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スペインでトレーニング参加中のGK三浦拓が感じたプロフェッショナル

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 フットサル関東1部リーグに所属するファイルフォックスのGK三浦拓が3月3日からスペイン1部リーグのナバーラのトレーニングに参加している。

 ナバーラはスペインリーグ1部でも確固たる地位を築いているチームだ。獲得した大きなタイトルはないが、強豪チームを常に脅かす力を毎シーズン備えている。2010年プレーオフには準々決勝でインテルを破り、決勝進出を果たしている。強豪チームにとっては決して油断することができない厄介なチームだ。今シーズンは24節終了時点で15チーム中5位につけている。

 ナバーラに合流して、三浦がまず感じたのが選手たちの試合や1プレーに懸ける思いだと言う。24節にアウェーでナバーラはインテルと対戦。インテルは名古屋オーシャンズからポルトガル代表FPリカルジーニョが移籍したクラブで、今シーズンはリーグ戦で首位を走るチームだ。その遠征に帯同した三浦は言う。

「試合前や後にもロッカールームに入って、いっしょに円陣を組みました。試合は負けてしまったのですが、ロッカールームではリーグ戦の1試合ですけど、眼を真っ赤にしている選手が何人もいた。1試合に懸ける思いが違うことを痛感しました。彼らはプロだから生活が懸かっている。だから1プレー1プレーがシビアだし、スライディングとか最後の1歩が本当に伸びる。これがプロフェッショルなんだって。全チームの全選手がこういう思いでやっていると考えると競争力は必然と高くなるし、選手はどんどん上手くなるんだろうと思いました」

 日本には完全なプロチームは名古屋オーシャンズだけ。Fリーグでもプロが1チームだけの日本と全チームがプロフェッショナルのスペインとの違いを三浦は体感したようだ。ナバーラにはスペイン代表アラ-ピヴォ、ラファ・ウシンや元スペイン代表のハビ・エセベリらが所属する。そんな彼らとのトレーニングでは実際にいっしょにコートに立ち、どんなことを感じたのだろうか。

「シュートは確かに強いですし、正確でうまいです。何がうまいってシュートの強弱のつけ方ですね。何でも速ければいいってもんじゃないんですね。ゴレイロを騙すように遅いシュートもあります。プレー中のランニングもそうですけど、スピードのメリハリのつけ方が違うと思いました。刺激になりますね」

 三浦はナバーラのトップチーム、そしてセカンドチームのトレーニングに参加。日によっては、トップチームの午前、午後のトレーニングに参加し、夜にはセカンドチームのトレーニングと1日3回のトレーニングを行っている。三浦はナバーラのトレーニングで指摘された自身の課題をこう語る。

「ゴレイロとして足元のプレーも多く、ミスができないですね。あと僕はシュートへのセービングに手で行ってしまう癖があるようです。足でまずセーブするように毎回言われています」

 ナバーラのゴールマウスに立つのは21歳のアシエルだ。彼は15歳からナバーラの下部組織でプレーしている。またもうひとりのゴレイロ、アレックスも21歳。同い歳のスペイン人GKも三浦を大いに刺激している。

「21歳はもう若くない。彼は15歳からクラブにいたけど、僕は18歳からフットサルを始めました。本当に毎日追い込んでいかないと追いつけないし、僕もアシエルがいるあの舞台にもう立っていなければいけないと思いました」

 技術は急につくものではない。毎日のトレーニングの積み重ねで1日で劇的に向上するなんてことはない。しかし、マインドは違う。1週間で早くも変貌しつつある三浦をその言葉の端々に感じた。

MANGA NAVARRA クラブHP:http://xota.es
マンガ・ナバーラ スペイン北東のナバーラ州の州都パンプローナをホームタウンとするチーム。スペインでは“ショタ”の愛称で親しまれているクラブだ。1978年に創立されたクラブは1992-1993シーズン後に2部に昇格。1997-1998シーズンには1部に昇格。近年では2005、2007年のスペインカップ準決勝に進出。2009-2010シーズンにはプレーオフ決勝に進出している。今シーズンのナバーラはスペイン代表のアラ-ピヴォ・ラファ・ウシンが攻撃の軸となり、元スペイン代表のハビ・エセベリがキャプテンを務める。パンプローナは7月6日から14日に行われる牛追い祭りが有名で、アメリカの小説家ヘミングウェイが作品の舞台にしたことで知られている。

(取材・文 座間健司)
twitter アカウントは@KenjiZama
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1980年7月25日生まれ、東京都出身。2002年、東海大学文学部在学中からバイトとして"フットサルマガジンピヴォ!"の編集を務め、卒業後、そのまま"フットサルマガジンピヴォ!"編集部に入社。2004年夏に渡西し、スペインを中心に世界のフットサルを追っている。"2011年フットサルマガジンピヴォ!"休刊。2012年よりフットサルを中心にフリーライター&フォトグラファーとして活動を始める。

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