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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:土のグラウンドから生まれる112人の一体感(都立東大和南高)

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東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

「ああ、そうか」と妙に合点がいった。謙虚な言葉ばかりを口にしていたキャプテンの岸本真輝が自然とこう話す。「伝統的に言ったら『凄いことをやったな』という感じですけど、試合内容からしたら自分たちが通用していた部分もあったので、いわゆる“ジャイアントキリング”という感じではないと思います」。選手たちもそう感じていたのだ。普通に考えれば、無名の都立校が強豪の私立を倒すという事実から“ジャイアントキリング”というキーワードを想像しがちだが、おそらくこの試合を現場で見ていた方の中にも、そのフレーズを思い浮かべた方は決して多くないのではないか。内容の良かったチームが、結果でも上回って勝利をする。この日の都立東大和南高の勝利は、内容に結果の伴ったごくごく当然のそれだったのは間違いない。

 2年連続で選手権予選のファイナリストとなった堀越高と、一昨年の新人戦から昨年の新人戦まで4大会続けて1次予選や地区予選で敗退している都立東大和南が激突した高校総体の東京二次トーナメント1回戦。「堀越さんの方がボールを持って、主導権を取るという展開を予想していました」という都立東大和南を率いる大原康裕監督の言葉を待たずとも、大半の観戦者が考えていたであろう構図は、開始10分も経たずに早くも覆される。平塚真史が、田中大地が、そして住谷大輝が次々と決定的なシュートを放ち、堀越ゴールを脅かす。最終ラインではCBの岸本と飯島彪貴にGKの山本浩也も加えた3人が丁寧にビルドアップを試み、正確なフィードとスムーズなパスワークを併用して、次々とチャンスを生み出していく。

「堀越は強豪校だったので『やってやるぞ』という感じで、体もみんなキレキレでした。ボールも凄く入りましたし、好きなようにできたので楽しかったです」という住谷の言葉はおそらくチームの共通認識。スコアレスではあったが、都立東大和南のイレブンが前半の40分で「やれる」という手応えを掴んだであろうことは想像に難くない。後半に入ってもその勢いは止まらず、6分に住谷のファインゴールで先制点をもぎ取ると、27分には投入されたばかりの柿崎拓真がファーストタッチで追加点を叩き込む。堀越も意地を見せ、最終盤の40+3分に1点を返したものの、このゴールと同時に試合終了のホイッスルがピッチに鳴り響いた。堀越の佐藤実監督も「チャンスの数や支配率も彼らの方がほぼほぼ上回っていましたし、もうちょっとスコアが開いてもおかしくないような内容だったと思います」と認める完勝劇。この日のメンバーや応援団に、マネージャーを加えた部員全員が飛び跳ねる試合後のパフォーマンスで勝利を共有した都立東大和南サッカー部の高校総体は、少なくともあと1週間の“延期”を余儀なくされることとなった。

「自分たちの繋ぐサッカーをビビらずにちゃんとやっていたように見えました」と前半をベンチから見守っていた柿崎が話したように、ボールを大事に繋いでいくスタイルが一際目を引いた。てっきりチームの伝統的なものなのかと思い、住谷に問うと「“繋ぐ”というスタイルも結構自分たちのチームでは新しくて、入学した頃は結構蹴っているサッカーだったんですけど、繋ぎ始めたのは去年の終わりぐらいだったかなあ… キッカケもみんなで話し合ったのかな?… ちょっと記憶がビミョーなんですけど(笑)」となかなか要領を得ない。懸命に記憶の糸を辿ってくれた住谷には悪いが、逆に繋ぐスタイルに舵を切ったキッカケも時期も曖昧な中で、ここまでの完成度を誇っていること自体が大きな驚きだ。

 都立東大和南高校はごくごく普通の都立校であり、当然校庭は土のグラウンド。しかも岸本曰く「土の中でもさらにグラウンドが悪いのでボコボコなんです」とのこと。そんな環境下でこのスタイルに磨きを掛けるべく、少しでも芝と同じような環境に近付けるように、学年もレギュラーかどうかも関係なく、みんなでグラウンド整備をしているという。「芝で練習しているチームに負けたくない気持ちはある?」と岸本に水を向けると、「芝でやりたいなというのは思っていますけど、別に芝でやっているチームに負けたくないみたいなことは考えていなかったですね。ウチは都立なので」と口にした後で、「土でボコボコだから、芝でやった時に『楽しい』みたいな感じもあると思います」とも続ける。目の前の環境を受け入れながら、自らのやるべきことに向き合える強さが都立東大和南には確かにあるようだ。

 この時期の都立校ならではの悩みもチームにはある。受験を控えた3年生は、どの時期で高校サッカーから“引退”するかというのも大きなポイントだ。とりわけゲームになかなか絡むことのできない選手にとって、この高校総体は一つの区切りを付ける時期でもある。「応援に回ってくれているヤツらからも『絶対オレらを引退させるなよ』というのは毎日のように言われていて、そのプレッシャーもあるんですけどね」と苦笑した住谷も、「今は彼らの分も戦えているかなと思います」ときっぱり言い切り、スーパーサブでの起用が続いている柿崎は「“春引退組”の選手でベンチに入れていない人も多いので、その人たちも『少しでも長くみんなでやりたい』と絶対に思っているはずですし、そのためにも頑張らなくてはという気持ちがありました。応援団のみんなも『何で応援なんだよ』とかじゃなくて、自分たちで歌とかも考えてくれて、1人1人の応援歌もスタメンにはあって、進んでやってくれる人がいるので、自分たちのやるべきことをみんながちゃんとやっていると思います」とチームのまとまりを強調する。柿崎の話を聞いていて、引っ掛かったフレーズがあった。それは“春引退組”というもの。高校数の多い東京は高校総体の支部予選が4月に開幕することもあって、確かに“春”で高校サッカーに別れを告げる3年生も少なくない。今までの都立東大和南も例外ではなく、だから“春引退組”というフレーズが自然と使われているのだろう。

 ただ、今年ばかりは少し例年と様相が異なる。“春”だったはずの引退時期は“初夏”まで伸び、気付けば関東地方は今週から“梅雨”に入ったらしい。春、初夏、梅雨と伸び続けた彼らの引退も、ここまで来れば“真夏”まで視野に入れていいはずだ。もちろんここから先はさらなる強敵が待ち受けているが、ここまで勝ち抜いてきたからこそ、信じて良い夢が都立東大和南の彼らにはある。一度話を聞き終えた岸本は、最後にわざわざ戻ってきて、こう語ってくれた。「1試合ごとにどんどんチームがまとまっていって、今は本当に選手、スタッフ、マネージャー、応援してくれる人、すべての人が1つになって戦えていますし、一体感がものすごく出ているから、ここまで来られているのかなと思います」。勝利を告げるホイッスルが鳴った瞬間、ベンチの横に立ち続けていた3年生のマネージャーが泣き崩れたシーンが印象深い。「マネージャーは毎試合泣いています。それだけ一戦一戦熱がこもっているということですよね」と岸本。彼女たちがあと2回だけ嬉し涙を流すことができれば、その先の視界には“真夏の広島”が広がっている。

[写真]都立東大和南高は12日の準々決勝で昨年度選手権8強の駒澤大高と対戦する。(※写真は東大和南高提供)

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」


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