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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:夢のはじまり(都立東大和南・岸本真輝)

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東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

「お疲れさま」「さようなら」。別れの挨拶を交わし、その背中を見送った後も少しその場に残ってみる。もしかしたらあの日と同じように戻ってくるんじゃないかと思って。でも、アイツは結局戻ってこなかった。その時、わかった気がした。「ああ、ちゃんとやり切ったんだな」と。無名の都立校をキャプテンとして率いた18歳は、東京サッカー界の聖地とも言うべき“西が丘”でのプレーを最後に、その高校サッカー生活に幕を下ろし、新たな夢へのスタートを切った。

「都立校の中でもサッカーが強いから」という認識で、都立東大和南高校の門を叩いたという。実際に入学してみると自分が思っていた以上に選手も揃っていると感じ、「どんな状況であれ、全国を本気で目指せるチームにしたいな」と決意した。ただ、最初の2年間は理想と現実のギャップにもがき続ける。「挨拶とかもできないし、サッカー部の専用玄関の使い方もメッチャ汚くて、本当にチームとしての土台がまったくない」中でキャプテンを務めることになったが、練習中に“オニギリ”を食べている選手までいるような状況に頭を抱えた。「チームを変えたくて、でもどうしようもできなくて、という時に1回だけ泣いた」そうだ。自らの無力さを痛感した高校生の心中は察して余りある。

 そんな状況に変化の兆しが見えてきたのは今年の4月。同校に赴任してきた大原康裕先生がサッカー部の監督に就任する。今まで抱えてきた想いをぶつけると、大原先生は「自分が持っていた違和感というのを素直に受け止めてくれて、変えようとしてくれた」という。「『こういう話をして下さい』と言うと、本当にパーフェクトな話をみんなの前でしてくれて、それがみんなスッと心に入ってきて、すぐに行動できるようになったんです。素直にみんなが受け止められる話し方をしてくれるので、本当に助けられました」と師への感謝は尽きない。そして、わずかにではあるが状況が好転し掛けてきたタイミングで迎えた総体予選で、とうとうチームはブレイクの時を迎える。

 支部予選から5連勝で進出した二次トーナメント初戦。2年連続で選手権予選のファイナリストに輝いている堀越高を向こうに回し、東大和南は前半からポゼッションで圧倒。勢いそのままに先制点と追加点を奪い、完勝と言って良い内容で強豪を撃破してしまう。その試合後、キャプテンに話を聞くことになった。少し警戒している様子がこちらにも伝わってくる。印象的だったのは「この繋ぐスタイルに対する自信はある?」と聞いた時、「これって正直に言い過ぎて損するということはないですか?」と返されたことだ。「例えば『自分は下手だから仲間に支えられている』的なコメントをしたら、『あの4番、穴だ』と思われてガンガン来られたりしないですか?」と。「面白いことを言うヤツだなあ」と思ったが、「これ以上聞き過ぎるのも悪いかな」と思い、こちらも「君が穴だとは思わないけどねえ」と締めくくって、会話はそこで終わった。

 ところが、続けて追加点を決めたストライカーに話を聞こうとしたタイミングで、キャプテンは戻ってきた。どうしても言いたいことがあったらしい。「今は本当に選手、スタッフ、マネージャー、応援してくれる人、すべての人が1つになって戦えているから、一体感がものすごく出ているから、ここまで来られているのかなと思います」。しかも結構良いことを口にする。「どうしてもこれだけ言いたかったんで」と言って、再び去っていくキャプテンを見送りながら、大原先生も「アイツはちょっと変わったヤツなんで」と苦笑する。「確かに変わってるけど、なんか面白いヤツだな」というのが彼の第一印象だった。

 次に話を聞いたのは選手権予選の準々決勝。本当はその直前のリーグ戦にも足を運んだのだが、彼はメンバー外だった。理由は名誉のために伏せておく。その準々決勝はまさに死闘。1-1で迎えた後半35分にキャプテンのPKで東大和南が勝ち越したものの、2分後にやはりPKで追い付かれて延長戦へ。ここでも一度は東大和南がリードを奪いながら、相手にラストプレーで失点を許し、勝敗の行方はPK戦へ。最後はGKの活躍もあって、同校初の東京4強を手繰り寄せることに成功する。試合後。2度目の会話ということもあって、彼も前回より警戒心を解いてくれた感じはあったが、ゆっくり考えながら言葉を紡いでいく感じは変わらない。聞きたいことはあらかた聞き終わり、「ありがとう。次も頑張ってね」とICレコーダーのボタンをOFFにした直後、突然キャプテンは前触れもなく話し出した。

「この間と似ているな」と思いながら耳を傾ける。「今までテレビのインタビューとかを見ていて、『周りのおかげです』とか言っているのを聞いても『ホントかよ?』とか思っていたんですけど、今はそれが本当だったってよくわかります。チームメイトとかスタッフとかマネージャーとか、みんなに支えられてここまで来られているんだと思います」。また良いことを言い出した。その時、思った。「ああ、この子は言いたいことがちゃんとあるんだな」と。「それが自分の中で整理できた時に出てくるんだな」とも。また機会があれば、次はちゃんと彼が整理できるような時間を掛けて、話してみたいなと思ったことを記憶している。

 憧れの“西が丘”で東大和南の快進撃は終焉を迎えた。全国優勝6度を誇る名門のカナリア軍団は力強く、前半は何とか無失点で耐え切ったが、後半にセットプレーで2点を奪われ、アディショナルタイムにもダメ押しゴールを許して、3年生は高校サッカーに別れを告げることになった。最後にどうしても彼の話を聞きたかった。ただ、一向にロッカールームから出てくる気配がない。次の試合が始まり、ハーフタイムになっても姿を現さない。その試合も終わり、半ば諦めていた時に、偶然にも会場の外で大原先生をお見掛けしたため、無理を承知で彼と話せるか聞いてみた所、連絡を受けた彼はわざわざ駆け付けてくれた。

 3度目ということもあって、もう初回のような警戒心は感じない。想像していた以上に彼の表情はさっぱりしていた。「本当にみんなが応援してくれて、最高の雰囲気が出来上がっていて、『凄く楽しかった』とみんな言っていましたし、この雰囲気でもう1試合、もう2試合とやりたかったですね」と試合のことを話していた中で、「凄く振り返ると」と入学当初の頃の話が始まる。その話がひと段落すると、「凄くさかのぼるんですけど」と入学前の頃まで話が及ぶ。淀みなく話し続ける姿を見て、「今日は凄く話が整理されているな」と感じた。

 そんなキャプテンがこう言葉を紡ぐ。「さっきロッカールームで話を聞いたら、右サイドバックのヤツがインターハイで引退したので、残った3年生のヤツは絶対出られると思うじゃないですか。でも、結局レギュラーを2年生に取られたんです。でも、その選手は『最後まで残って良かった』と言っていましたし、みんなが口を揃えて『最後までやって良かったな』と言っていたので、自分もそれを聞けて良かったです」。苦しかった2年間を経て、チームをまとめようと悪戦苦闘している内に、気付けばそのチームには大きな一体感が生まれていた。結果もそうだが、きっとキャプテンにとってはそれが一番嬉しかったはずだ。総体予選からのこの半年余りの感想を聞くと、「インハイから選手権の数か月はなんか夢の中というよりは、目標への道が見えてきたというか、『こういうのを求めていたんだな』という感じで凄く時間の経つのが早かった」そうだ。最後の最後で自らの思い描いていたチームに近付いて行く手応えがあったからこそ、あっという間の数か月だと感じたのだろう。そんな終わり方ができる高校生は決して多くない。そういう意味で彼らは非常に幸福な高校サッカーを過ごすことができたのだと思う。

「これからまずは勉強ですね」と笑ったキャプテンに、大学でサッカーを続ける気はないのだという。「もう1試合やりたかったのはありますけど、もう1回ココに来ようとは思わないです。他にやりたいことがあるので」と少し言い淀んだ彼に、「その『やりたいこと』は聞いてもいい?」と尋ねたが、「それは聞かなくていいですよ」とかわされた。3度の会話である程度は心を開いてくれた感触はあったが、そこまでは到達できなかった。でも、それでいい気もした。『やりたいこと』は人に言うものでもないし、きっと彼ならゆっくり時間を掛けて、その『やりたいこと』をじっくり実現していく気もする。オフィシャル的な会話は終わり、少し雑談めいたやり取りになった頃、「それでさっきロッカールームで言ったんですけど」と彼は突然切り出した。「後輩には『これが“伝説”として残るんじゃなくて、“伝統”として残って欲しい』ということを伝えて。実際にここまで来て、2、3年後には全くここまで来れないようになってしまうチームも結構あるので、だから本当に“伝統”にして欲しいですね」。やっぱり最高に良い話は最後に出てくる。それは3度目でも変わらなかった。

「お疲れさま」「さようなら」。別れの挨拶を交わし、その背中を見送った後も少しその場に残ってみる。もしかしたらあの日と同じように戻ってくるんじゃないかと思って。でも、アイツは結局戻ってこなかった。その時、わかった気がした。「ああ、ちゃんとやり切ったんだな」と。新たな夢のスタートを切った岸本真輝に幸多からんことを。


■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」


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