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憲剛の最新本を立ち読み!「史上最高の中村憲剛」(11/20)

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 川崎フロンターレのMF中村憲剛の南アフリカW杯から現在までの5年半を描いた『残心』(飯尾篤史著、講談社刊)が4月16日に発売となった。発刊を記念しゲキサカ読者だけに書籍の一部を公開。発売日から20日間、毎朝7時30分に掲載していく。

トップ下としての覚醒<上>

 6月24日にブラジルから帰国した中村は2日間だけオフを取り、フロンターレの練習に合流した。その3日後、6月30日にアウェーで開催されるベガルタ仙台とのナビスコカップ準々決勝・第2戦の遠征メンバーに名を連ねたが、試合当日になってスタメンを告げられたときは、さすがに少し驚いた。

<頭から出るって、マジか……>

 強行出場ではあったが、準決勝進出の懸かった大事なゲーム、それだけ監督に頼りにされているということでもあった。

 1週間前にホームで行われた第1戦に2-1と先勝したフロンターレは、第2戦に勝つか、引き分け、あるいは1点差で負けても2得点以上を奪えば、準決勝にコマを進められる。
 
 17時15分、フロンターレの選手たちがピッチに姿を現した。上空はまだ明るいが、雲が広がっている。先発メンバーがシュート練習を行っている間、中村はその場から少し離れ、ひとり黙々と足の裏を伸ばし、ストレッチをしていた。疲労が完全には抜けていないのだろう。

 実際、キックオフの笛が鳴っても、中村の動きは重かった。

 ボランチではなく、トップ下で起用された中村は、1トップの大久保嘉人のそばをふらふらしている。ポジションは、ほとんどフォワードのように見えた。

 ゲームはいきなり動く。

 前半4分、ベガルタのストライカー、ウイルソンがディフェンダー2人を立て続けにかわし、左足のシュートを決めて、ベガルタが先制する。これで2試合の合計スコアは2-2となったが、このままゲームが終われば、アウェーゴール数が多いベガルタの準決勝進出が決まる。

 このピンチを救ったのは、中村だった。

 疲労の色の濃い中村に代わって組み立てに参加しようと、中盤まで下がった大久保にボールがわたると、それまで眠っていたかのようだった中村が突然、ディフェンダーの背後のスペース目がけて走り出す。

 そこに大久保からパスが送られると、中村は正確にトラップして右足を振り抜いた。ファーサイドを狙った低い弾道はゴールキーパーの指先をすり抜け、サイドネットに突き刺さる。

 両手を上げ、ゆっくりと走ってゴールの裏側を通り抜けた中村に、大久保、レナト小林悠が駆け寄り抱きついていく。

 1-1の同点。これで2試合合計3-2と、フロンターレが再びリードを奪う。

 だが、中村の活躍は、これだけにとどまらなかった。
 
 41分、稲本潤一がロングフィードを放つと、ペナルティエリア内で受けた大久保からレナト、さらに中村へとわたり、ワントラップしてゴール右隅に蹴りこんだ。

 今度は、一目散にベンチに向かって駆け出した。

「よっしゃーーーー!」

 祝福に来た仲間を振り切ってベンチ前まで走ると、控え選手の群れに飛びこんだ。

 その後、両チームは1点ずつを加え、ゲームは終盤に突入する。

 結局、中村に交代が告げられたのは、後半のアディショナルタイムに入ってからだった。

 ゲームは3-2でフロンターレが勝利し、2試合合計5-3でベガルタを下し、3年ぶりに準決勝進出を決めた。

 ヒーローインタビューを終えた中村は、遠路はるばる応援にかけつけてくれたサポーターに感謝を伝えるため、ゴール裏に向かった。拡声器を手にとって、大声で叫ぶ。

「こんばんは。アウェーなのに、こんなに多くのサポーターが来てくれて、後押ししてくれたこと感謝してます。次の試合も一緒に勝ちましょう!」

 決してプレーにキレがあるわけではなかった。歩いているシーンも目についた。これまではさほどゴールに執着するタイプでもなかった。それなのに2ゴールを奪って、ゲームを決めてしまった。

 いったい彼に何が起きたというのだろうか……。

(つづく)


<書籍概要>

■書名:残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日
■著者:飯尾篤史
■発行日:2016年4月16日(土)
■版型:四六判・324ページ
■価格:1500円(税別)
■発行元:講談社
■購入はこちら

▼これまでの作品は、コチラ!!
○第10回 めぐってきたチャンス<下>

○第9回 めぐってきたチャンス<上>

○第8回 コンフェデレーションズカップ、開戦<下>

○第7回 コンフェデレーションズカップ、開戦<上>

○第6回 妻からの鋭い指摘<下>

○第5回 妻からの鋭い指摘<上>

○第4回 浴びせられた厳しい質問<下>

○第3回 浴びせられた厳しい質問<上>

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○第1回 待望のストライカー、加入<上>

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