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ゲキサカ特別インタビュー『岡田武史ブラジルW杯観戦記』後編

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『岡田武史ブラジルW杯観戦記』前編
『岡田武史ブラジルW杯観戦記』中編

決勝トーナメント サッカーの感動・勝敗・明暗の醍醐味

 決勝トーナメントに進んだ16チームのうち、半分はアメリカ大陸の国々だった。そこに地の利を感じずにはいられない。また、決勝トーナメント1回戦は涙が出そうになるような試合の連続だった。W杯は今、このステージの戦いが一番面白い気がする。ベスト8になると疲れが出てくるし、ベスト4になると常連さん同士の腰の引けた試合になりがち。決勝トーナメント1回戦はその点、上を目指す意欲がもろに吹き出る感じがある。

 特に私の気を引いたのはチリ、コスタリカ、アルジェリアといったアウトサイダーとみられたチーム。着実に力を付けていると感じた。

 6月29日のギリシャ対コスタリカの試合はテレビで解説もしたけれど、たまたまコスタリカ代表と私が泊まった宿舎が同じだった。初のベスト8を決めたあとのホテルにはコスタリカのサポーターが大挙押しかけ、大変な騒ぎだった。もう、みんな涙、涙なわけで。あの光景を見せられたら選手は頑張るしかない。

 ドイツに負けたけれど、アルジェリアの奮闘もすごかった。コロンビアに先制されたあとのウルグアイの必死の追い上げも感動ものだったし、ベルギーを苦しめたアメリカの頑張りにも頭が下がった。アメリカは特別、大したことはしていないのだが、勝負を最後まであきらめないガッツはすごい。チームとして一番大事にしているものを見せられたチームと、それを忘れたチームとの落差をしっかりと見た気がした。

『中堅国』と『強国』との間の差は確実に縮まっている

 大会全般を通じてコンディショニングの大切さをあらためて感じた。日本は明らかにコンディショニングに失敗したと思う。南米勢はその点で圧倒的に有利だった。

 チリは大好きなチームだし、コロンビアもメキシコもよかった。これらの国々は選手の育成をしっかりやっている。指導者と選手の育成システムが整備されているのは日本の強みだったが、そこにあぐらをかいていると、あっという間に置いていかれるリスクを今回、痛切に感じた。チャレンジャーの姿勢を忘れたら、日本はダメになる。

 それくらいサッカー勢力図で「中堅」とされてきた国々が、猛烈な勢いで大国との差を詰めているように感じる。サッカーというスポーツはルール変更が頻繁にあるわけではない。1974年の西ドイツ大会でオランダが示した「トータルフットボール」のような革命的変化も起きにくくなっている。競技として相当に成熟しているのだ。そういう全体像の中で各国の成長曲線で見たとき、上位の国々は高原状態に陥っており、追いかける側との距離は確実に縮まっている。

 アフリカ勢もディフェンスにいいかげんな部分がなくなった。グループリーグで消えたガーナにしても、ドイツ相手に素晴らしいサッカーをした。今大会でドイツ相手に一番よく工夫して戦ったのはガーナだったと思う。数少ないドイツの弱点を見事に突いていた。

なぜアジアはダメだったのか?

 その流れに日本、そしてアジアも必死に食らいついていかないといけない。今回のW杯でアジア勢が手にした勝ち点は、4チーム合わせて3である。出場枠を現行の4.5から4に減らされても文句は言えない。

 韓国は今回、明らかにメンバーが落ちていた。アジアに共通するのはセンターバックとFWの弱さだろう。それでも人数をかけて守ることはできるのだが、攻撃に転じたときにゴールの可能性を感じさせることがあまりにも少ない。日本はその点、アジアの中ではまだ可能性がある方だった。オランダと打ち合いを演じたオーストラリアにしても、ティム・ケーヒルが素晴らしいシュートを決めたけれど、もう走れなくなっていた。世代交代が必要だろう。

 これで欧州に噂されるナショナルリーグなんかを始められたら、アジアは強豪と試合をする機会をさらに減らしてしまう。本当のピンチはこれから来るのかもしれない。

総括

 今回のW杯で新しい戦術の潮流や進歩とか、そういうものは感じなかった。カウンターサッカーのオランダやアルゼンチン、ブラジルが上位に食い込んだといっても、それがトレンドにはならないと思う。ポゼッションサッカーが現代サッカーのベースであり続けることは今後も変わらないだろう。オランダなんか、わざわざ5バックにしていたけれど、あれはルイス・ファン・ハール監督が「どうだ、見たか、俺の采配」みたい感じで、監督の能力の高さを誇示するためにわざわざやっているようにさえ感じた。あのメンバーなら、普通に4-4-2で戦っても十分に勝てたように思う。

 選手では、個人的にこれは将来有望だと思ったのがベルギーの19歳のセンターフォワードのディボック・オリジだ。ベスト16のアメリカ戦の出来が素晴らしく、それでマルク・ビルモッツ監督はアルゼンチンとの準々決勝でも使ったが、こちらでは何もできなかった。本当なら前半途中でベンチに下げてもいいくらいだったが、それでは選手としてつぶれてしまいかねない。監督はかなり辛抱したことだろう。若い選手の使い方の難しさをあらためて思い知らされたが、それでもオリジが大器であることは疑いようがない。

 GKも目立った大会だった。大会前から言っていたことだが、GKが落ちるチームは勝てないようになっている。特にクロスボールに出られないGKはもうアウト。だから、イタリアはジャンルイジ・ブッフォン、ブラジルはジュリオ・セーザル、スペインはイケル・カシージャスが使われるようなら、先行きは暗いと予想していた。クロスに出られないGKを持つと、ディフェンスラインはどうしても下がってしまう。チームの戦い方を後ろ向きに引っ張ってしまうのだ。

 ドイツはそこにノイアーがいた。ドイツの優勝を振り返ったとき、このGKの功績は計り知れない。GKでありながらメッシと変わらない、といえば大げさだが、それくらいの運動量がある。アルジェリア戦なんかノイアーのおかげで並のGKなら1対1になる場面を5回は未然に防いでいた。

 GKの守備範囲が広いドイツは、おのずとディフェンスラインを高い位置に置ける。だから前からボールを取りに行ける。ボールの争奪に関して先手が取れるから、自分たちのリズムを先につくりやすい。それがドイツの強さの基調になっている。ノイアーの影響力はみんなが思っている以上に大きい。

 大国とそれ以外の国々の差は確実に縮まっている。しかし、今回も4強に残ったのはドイツ、オランダ、ブラジル、アルゼンチンというサッカー大国だった。これは最後の最後のところに来ると、国としての経験値がモノをいうことを教えている。

 キャンプの期間を含めて1か月半もチームとして過ごすことになれば、チームの内外でさまざまな軋轢が生じる。モチベーションの維持だけでも大変な作業だろう。大国、強国と呼ばれる国は、そのあたりのチーム管理のノウハウを国として蓄積させているのだと思う。階段を一歩ずつ上がって、日本も着実にそういう術を身の内にしていくしかない。

 そのためにも今回の敗戦を正しく分析して、これから進むべき道を過(あやま)たないことが大切になる。

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