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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:分身(東海大高輪台・安藤佑理、中川良佳)

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「最後までちゃんとやれ!」。泣き崩れる選手たちに怒声が飛ぶ。その迫力に試合後の喧騒に包まれていた場内も一瞬静まり返る。声の主が女性の、しかも3年生のマネージャーだったことも、その静寂を一層際立たせた。「ああいう一言を選手に掛けられるというのは、憧れの先輩でもあります。私は多分あれはできないなと思います」(安藤佑理)「あの人は全然気持ちが崩れてなくて、最後の片付けとかもしっかりやっていて、私が3年生になったらああやって終わりたいなと思いました」(中川良佳)。2年前、当時1年生のマネージャーだった安藤と中川は、選手権予選に敗れた直後の『3年生のマネージャー』の姿を今でも鮮明に覚えている。

「ユリ、ちょっと来て」「リョウカ、これどこに持ってくの?」。グラウンドの至る所から選手に呼び掛けられるたび、安藤と中川は迅速かつ的確な解決策で物事を片付け、その上に「向こうに椅子持って行って。本部6、ウチのチームのベンチに15、相手チームのベンチに15!」「1年生だけじゃ足りないから2年生もちゃんと手伝って!」と選手たちを動かして、テキパキと準備を進めていく。その姿は我々が思い浮かべるマネージャーのそれではない。今夏、東京都第2代表として全国高校総体(広島)に出場する東海大高輪台高を率いる川島純一監督は「ウチのマネージャーの立ち位置は生徒の中では一番上ですから。1年生でも『キャプテンや副キャプテンより上の立場だよ』って組織図を書いて。だからチームスタッフですよね。時にはコーチングスタッフになるし、マネージャーにもなるし、トレーナーにもなるし、先生みたいな立場にもなるし」と彼女たちの立ち位置を説明する。

 この日訪れたのは、T2リーグ(東京都2部リーグ)の東海大高輪台と駿台学園高の一戦が行われる東海大高輪台高校総合グラウンド。12時集合。13時から14時半まで練習があり、16時にリーグ戦のキックオフを迎えるという慌ただしい1日だ。ただ、12時の時点からグラウンドで練習と試合の準備をしていく彼女たちの姿を眺めていたが、安藤と中川が交わる気配は一向にない。初めて2人が同じタイミングで、同じ仕事を始めたのは練習開始直前の12時55分。そのことを問うと「仕事の分担は何もしていないです。相手が何をやっているかわからないですけど、『だいたいあれをやっているかな』というのがあるので、細かい話し合いもないんです」と安藤が話せば、「あれまではグラウンドに来た時に『おはよう』って喋ったくらいですね」と笑った中川も、「お互いすれ違った時に、自分のやって欲しいこととユリちゃんのやって欲しいことを1個ずつくらいパッと伝え合ってやっていました。すれ違ったのも一瞬でした(笑)」と続ける。まさに以心伝心。彼女たちに“動かされた”選手たちは着々と仕事をこなしていく。練習はきっちり13時に始まり、試合の準備はきっちり15時までに大半が終わっていた。選手にテーピングを施していた中川は、気付けばウォーミングアップの前には試合に臨む選手たちの“瞑想”を自らの声掛けで主導し、その傍らで安藤はメンバー表や交替用紙の記入に余念がない。スコアレスドローに終わった試合後も、スムーズに撤収を遂行。19時半を過ぎた頃、2人は誰もいなくなった真っ暗なグラウンドを後にした。

 今では「本人たちにも『100パーセント信頼しているし、もうオマエたちの思うようにやっていいから』と言っています」と川島監督に言わしめる彼女たちも、もちろん最初からすべてがうまく行っていた訳ではない。特に2年生だった昨年は3年生にマネージャーがいなかったため、先輩たちを動かしていかなくてはいけない立場になった。高校生にとって『先輩に指示する』ことが、サッカーに限らず相当な労力を強いられる難題であることは言うまでもなく、安藤と中川もなかなかその一歩を踏み出し切れずにいた。ただ、「そういうのは見ていてわかるから、そういう時にここぞとばかりに僕にやられるからね」と話す川島監督は、日頃から事あるごとに彼女たちへ厳しく接してきたが、あるタイミングで決定的に突き放す。「試合が始まる前までに選手を動かせなくて、準備が終わらなかったのを川島先生に怒られて、『もうベンチに来なくていいから』と外に追い出されました」と安藤。中川は悔し涙を流したという。そんな2人が話し合って考え出したのが“やることリスト”。最初は2人で共有していただけだったが、100人を超える部員からは何度も同じ質問が出てくるため、その“やることリスト”を見えやすい位置にわかりやすく貼り出すようにした。すると、一気に“やること”が流れるように動き出す。中川は「試合が終わった後に『スムーズに行ったな』と思っていたら、さりげなく『リョウカ、今日のヤツわかりやすかった』と部員から言われた時に、『ああ、キタ!コレだ』と思って(笑) しかも川島先生からも『あのリスト、誰が作ったの?』と言われて、『私とユリちゃんで作りました』って言ったら、『いいじゃん、アレ。わかりやすいじゃん』って言われて、『今日のコレは凄い!』と思ったんですよ」と嬉しそうにその日を振り返る。自分たちで考え、自分たちで実行したことで、大人数の組織を回していく。「アイツらは将来何をやっても活躍できますよ」という川島監督の言葉に、ただただ頷くしかないだけのモノをわずか数時間の間だけで彼女たちに見せ付けられた。

 元々、東海大高輪台サッカー部にマネージャーはいなかった。その制度を始めたのは川島監督と、その監督同様に学校で教鞭を執る吉川博人コーチだ。川島監督はその理由をこう語る。「吉川先生とこのチームをやり始めた時に、よく2人で話していたのは、教えている子も10年後や20年後にはお父さんになる訳じゃないですか。それでお父さんになった時に息子に『俺はこういうサッカーをしていたんだよ』とか、サッカーの話をできる人を育てられるような指導をしたかったんです。“本当のサッカー”というのをたくさん教えてね。その目線でやっている時にふと思ったんですよね。将来の“肝っ玉母さん”じゃないけど、そういうお母さんを育てるのも僕ら2人でできるんじゃないのと。僕らのベースは監督やコーチではなくて、やっぱり教員なので、『それは大事にしたいね』という価値観が吉川先生と一緒なんですよ。チームの利益とかを考えてじゃなくて、『人が育つ』という意味では絶好の教育の場じゃないですか。だから、僕が監督になってからマネージャーを採り始めたんです」。

 当初は学校側に反対する声もあったそうだが、今では他校の監督から「あの子たちは凄い」と言われることもあるという。とりわけ1、2年生時に厳しく接し続ける理由も明確だ。「あの立場に置くということは責任がある訳だから、こちらの要求も妥協しないですよね。ダメなものはダメとみんなの前でも叱るし。失敗したらあえて大げさに叱ったりもするし、『それだけ大事なチームを預けてるんだよ』ということを彼女たちにもわかってもらいたいから」と熱く語った川島監督は、「だから、3年生は僕の“分身”なんですよ。練習試合も僕と違う所に連れて行かせて、そういう目線で生徒を見させて。なぜかと言えば僕の“分身”だからです。ちゃんと選手を叱れる訳ですよ」と絶対的な信頼を口にする。仮入部してくるマネージャーは毎年いるそうだが、イメージとのギャップに本入部には至らないケースも少なくないと聞く。冒頭に記した安藤と中川の先輩マネージャーは、高輪台サッカー部史上2人目となる『3年生のマネージャー』。つまり、安藤と中川は3人目と4人目の『3年生のマネージャー』ということになる。さらに、今年は1年生が2人も仮入部を潜り抜け、彼女たちの後輩マネージャーとなった。まだ頼りない姿ではあるものの、懸命に部員たちを動かそうと奮闘している様子が微笑ましい。そう言えば面白い一幕もあった。帰り際に中川はさすがの察知力でトイレのマットがずれているのに気付いたが、それを足でズズッと直していた。そのことを川島監督に告げると、「ハハハ。足で直してました?まあ俺も足で直しているからね」と大爆笑。“分身”には細かい所まで指揮官のクセも浸透しているようだ。

 彼女たちと話していて感じたことがある。おそらく性格は正反対。決して相性が良さそうには思えない。「結構みんなにも言われます。『ユリとリョウカ、仲悪いでしょ?」って。くだらないことでよくぶつかりますし」と中川がサラッと明かす。決してベタベタした関係ではないし、2人で連れ立って遊びに行くような感じでもなさそうだ。でも、信頼関係は間違いなく構築されている。なぜなら彼女たちがマネージャーを続けている理由は同じだからだ。「ユリちゃんがいないと困ります。でも、不思議な関係ですよね」と再び中川が何気なく口にした一言に、2人のすべてが凝縮されているような気がした。こんな関係性を有している高校生が、日本中にどれだけいるだろうか。「彼女たちって娘みたいな感じですか?」と尋ねられ、「娘じゃないなあ。何て言ったらいいんだろうなあ。難しいねえ」と言葉を探していた“川島先生”は、少し経ってこう言った。「やっぱり“仲間”っていう感じかな。このチームを動かしていく。1、2年生の頃はそこまで思わないけど、3年生になるとアイツらともっと長くやりたいなと思う。後輩ができて変わったし、3年生になってまた変わったし。だから、もう1年くらい一緒にやりたいよね」。彼女たちにとって、これ以上の褒め言葉はないだろう。

 同じことを2人に聞いてみた。「高輪台のマネージャーになって良かった?」と。安藤は「やらなきゃ良かったなと思ったことはないです。かわいい後輩もいっぱい来たので。何だかんだ大好きですね。だから本当は引退したくないんです。ずっとマネージャーをやっていたいですし、今が幸せです」と微笑み、中川は「私は中学生の時とか結構やってあげるタイプの人だったんですけど、この部活に入って自分を変えられました。将来についても『人と関わったりする仕事をやりたいな』と思ったりして、“これからの自分”も変わっていったので、『入って良かったな』って、『成長できて良かったな』って思います」と真顔で言葉を紡ぐ。ここでもお互いの正反対なキャラクターが透けて見えた。きっと10年後や20年後、安藤と中川が立派な“肝っ玉母さん”になっていることは断言できる。そして、もし子供に恵まれたなら、「お母さんはこういうサッカー部でマネージャーをしていたんだよ」と話をする日が来るはずだ。今の彼女たちには想像できないかもしれないが、それでもその時にユリが真っ先に思い出すのはリョウカのことで、リョウカが真っ先に思い出すのもユリのことだという未来も断言できる。

 2つ上に当たる憧れの先輩マネージャーと2人の間にはグループLINEが存在している。「『全国大会見に行けたら見に行くからね』と言ってくれたので、『見に来てくれるかな』とちょっと期待しています」と安藤は小さく笑った。既に2人は全国に向けて“必要なものリスト”を作成している。晴れ舞台へ乗り込む準備も万端だ。あの2年前の選手権予選の日。毅然と『3年生のマネージャー』のあるべき姿を示した先輩に、後輩たちの今はどう映るのだろうか。10年後や20年後に彼女たちがこの高輪台での3年間を振り返った時、甦る濃厚な思い出の輪郭をきっと一層確かなものにしてくれるであろう夏の広島は、もう2週間後まで近付いてきている。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」


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