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[MOM393]桐蔭横浜大GK田中雄大(3年)_“視覚と聴覚に訴えかけろ”、ポリシー貫いたGKがPK2本ストップ

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[8.10 総理大臣杯準々決勝 桐蔭横浜大0-0(6PK5)立命館大 ヤンマースタジアム長居]

 PK戦特有の静けさを伴ったピッチ。キッカーが集中力を高める中で「っしゃー!来い!」と一段と力強い声が響く。その主は桐蔭横浜大のGK田中雄大(3年=青森山田高)。相手キッカーの“視覚と聴覚に訴えかける”叫び。それが功を奏したか、田中は2人のシュートをストップ。0-0(PK6-5)という勝利の立役者となった。

 シュート数では15本と相手の7本を大きく上回った桐蔭横浜大だが、最後までゴールネットを揺らすことはできず。0-0で110分間を終え、PK戦を迎える。

「(GKの)自分が後攻だとプレッシャーが来ないんですけど、蹴る側が後攻だとすごくプレッシャーがかかってしまうので。蹴る側のことを考えると、先攻で蹴らしてあげて、そのあとに自分が止めるというのが、キッカーにはプレッシャーがかかりにくいのかなと思いました」と、田中は先攻を志願。守護神の願いは届き、桐蔭横浜大が先攻となってPK戦は幕を開けた。

 先攻・桐蔭横浜大の一人目が成功させ、後攻の立命館大がボールをセット。審判の笛が鳴る直前に「っしゃー! 来い!」という声が響き渡った。ゴールマウスにどっしりと構え、大きく手を広げた田中が叫んだものだった。その後も立命館大のキッカーが蹴るたびに3年生GKは声を張った。

青森山田高の時に、黒田剛先生から“視覚と聴覚に訴えかけろ”と。“大きく見せて視覚に訴えて、声を出して聴覚に訴えて”というので、相手にプレッシャーを与えろと言われたので。それを今でも出来るときはやっています」

 今大会の関東予選にあたるアミノバイタル杯準決勝・国士舘大戦(2-2PK3-1)では、一人目のキッカーの際にこの“秘技”をつかったところ、主審から注意を受けて、封印せざるを得なかった。しかし、この日の主審はスルー。最後まで心置きなく、相手の視覚と聴覚に訴え続けた。

 互いに外すことなく迎えた4人目。桐横大のMF山下優人(2年=青森山田高)が成功させる。続く立命館大MF清水航輔(3年=京都U-18)のシュートを田中が指先で弾いた。右手先をかすめて抜けたボールはポストを叩き、外へ転がった。

「両手ではなく片手一本でいったので、弱くなってしまい、上手くボールを弾けなかった。触った後に、ポストの音が鳴ったので。“やばい、入っちゃったかな”と思ったら。ボールはゴールの中になかった。あぁ止めたなと思いました」

 迎えた最終5人目のキッカー。田中のセーブに触発されたか、DF眞鍋旭輝(1年=大津高)のシュートは立命館大GK白坂楓馬(2年=桐光学園高)に止められた。次いで立命館大の5人目はDF大田隼輔(4年=桐光学園高)。外れれば桐蔭横浜大の優勝が決める“運命のキック”。この時点で田中は「これを止めれば今日のMVPは俺だな」と自らの言い聞かせ、強気でゴールマウスに立ったという。

「キッカーが大田さんで、桐光出身で真面目だと聞いていたので。トリッキーなことや、軽いキックはしてこないだろうなと」。分析通りのシュートが飛んできて触ったが、止めるには至らなかった。「(コースは)読んでいたんですけど、止められなかったのでおいしいところを逃したなと……」。

 5人目を終え、PK4-4のサドンデスに投入。互いに6人目は決めて、7人目。桐横大MFイサカ・ゼイン(1年=桐光学園高)は冷静に決める。そして立命館大FW佐々木宏太(3年=作陽高)がペナルティースポットに立つ。変わらず響く、「っしゃー! 来い!」の声。そしてホイッスルが鳴る。

 GKの動きを見ながら、ゆっくりとステップを踏んだ佐々木の低い緩めのシュートは田中の正面。我慢強く、最後までキッカーの動きを見据えた守護神の勝利だった。この瞬間、桐蔭横浜大の勝利が決定。ピッチから、スタンドから、仲間たちが田中の元へ駆け寄った。

「GKを見て蹴るタイプのキッカーだったので、最後まで飛ばないというのを意識しました。あの入り方だと右足だったので、流してくれるかなと思って。とにかく最後まで我慢することを意識しました。良かったです」

 勝利の立役者となった田中だが、驚くことに満足はしていない。「GKは3本止めて、貢献したといえると思っているので。きょうはキッカーのみんながしっかり決めてくれての勝利。自分的には満足していないんです」と言うとおりだ。GKとしての仕事を深く追及し、いかにチームに最大限の貢献をするかを考えている。

 初出場ながら関東第1代表としてのプライドを胸に勝ち進む桐蔭横浜大。リーグ戦での守護神は田中だが、カップ戦ではここまで完全なターンオーバー制を敷いており、試合毎に田中とGK三浦和真(3年=東京Vユース)が交互にゴールマウスを守っている。しかし準決勝での起用について八城修監督は言葉を濁した。背番号1に任される可能性もあるようだ。

 「チームの勝利が第一」と前置きしたGKは、「監督をすごくリスペクトしているし、スタメンの11人は監督が自信を持って出しているメンバーなので。それを自分たちも信じて、自分たちはチームが勝てるように、一人ひとりがやるだけ。やっぱり試合に出られないというのは面白くはないですけど、人生は面白くないほうが面白いので、そこはポジティブに捉えます」と爽やかに笑った。どんな時間も未来につながると信じて、どんな役割にも前向きに取り組む。

 次戦の相手は明治大。関東勢同士の対決となる。田中は「ここまでくれば、どのチームも上手くて強くてタフな選手がいる。相手どうこうよりも自分たちが最高のパフォーマンスをできるようにしたい」と強く誓った。

 110分間を無失点でしのげば、PK戦で田中が止めてくれるという後ろ盾は、チームの一つの支えになっているはずだ。仮にセカンドGKという立ち位置だったとしても、田中はベンチから声を張ってはチームを支えるだろう。どこにいても、組織のためにやるべきことはわかっている。桐蔭横浜大の背番号1は、ぶれることなく前進していく。

(取材・文 片岡涼)
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