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「終わっちゃうかもな」からの逆襲…一歩ずつ階段上がる川崎F奈良

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 昨季は不本意な1年を過ごした。下部組織から育った札幌を離れてFC東京に期限付き移籍したDF奈良竜樹だったが、リーグ戦での出場はなし。悔しさだけが募った。今年1月に行われたAFC U-23選手権(リオデジャネイロ五輪アジア最終予選)に出場したU-23日本代表の一員として、アジア王者に輝いた若武者は完全移籍した川崎フロンターレで輝きを取り戻し、さらなる成長を誓う。

試合に出ないことが
当たり前になっていた


――川崎Fのサッカーには馴染んできましたか。
「川崎での生活にはだいぶ慣れましたが、サッカーにはまだ慣れない部分もありますね。ボールを受けてから次のプレーに移るスピードやパスのテンポとか、速さについていけていない部分があるので、もっともっとレベルアップしないといけないと感じています」

――今季、川崎Fに移籍をしましたが、移籍を決断した理由を教えてください。
「去年、FC東京でリーグ戦に出られなくて、このまま東京に残って次の年も同じ状況になったときに、プラスに働くことがあまり見出せませんでした。ただ、せっかくJ1に挑戦するために札幌から出てきたのに、1年出られなかっただけで札幌に帰りますというのは、逃げているだけじゃないかと思った。札幌に帰るという決断にも踏み出せなかった中で川崎から話を頂いて、自分が成長できるクラブだと思えたし、攻撃のイメージが強いチームの中で頑張って守備を強くしたい気持ちもあって移籍を決めました」

――札幌に復帰するという考えもあったのでしょうか。
「札幌に帰ればもしかしたらたくさん応援してもらえるかもしれませんし、自分的には充実した気持ちになれたかもしれません。戻ろうと考えたこともありましたが、果たして自分は本当に成長できるのだろうか、自分が味わった悔しさを本当の意味で晴らせるのだろうかと考えたときに、札幌には今、このタイミングでは帰れなかった」

――味わった悔しさというのは、昨季のリーグ戦で出場がないなど、FC東京で苦しい時間を過ごしたことですか。
「やっぱり、あれだけ試合に出られないことはサッカー人生でなかったし、最初の頃は試合に出られなくてすごく悔しかった。ただ、徐々に試合に出ないことが当たり前になってきて、『これじゃあ、終わっちゃうかもな』という気持ちが正直ありましたね」

――そういう気持ちになると、日頃のトレーニングにも影響があったのでしょうか。
「いや、練習はメチャクチャやるんですよ。すごく真面目に、練習後も自分なりに取り組んで、その後にウエイトトレーニングをやって、走って。ただ、練習でやることをやって、満足してしまっている自分がいました」

――試合に出て活躍するのではなく、練習を一生懸命やることがゴールになってしまった。
「自分の中で勝手に満足感を得ていましたね。試合に出られなくても、これだけ頑張っている俺がいる、だから大丈夫みたいな。でも、全然大丈夫ではないんですよ、実際は。年代別代表に招集してもらえていたのはありがたいと思うと同時に、『何で俺は呼ばれているんだろう』『ここは結果を出している選手が来る場所なのに』と思ったこともありました。ただ、『本大会では試合に出ていないと絶対に呼ばれない』と先輩から言われたことがあり、それで試合に出場することを第一に考えないといけないと思いました」

――U-23日本代表の活動もあり、川崎Fへの合流は遅れましたが、開幕スタメンを勝ち取りました。
「昨季は公式戦になかなか出られない中で、開幕からフル出場できて完封勝利できたことには意味があります。ただ、そこまで開幕スタメンにはこだわっていないし、1年のリーグ戦の中のあくまで1試合と捉えています。試合によって『良かった』『悪かった』では1年を通しての価値は上がらないと思うので、僕は1試合での結果だけでなく、1年を通しての結果を求めています」

――試合によっての波を少なくするために、取り組んでいることは?
「試合に出れば、その中で課題も見つかるし、映像で自分を客観的に見られるので、そこに対してしっかりフィードバックする必要があります。昨季は試合に出ていなかったので、映像もなかったのでそれができなかった。試合に出ていなくても練習やウエイトトレーニングはできますが、試合に出ているからこそ、自分の良くなかった部分を客観的に見れるので、その作業はすごく大事にしています」

一体感という言葉の本当の意味を
今回の予選で初めて感じられた


――1月のAFC U-23選手権では優勝を果たし、リオ五輪の出場権を獲得しましたが、映像は見直しましたか。
「カタールにいたときは試合の翌日にリカバリーをしたら、その次の日は試合前日だったし、対戦相手のスカウティングとかに時間を費やしていたので、ほとんど自分のプレーを見直す時間はなかったです。ただ、日本に帰って来て映像を見直しましたが、自分のプレーはあまり良くなかったですね」

――具体的にどういう部分が?
「U-23代表と川崎では全然スタイルが違うので、単純に比較するのはちょっと違うかもしれませんが、川崎でプレーしたことでボールを持ったときに今ならもっと周囲が見えるかなと感じた。最終予選のときは一発勝負のプレッシャーもあったし、リスクを冒せない場面もありました。守備に関してはそんなに問題が出ていたわけではありませんが、ボールを持った瞬間にまだまだ改善しないといけないところがあると思います」

――奈良選手自身の初戦となったグループリーグ第2戦タイ戦では硬さもあったように感じました。
「代表の試合ではどの試合も緊張するし、あの試合も緊張していましたね。1年間ほとんど試合に出てこなかったし、オフには川崎への移籍が決まったこともあり、注意力が散漫になっていて、あの試合だけにフォーカスすることが難しかったように感じます。でも今は川崎で試合に出て課題に取り組めて、このチームの一員だという自覚も持てるし、その中でチームメイト、(風間八宏)監督やスタッフとも良い関係を築けている。そういう中で試合に臨めているので、心の状態は全然違うと思います」

――今回の予選中には「一体感」という言葉を多く聞きましたが、どのようなときにそれを感じましたか。
「ゴールしたときや勝利したとき、試合に出ている選手は当然喜びを爆発させますが、ベンチメンバーも本気で日本の得点を、日本の勝利を喜んでいました。もっと若かった頃は、『自分が試合に出ていれば』という思いがあり、その雰囲気がチームに伝わってしまう選手もいると思います。でも、今回の予選では一切そういうことがなかった。だから、団結する素晴らしさや大切さ、皆が同じ方向を向くことで生まれる大きな力をすごく感じることができたし、今回の予選ほどチームの一体感がこんなにも試合に影響するのかと感じたことはなかった。どのチームも団結しているだろうし、一体感もあると思っていましたが、今回の予選でその言葉の本当の意味を感じられたと思っています」

――現在、履いているティエンポの履き心地はいかがでしょうか。
「僕は結構フィットしていると率直に思っています。新しいスパイクを初めて履いたときには、大体『ここがちょっと』というのがあるのですが、このスパイクはそういうのもなかった。ディフェンスでは一瞬の対応や細かいズレもプレーに影響してきますが、しっかりフィットしているから中でズレないし、踏ん張りも効くのでスパイクが自分のプレーを助けてくれています。白色はシンプルですが、基本的にどんな色にでも合うので格好いいですよね」

――川崎Fに新天地を求め、夏にはリオ五輪が開催されることもあり、大事な一年になると思います。
「当然、五輪のメンバーに入りたい気持ちはありますが、そのためにはクラブで継続的に試合に出て良いパフォーマンスをしないと、そこには辿り着けません。僕は『当確』の選手とは思っていないので。五輪で目標を達成するには、五輪に出場しないといけない。五輪に出場するには、メンバーに選ばれないといけない。メンバーに選ばれるには、クラブで良いパフォーマンスを見せないといけない。段階を考えると、やっぱりクラブで結果を残すことが何よりも大事。五輪のことを考えるのは、その後だと思っています」

(取材・文 折戸岳彦)

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