beacon

[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:原点(Honda FC・古橋達弥)

このエントリーをはてなブックマークに追加

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 13年ぶりにHonda FCの選手として戦った天皇杯は、その時と同じ舞台で、その時と同じ相手に敗退を突き付けられた。もちろん悔しさは隠し切れないが、ふとその時の光景がオーバーラップすると、ここまでサッカー選手を続けて来られた感慨も湧き上がってくる。「13年経ってもまだ自分はプレーできていますし、まだまだやれるという気持ちはあるので、そこに関しては自分を褒めてあげたいですね」。古橋達弥。36歳。サッカーへと自らを駆り立てる灯が消える気配は、まだ訪れていない。

「やっぱり“原点”というか、ここで育ってJリーグでプレーできたので、そういう意味では『もう一度このチームへ何か恩返しをしたい』というか、『自分にもできることはあるかな』と思って戻ってきました」という古橋がHonda FCへ“戻って”きたのは2014年。C大阪、山形、湘南と3つのJクラブを渡り歩き、特にC大阪時代の2005年にはJリーグベストイレブンも受賞。一時は日本代表入りも噂されるなど、大きな存在感を示した9年半に及ぶJリーガーとしてのキャリアを経て、古橋は社会人としての第一歩を踏み出した浜松の地へ再び帰還するという決断を下した。

 今シーズンはここまでリーグ戦9ゴールと、復帰してからの3シーズンで最も点が取れている。本人も「最近は体の調子も良いですし、特別痛い所もないので、やっぱり自分の中では『まだまだ続けなきゃいけない』と思っています。チームの力になれているので」と自らのパフォーマンスに手応えを感じているようだ。そんなタイミングで巡ってきたのが、FC東京と対峙する天皇杯4回戦。岐阜、松本、盛岡とJリーグ勢を相次いで撃破して掴み取ったJ1クラブへの挑戦権。「今回は中2日なんですよ。JFLに中2日はないですからね」と古橋も笑ったように、日曜日にアウェーの青森でリーグ戦を戦い、そのまま浜松には戻らずに調整を続け、この日のビッグマッチに挑むこととなったHonda FC。確かに厳しいスケジュールではあるものの、「サッカー選手としては試合が多いというのは良いことですからね」と古橋。チームメイトも非常に高いモチベーションで味スタのピッチヘ飛び出した。

 立ち上がりからFC東京にボールを握られる展開の中、ワンチャンスを生かして先制すると、そこからHonda FCのきっちりボールを動かすスタイルが顔を覗かせ始める。「蹴っても自分たちはあまり良さが出ないと思いますし、特にJ1相手だと蹴っても、またGKに返されて繋がれるだけというのはわかっていたので、できるだけ繋いでいかないとチャンスは創れないと思っていた」(古橋)というチームは、小気味よくショートパスを繋いで局面を打開するシーンを連発。古橋も1.5列目あたりで縦横無尽に顔を出し、細かいタッチで攻撃にリズムとアクセントを加えていく。45分にはFKのチャンスに、「距離がちょっとあったので自分の位置ではなかったですけど、こういう舞台ですし、思い切って狙いました」と直接ゴールを狙う。左スミを襲ったボールはGKに弾き出され、「ちょっと枠に入っていたかわからないですけど、ゴールに入らなかったら一緒ですね」と本人も笑って振り返ったが、相変わらずの高いキック精度を披露してみせる。

 後半6分に追い付かれた後も、Honda FCはスタイルを貫きつつ、チャンスも創出した中でなかなか勝ち越しゴールは奪えない。「シンドい部分はありましたよ。足も最後は攣っちゃっていましたし」と苦笑する古橋がベンチに退いた4分後に逆転ゴールを喫すると、終盤に栗本広輝が蹴ったFKもポストを叩き、ビハインドを跳ね返すまでには至らず。今回の天皇杯を席巻したHonda FCの快進撃は、4回戦で幕を下ろすこととなった。

 Honda FCはFC東京と13年前にも天皇杯で対戦したことがある。舞台はこの日と同じ味スタ。2度のビハインドを2度とも追い付いたものの、最後はPK戦でFC東京が次のラウンドへと進出したが、その試合で10番を背負ってゴールを決めたのが古橋であり、当時のHonda FCを率いていたのは、この日のFC東京のベンチに入った安間貴義コーチだった。古橋に安間コーチとの対戦について尋ねると、「不思議ですよね。プレーヤーとしても一緒にやっていますし、凄く良い人なんですよ。でも、安間さんにまだまだプレーできるということを見せたかったというのはありますね」と話しつつ、「試合後には『相変わらず上手いな』とか『オマエが替わってくれて助かったよ』みたいなことを言われました」と笑顔で続ける。13年前に味スタのピッチに立っていた選手は古橋と、その古橋と交替で入ってきた柴田潤一郎の2人だけ。「もう相当前のことなので、当時とは全てが違うんですけど、その時のことは思い出しましたね。やはり感慨はありました」と古橋。それが冒頭の「自分を褒めてあげたいですね」というフレーズに繋がってくる。13年の時を経て、同じHonda FCのユニフォームを纏った36歳が、同じFC東京と、同じ天皇杯という舞台で再会する。安間コーチの存在も相まって、不思議な縁を感じずにはいられない。

「地元ということもありますし、友達とかも見に来てくれたりするので、やりがいはそういう所に感じています」という古橋には、もう1つ現役を続けているモチベーションがある。「『やめようかな』と思う時もありますけど(笑)、こうやって試合に出て、活躍できた時や良いプレーできた時があると、『まだ続けようかな』とか、そういう感じになりますよね」。結局サッカーが好きなのだ。30代も半ばを過ぎた今でも、まだ自分が上手くなると確信しているからこそ、大好きなサッカーを続けているのだろう。日曜日にはリーグ最終戦が待っている。勝利を収めればステージ優勝を勝ち獲ることになり、同時にチャンピオンシップへの出場権も手にすることができる。古橋達弥。36歳。「いつまでサッカーを続けるかはわからないですけど、そう長くはないと思うので(笑)、自分のサッカー人生というのを楽しんでプレーできるようにしたいと思います」と語る、アラフォーに差し掛かったフットボーラーは、それでも明日も明後日も、そしてその先もきっとボールを蹴り続けているに違いない。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」


▼関連リンク
SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史
●第96回天皇杯特設ページ

TOP