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「スポーツライター平野貴也の『千字一景』」第28回:「狭き世界のためにあらず」(入間向陽高女子)

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“ホットな”「サッカー人」をクローズアップ。写真1枚と1000字のストーリーで紹介するコラム、「千字一景」

 基本に忠実なプレーとタイトな守備が、戦力の差を埋めていた。相手の攻撃を遅らせれば、必ず味方が戻って来た。上手さで言えば相手が上だが、チームで堅実に戦った。

「経験者は、3人かな。みんな高校からサッカーを始めた子ですよ。右のハーフは、中学時代はテニス部。左MFは陸上部。中盤の7番は、ホッケー部。左DFはソフトボール部だったはず。彼女は本当によく頑張って驚いた」

 入間向陽高校女子サッカー部を率いる江口洋監督は、敗れた悔しさを振り払うためなのか、教え子の成長を振り返って明るい気分になったのか、少しだけ声のトーンを上げて言った。今大会では健闘が光った。高校総体の予選を兼ねた、埼玉県学校総体高校女子サッカーの部。準決勝では優勝候補の花咲徳栄高をPK戦で撃破した。決勝でも本庄一高を相手に先制された直後に追いついて意地を見せた。しかし、終了間際、相手のセンタリングに対応しきれなかった。GKが飛び出してクロスプレーになったが、ボールは無情にもゴールへ転がった。

 悔しさは、拭えない。それでも指揮官は「力の差がちょっとありましたね。仕方がない。連動性を持ってプレーするというテーマの部分では、よくやってくれた」と選手を称えた。積み上げた成果は、随所に出た。日々の練習は2時間強だが、自主練習でヘディングを50~100回こなすなど努力をして来た。チームの半分が初心者で、練習時間の半分はフィットネス強化とボールフィーリングという基礎中の基礎。練習の後半は、局面別の1対1がベースだ。チーム戦術にかけられる時間は少ない。指揮官は「女子は、1対1の練習を嫌がる。先輩が後輩に負けると雰囲気が変わるらしく、7年前に僕が就任した頃は、同学年としかやらない子ばかりだったんだから、これでも随分と変わったよ」と苦笑いを浮かべた。

 なでしこジャパンの活躍で知名度を大きく上げた女子サッカーだが、高校の部活レベルで見れば男子に比べてまだまだ地道な育成、指導が必要だ。試行錯誤で現場に携わる江口監督は、彼女たちがサッカーを知っていく価値を広く捉えている。

「日本のサッカーが強くなるためには、女子も大事だよ。彼女たちが(未来の選手を育てる)強い母ちゃんになるかもしれないんだからさ」

 もちろん、指導した選手とともに目の前の勝利を味わいたい。しかし、目指しているものは、狭き世界の栄光だけではない。たたき上げチームの善戦の価値は、広がりを持っている。

■執筆者紹介:
平野貴也
「1979年生まれ。東京都出身。専修大卒業後、スポーツナビで編集記者。当初は1か月のアルバイト契約だったが、最終的には社員となり計6年半居座った。2008年に独立し、フリーライターとして育成年代のサッカーを中心に取材。ゲキサカでは、2012年から全国自衛隊サッカーのレポートも始めた。「熱い試合」以外は興味なし」


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