引っ張れるような感じは出てきたのかなと思います」と話した平川は「J3を経験している選手は『球際』とかが全然違うので、そういう盗める所は盗みたいと思います」と続ける。

 決勝ではややボールロストも目立った平川だが、前半34分には相手のボールをかっさらい、前に運んだドリブルが阻まれても、またボールに食らい付く執念を見せた。優勝のホイッスルが鳴る直前。まさにラストプレーで相手へ体を寄せてボールをカットしたのは、平川同様に今シーズンからチームに加わった久保建英。このチームで試合に出るためには、中学3年生であろうと1年生であろうと、クリアすべき基準がある。「トレーニングから『もっと寄せろ』とか『奪え』ということだけじゃなくて、『そうした時には、こうした得があるんだ』ということを落とし込みながらやってきて、だんだんチームとして間合いの近さの基準というのは上がってきていると思うので、僕が監督になって3年目ですけど、その部分はどんどん良くなってきています」と佐藤監督。もはや“普通”になっている『球際』の強さが、大会の中でも群を抜いていたことは疑いようがない。

 また、『一体感』も今年のチームを語る上では欠かせない。準々決勝までのスケジュールが開催された群馬は、佐藤監督にとっても慣れ親しんだ故郷。しかも、チームが宿泊していたホテルは佐藤監督の実家からも程近い位置にあり、隣の公園は「小学校時代にラジオ体操で通っていた公園」だという。大会期間中にその公園で夏祭りがあった。指揮官もブラリと覗きに行くと、「何かデカいヤツが踊っていて、誰かと思ったら波多野だったんですよ(笑)」という衝撃の事実も。波多野豪曰く「僕の性格上、ずっと見ているというよりは『混ざりたいな』という気持ちがあって、ちょっと周りの人も少なかったので、僕たちが祭りを盛り上げようと思いました」とのこと。さらに、偶然にも屋台を出していた方の中に佐藤監督の中学時代の“先輩”がいたらしく、チームメートと10人近くで連れ立って公園に出向いていた久保も、楽しそうに監督の“先輩”とコミュニケーションを取っていたという。後輩を誘い出した理由を尋ねられ、「自分も年上の代の大会に出た時には少し遠慮する所もあったので、そこは何とかしてあげたいなという気持ちもありました」と答えたのは“祭りの主役”の波多野。このエピソードだけでも、チームの雰囲気が透けて見える。

 準決勝で印象的な光景があった。1点のビハインドを追い掛ける状況で、後半開始から投入された久保は自ら仕掛けて獲得したFKを、最高の軌道でゴールに叩き込んでみせる。そんな久保が真っ先に駆け出した方向で待っていたのはベンチの “先輩”たち。「ピッチ内でもピッチ外でも先輩たちが凄く優しくしてくれて、自分はストレスなく自由にやらせてもらっている感じがあるので、思い切ったプレーが出せているのかなと思います」と話した平川も、逆転ゴールをマークすると一目散に“先輩”たちの元へとダッシュしていった。「今回は3年生でベンチに入れない選手もいて、ユースは『一体感』というのを目標にやっているので、そういう意味では全員で喜びを分かち合うというのは自分も凄く良いシーンだと思っています」と蓮川が話せば、「カズキさんもいつもミーティングで『一体感』と言われるので、そういう所が自分たちの良い所だと思います」と波多野。まだU-18に加わって日の浅い15歳と16歳を中心にして2度広がった歓喜の輪に、このチームの強さを見た気がした。

 もちろん『一体感』のラストピースは佐藤監督だ。優秀なスポークスマンでもある蓮川が
「ハーフタイムに監督が少し目が潤むシーンもあったので、そこでみんなも『またやろう』という気持ちが凄く入りました」と明かしてくれた。そのことを本人に尋ねると、「8年間優勝できていなくて、ましてや一昨年の悔しい想いをした先輩たちが応援に来てくれていましたし、(2年前に)三ツ沢で養和に負けた悔しさというのはずっと付きまとっていたので、2-0で折り返してきて、あと45分本当に死ぬ気で戦えれば、優勝できるんだなと。僕がどうこうというよりは、応援してくれているサポーターも本当に凄く多いですし、育成普及のコーチに対してもそうですし、このJ3に参戦した年に、ましてや会場が西が丘になったこのタイミングで、『優勝をしたい』というよりは、『優勝を届けてあげたい』という風に思ったんですよね」と素直な想いを口にする。実は試合後、なかなか佐藤監督の胴上げが始まらなかった。「僕の存在は忘れてもらっているくらいの方が良いチームだと思うので、胴上げしてもらえなくてもいいかなくらいの感じでしたけど、最後にしてもらえてちょっとホッとしました。忘れられてなくて良かったです」と笑った指揮官は、「ちょっと熱くなりましたけどね」とも付け加えた。冒頭の部分に関してはおそらく蓮川の証言が正しいに違いない。

 群馬からFC東京U-18サポーターが歌い続けてきた「タマギワ!タマギワ!カズ(勝つ)・トーキョー!」というチャントが、この日の西が丘でもスタンドにこだましていた。周囲の声や環境の変化に左右されることのない、おそらくはこのFC東京U-18というチームが最も大事に守り続けてきた『球際』と『一体感』の両輪が、カズ・トーキョーには確かに息衝いていた。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」


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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史
【特設ページ】第40回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会

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