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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:裏返った結果。カナリア軍団の3年生が見せた意地(帝京高)

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國學院久我山戦の帝京先発メンバー。先発11人中8人が3年生だった

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 それを知ったのは試合当日だった。「ずっと『オマエらは弱いんだから“青”だ』と言われていて、もう着せてもらえないかと思っていた」憧れの“黄色”を着用して試合ができる。高校選手権。黄色のユニフォーム。國學院久我山高。中瀬大夢の脳裏には、まったく同じ3つの要素が揃った1年前の光景が甦っていた。

 2015年11月14日。味の素フィールド西が丘で、國學院久我山との高校選手権予選決勝に挑んだ帝京高。戦前の予想では圧倒的な久我山有利が囁かれていたゲームで、6年ぶりの全国大会出場に意欲を燃やすカナリア軍団は、おなじみの黄色のユニフォームを着て奮闘を見せる。3連覇を目指す難敵を相手に、守備に軸足を置きながらも何度も決定機を創出。「持てる力はあれで100パーセントでしょうし、常に高校生が100パーセントを出し切れるという保証はないので、そう考えれば良くやってくれたと思います」と普段は辛口の日比威監督も認める内容で、延長戦も含めた100分間はスコアレス。勝敗の行方はPK戦へと委ねられる。お互いに1人目が失敗したものの、以降は確実にゴールネットを揺らし続けた中で、しかし最後は後攻だった帝京の7人目が枠を外してしまう。降り続いていた冷たい雨も、帝京にとっては涙雨。久々の全国へと続いていたはずの扉は、その目前で閉ざされることとなった。

 ファイナルに2年生でただ1人だけフル出場を果たしていた中瀬は、自分たちも手の届き掛けていた全国の舞台で國學院久我山が躍進していることは知っていたものの、「正直イライラしていて、あまり試合も見たくないなと思っていた」が、改めて「これは素直に受け入れるしかない」と思い直し、自らが最高学年となる新たなシーズンへと気持ちを切り替えていた。新チームが立ち上がり、4月6日のリーグ戦で國學院久我山とのリターンマッチを迎えた帝京。ただ、そこで彼らを待っていたのは0-3というスコア以上の完敗と、「選手権の時よりチームとしてもそうだし、去年出ていた選手とは個人としても差が付いていた」(中瀬)という現実。この敗戦は「このままではいけない」という危機感を強く持つ1つの契機になったが、それが結果に繋がらない。またもPK戦での敗退となった関東大会予選を経て、総体予選は一次トーナメント決勝で私立武蔵高に1-2と屈し、リーグ戦でも11試合を戦ってわずかに1勝。白星に恵まれない日々が続く。

 さらに、今年は能力の高い1年生が入学早々に定位置を掴んだため、3年生がポジション争いから弾き出されることが多くなってしまう。「3年生のみんなでよく集まったりしていて、『底上げをしないと』とみたいな話はしているんですけど、実際に試合には出られていないので、3年生が頑張らなくちゃいけないなと思います。確かに1年生は上手いんですけど、3年生には戦う気持ちがあると思うので」と5月の時点で同級生について言及していたのは中瀬。最上級生として悔しい想いを抱えながら日々のトレーニングに取り組んでいても、1年生も実戦経験を積みながら同様に成長を重ねていく。夏休み最後の公式戦となったリーグ戦の駒澤大高戦でスタメンに名を連ねた3年生はわずかに4人。ゲームも決して内容が悪い訳ではなかったが、結果は1-4での敗北。勝利の味を忘れたまま、カナリア軍団の夏は過ぎ去ろうとしていた。

 ところが、そんな彼らに2つの“運命のいたずら”が起きる。1つは『抽選』。9月10日から開幕する選手権2次予選で、いきなり昨年度のファイナルと同じカードが初戦から実現する。「相手が久我山と決まった時にみんなで『変に気負う必要もないし、自分たちはチャレンジャーだという意識を持とう』ということを話していました」と中瀬。練習にも俄然熱が籠もり出す。もう1つは『巡り合わせ』。そもそも9月4日にリーグ戦での対戦が予定されていたため、帝京と國學院久我山の間にはわずか7日の間に“連戦”が組まれることとなった。ただでさえデリケートなシチュエーションの中で、帝京は1年生で戦っているルーキーリーグの日程の影響で、リーグ戦は1年生不在で戦うことに。結果は1-0で國學院久我山が勝利したものの、中瀬は「PKで 1点を取られてしまったんですけど、後半は“押せ押せ”で自分たちのゲームだった」とその90分間を振り返る。ここまでほとんど実現することのなかった3年生中心のゲームで一定の自信を得たチームは、「練習も凄く声が出ていて、楽しくやれました」(中瀬)という状態で決戦の日を迎える。

 9月10日。会場の駒沢補助競技場に入り切らない程の大観衆が詰め掛けたビッグマッチ。帝京のスタメンには8人の3年生が名前を連ねる。1年生の主力が相次いで体調不良を訴えた側面もあったとはいえ、6日前の残像が指揮官のメンバー選考に影響を及ぼしていたのは間違いない。「自分たちの代はひたすら1年生の時から走ってきたので、まず絶対に走り負けないということと、球際の強さと気持ちの面でも絶対に負けないと。相手の方が上手いですし、その気持ちでぶつからないと負けてしまうと思ったので、気持ちを出して戦おうと3年生みんなで話しました」と語る中瀬も「高校の中でベスト3に入るくらい大事なゲーム」と位置付けた一戦に、日比監督は総体予選から封印してきた黄色のユニフォームを用意していた。「『オマエら黄色を着ないで終わっちゃうかもしれないよ』というのはちょくちょく言われていたので、黄色を着られたというのは凄く嬉しかったです」と話したのは、昨年の西が丘でも中瀬同様にスタメン出場を果たしていた高橋心。いざゲームが始まると、「6日前はリトリートしてやって、相手と3、4m離れていて全部プレッシングになっていなかったので、今回はバチバチ行かせた」(日比監督)という修正も効果を発揮し、國學院久我山のスタイルを力強く封じ込め、前半の40分間を0-0で折り返す。

 その時は後半12分。小田楓大にいったん預けた遠藤巧は、その小田を追い越して左から鋭いクロスを上げ切ると、相手DFに当たってコースの変わったボールへ飛び込んだのは中瀬。「ちょっと入り過ぎちゃったんですけど、相手が触ってくれて当てるだけだった」シュートはゴールネットへ転がり込む。遠藤も小田も前述の駒澤大高戦にはスタメン起用されていなかった2人。6日前のチャンスを生かして、この“連戦”に解き放たれた3年生だ。「3年生で得点が取れて良かったです」と笑った中瀬。先制点を手にしたチームは守備の集中力も高い。1つ1つ相手のアタックを丁寧に潰し、時計の針を確実に進めていく。後半30分を過ぎて、ゲームクローズを図りたい日比監督が切った3枚のカードもすべて3年生。そしてアディショナルタイムも5分を過ぎた頃、試合終了のホイッスルが駒沢の空に吸い込まれる。高校選手権。黄色のユニフォーム。國學院久我山。1年前とまったく同じ3つの要素が揃った一戦で手にした、1年前とは真逆の結果。國學院久我山の清水恭孝監督も「やっぱり選手権に3年生の想いというのは必ず出ると思います。そういう意味で帝京さんの3年生が最後になって自分たちが苦しい想いをしていたエネルギーを溜めていたとすれば、監督も素晴らしいと思いますし、チームもそれだけ力を蓄えてきたのは凄いと思いますね」と素直に認め、日比監督も「この試合に関しては出ているヤツ、出ていないヤツにかかわらず3年生がすべてかなと。3年生の力でこうなったかなと思います」ときっぱり。シーズンを通じて苦しく、そして悔しい想いを重ねてきた最上級生の“意地”が、昨年の先輩も果たせなかった『久我山撃破』を堂々と手繰り寄せた。

 もちろんここがゴールではない。「ここからです。まずは久我山ということで、次の相手が修徳だとか暁星だとかは考えていなかったので、今日の勝利も忘れて、また練習に身を入れて一戦必勝の気持ちで戦っていきたいと思います」と中瀬はすぐ1週間後に迫る修徳高戦に向けて気を引き締める。ただ、「自分たちの力が100パーセントだとしたら、120パーセントの力を出し切ったんじゃないかな」と日比監督も1年前より“20パーセント”の上積みを口にするような國學院久我山との一戦をモノにした手応えは、選手の中にも確かな感覚として残っているはずだ。中瀬は以前、「“古豪”と言われていていることが正直悔しくて、去年も惜しい所まで行っても『それでもやっぱりダメか』と言われたりもしているので、今年こそはという想いがあります」と話してくれた。カナリア軍団が復権を高らかに歌い上げるのは、7年ぶりの全国切符を手にした時だけであることは言うまでもないが、黄色のユニフォームを纏った彼らがそれを成し遂げる可能性は1週間前より確実に、かつ格段に上がっている。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」


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