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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:赤黒軍団を支える最強の“黒子”(駒澤大高・武智悠人)

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写真は東京都予選より

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

「チームが勝つのが最優先なので、チームのために“黒子”に徹するじゃないですけど、個人の結果よりもチームが勝てばいいという風に考えています」。短いフレーズの中に3度も“チーム”というフレーズが口を衝くあたりに性格が滲む。中学時代からチームメイトだった高橋勇夢をして「本当にいいヤツです」と言わしめる武智悠人。赤黒軍団を支える最強の“黒子”は期する想いを胸に、1年ぶりとなる全国のピッチに立っていた。

 昨年度の高校選手権は全国8強まで躍進。その時のレギュラーは大半が残っており、今シーズンは一貫して全国制覇を目標に掲げてきた駒澤大高。その第一関門である初戦の高松商高戦に挑んだが、「年が空けて、何かのらりくらりしていて緊張感がないというか、『自分たちで雰囲気を創り出して入らないと、アッという間に80分終わっちゃうよ』という話は今日もしていたんですけどね」と大野祥司監督も苦笑したように、なかなか前半からギアが上がらず、チャンスは創るものの、時折ピンチも迎えるなど、主導権を奪い切れない時間が続く。「変な感じでフワフワしちゃって、『自分たちはできるだろう』という自信と過信が紙一重という感じなんですけど、それが今日はちょっと過信の方に行ってしまったかなと思います」と話したのは不動のボランチを任されている武智。チームは数度あった決定機も生かせず、スコアレスのままで前半を折り返す。

「自分たち2ボランチの回収率があまり高くなかったというのと、全体的にコンパクトにできなかった」とゲームを見ていた武智は、「セカンドを拾うのもそうなんですけど、まずファーストを強く行かないといけないということで、そのためにまず高い位置を取って、相手のボランチとしっかりマッチアップするということを考えて、マッチアップしていない方のボランチがしっかりカバーに入るという形でやっていました」と立ち位置の取り方に工夫を凝らす。後半11分の交替でボランチのパートナーが西田直也から菊地雄介に変わると、「雄介はドリブルができる選手なので、どんどん前に行ってもらって、自分がうまくバランスを取りながらやっていました」と武智。菊地を自由に泳がせることで、チームにも推進力が生まれていく。すると後半17分にロングスローから、投入されたばかりの米田泰盛がファーストタッチで先制ゴールを記録。この1点が決勝点となり、苦しみながらも駒澤大高が初戦を突破することとなった。

 前述したように武智には期する想いがあった。昨年度の選手権。チームが準々決勝まで勝ち上がっていく中で、彼は全試合に出場したものの、そのすべてが途中出場。結局スタメンで起用された試合は1試合もなかった。「去年は他の2年生がああやっていっぱい出ている中で、自分が出れないということに悔しさというのもありましたし、もちろん去年の先輩たちを尊敬していますけど、『自分の方がもっとできるんだぞ』というのを証明したかったのに、それができなかったんです」と1年前を振り返った武智。最高学年になり、「今年こそは」という強い気持ちで新たなシーズンに臨んだが、春先には本職のボランチ以外のポジションで起用され、「自分の良さが出せなくて、どういうプレーをしたらいいのかというのもあまりよくわからなくて、その時期はちょっと自分の心の持ち方なんですけど、『やってやろう』という気持ちになり切れなかった」という。

 ただ、大野監督も「シーズン途中に弱気なプレーがあって、スタメンから外したこともあった」と言及した時期を経て、「自分はその中でがむしゃらにやるだけだ」と吹っ切れてからは、ほとんどボランチのポジションを譲ることなく、チームを“黒子”として支えている。選手権予選では1回戦でいきなりケガを負ったが、以降も強行出場に近い形で試合に出続けて東京制覇に貢献した。それもすべては選手権の舞台で活躍するため。「スランプを経験しながら、またそこから這い上がって来れているんじゃないかなと思いますけどね」と指揮官も認めた通り、苦悩の時期を経験した18歳はスターティングメンバーとして全国のピッチへ帰還し、チームの勝利に大きく貢献してみせた。

期待の表れではあるものの、指揮官が課す武智への要求はまだまだ高い。「昨年の方が点を取っていたので、もうちょっと攻めの時は勇気を持って、シュートで終われるプレーが増えるといいんじゃないかなと思うんですけどね」という言葉を受けて、本人にそのことをぶつけると、「確かに大野先生にも『点を取れるボランチになれ』と言われていて、ミドルシュートとかこぼれ球を打ったりという部分は選手権で出せたらなと思っています」と語った直後、「ボランチの相方が2人とも攻撃的で、菊地もそうですけど、西田も結構前に行きたがるので、自分が後ろでバランスを取りながらという感じなんです」と、少し攻撃に比重を置き切れない本音が覗く。それでも「点を取りたい気持ちもあると言えばありますけど、逆に言えばそういう風にバランスを考えられる所が自分の良さだと思っていますし、チームが勝つのが最優先なので、チームのために“黒子”に徹するじゃないですけど、個人の結果よりもチームが勝てばいいという風に考えています」と自らへ言い聞かせるように武智は言葉を続けた。赤黒軍団を支える最強の“黒子”。この男が『チームのために』攻撃への本能を解き放った時、きっとそのチームは掲げ続けてきた唯一の目標へと続く道を、また一歩力強く進んでいるはずだ。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」


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