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内田篤人と日本代表 「一回落とされるぐらいがいい」

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 DF内田篤人にとってドイツ移籍後4シーズン目となる2013-14シーズンは、その後にブラジルW杯を控えた重要なシーズンとなる。高校2年生だった16歳で初めて年代別の日本代表に選ばれ、各種世代別の世界大会を経験。2008年1月には19歳の若さでA代表デビューを果たした。高校生のころから日の丸を付けてきた内田が考える「日本代表」とは――? ゲキサカの独占インタビュー第2弾では、高校時代のエピソードや現在の高校生へのエールなどを聞いた。

―ブラジルW杯を控えた2013-14シーズンをどんな1年にしたいですか?
「日本代表も大事ですが、チームより代表が大切だと思ったことはないです。自分が所属しているチームで一生懸命やるだけだと思います。そこから先は監督が決めることなので」

―プレーオフに勝てばUEFAチャンピオンズリーグにも出場できます。
「チャンピオンズリーグは絶対に出たいですね。チャンピオンズリーグに対するモチベーションは高いです」

―2010-11シーズンに一度経験して、ベスト4まで勝ち進んでいるというのもモチベーションにつながっていますか?
「それもありますけど、やっぱりレベルが高いですし、おもしろいですから。注目度も高いので」

―16歳で初めてU-16日本代表に選ばれてから、ずっと日本代表に入っています。クラブと代表の両立も今では当たり前ですよね。
「それは自分でもあまりよくないなと思っています。代表に入れて普通と思っている自分がどこかにいると思うので。一回落とされるぐらいの方がいいのかなと」

―ずっと日の丸を背負ってきて、内田選手にとって日本代表はどういう存在ですか?
「だれにでも扉は開いていますし、だれにでもチャンスがあるものだと思います。サッカーをやっている日本人なら、だれにでも資格があるんですから。もちろん狭い門ですけど、そこに選ばれるのは光栄なことですし、すごいことだと思います。常に選手は入れ替わるし、監督もスタッフも代わっていきますが、目標はずっと一緒で、勝たなきゃいけない。一つのチームと考えれば、歴史も感じます」

―その時点で常に勝つためのメンバーが選ばれるのが日本代表ということですね。
「日本代表が、日本でベストの11人とは思ってないんです。あくまでそのときの監督が選んだ11人であって、日本で一番サッカーのうまい11人ではない。代表に入っていなくてもいい選手はたくさんいますし、入ることがすべてだとは思っていません」

―スパイクはずっと『アディピュア 11プロ』を着用していますが、どこが気に入っていますか?
「僕の中で一番大事なのは、軽さとフィット感ですね」

―ずっとアディダスのスパイクですよね?
「16歳からですね。高校生のときに履いてから、ずっとアディダスのスパイクを履き続けています。アディダスのスパイクが好きというのもあるけど、選手のことを心から本当にサポートしてくれるメーカーなので」

―高校生がスパイクを選ぶときに、どうやって選んでほしいですか?
「僕が高校生のころは格好いいかどうかで選んでいたんですけど、足のケガにもかかわる大事なものなので、安定感やフィット感を大事にしてほしいですね。自分の足に合うかどうか。高校生のときは毎日、芝生でサッカーができるわけじゃないですから。靴選びは大事だと思います」

―自分と同じ『アディピュア 11プロ』を履いてほしいですか?
「自分に合った靴を履いてほしいですね。できればアディダスを履いてほしいですけど(笑)」

―高校時代を振り返って、きつかった練習の思い出などはありますか?
「1年生のときから3年生と一緒に練習をやらせてもらっていたんですが、Bチームの人たちが長野に遠征しているときに、長野に行っていた2年生の先輩がケガをしてしまって、一人足りなくなることがあったんです。部活が終わって、夕方の6時ぐらいに監督に呼ばれて、『長野の方で一人足りなくなったら行ってくれ』と言われて。一人だし、行き方も全然分からないのに。すぐ家に電話して、練習着や宿泊に必要なものを準備してもらって、そのまま三島駅から新幹線で長野まで行きました。『駅のホームでコーチと落ち合ってくれ』と言われていたんですが、携帯電話の番号も知らなかったし、ちゃんと会えるのかすごく不安でしたね。奇跡的にホームでめぐり会えて、長野の宿舎に着いたのは夜中の1時ぐらい。でも、みんな寝ているから部屋に入れなくて。フロントに行ってカギをもらって、みんなが起きないようにこっそり部屋に入って……。前日の試合で負けていたから、翌日は朝から走りだったんです。もちろん僕はその試合に出ていなかったんですけど、朝5時に起きて、一緒に山の中を走りました。理不尽なことも多かったですけど、逆にそれがおもしろいという感じでしたね」

―当時はどんなことを意識して練習していたんですか?
「とりあえず『楽しければいい』と思っていましたね。きつい練習こそ楽しくやろうと。仲間とワイワイやれればいいという感覚でした」

―「プロになるために」ということはあまり考えなかったですか?
「それはあまりなかったですね。もちろん全国大会に出たいとは思っていましたけど、それ以上にプロになりたいからがんばるとか、そういうことはあまり考えていませんでした。とりあえず楽しく、おもしろく。今の高校生も、部活の仲間と一緒にサッカーを思い切り楽しんでもらいたいですね。高校サッカーは高校生のときにしか経験できないですから」

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(取材・文 西山紘平)

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