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かつての“ノルウェーの神童” は今…エーデゴーアが歩んだ道のりと未来

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“神童”エーデゴーアは現在、MF小林祐希と同じヘーレンフェーンでプレーしている

 オランダ北部に位置するフリースラント州はのどかな場所だ。近隣には無数の湖が散在し、人々は土地に根を下ろして観光業によって日々の糧を得ている。

 そんなフリースラント州の中でもヘーレンフェーンは特にゆったりとした小都市と言える。どこを見回しても2階あるいは3階を超える高さの建物はほとんどなく、大都市の活気溢れる生活からは遠く隔たっている。そこに暮らしているのは同年代の選手たちの中ではおそらく最もその名を知られた18歳であろう、MFマルティン・ウーデゴーアだ。

「彼はプロであるとはどういうことなのか、そこで学んでいるはずだ」。そう話すのは、元ノルウェー代表のアンドレ・ベルグデルモだ。エーデゴーアと同郷の彼は、オランダの日刊紙『アルヘメーン・ダハブラッツ』に強い調子でそう語っている。その言葉はヘーレンフェーンの田園風景にはどことなくそぐわないほど力強い印象を受けた。

■想像とは違ったマドリーでの日々

 ベルグデルモの発言はまさに核心を突いている。2017年1月にヘーレンフェーンにレンタル移籍して以来、エーデゴーアはトップの試合にコンスタントに出場するようになり、ようやく“プロ選手”と言うに相応しい存在となった。だが、このような展開は理想的ではなく、キャリア当初に期待されたものとはまったくかけ離れたものである。

 2014年の冬はエーデゴーアにとって慌ただしい年であったに違いない。エーデゴーアは父親であり彼の代理人でもあるハンス・エリックと共にヨーロッパを巡っていた。何と言っても、エーデゴーアは史上最年少でヨーロッパの代表チーム入りを果たした選手だ。ヨーロッパ中の名だたるクラブが、当時15歳のエーデゴーアをすぐに自分たちの戦列に加えようと狙っていたのだ。多くのチームが彼にオファーをする中で、ワンダーキッド争奪戦に勝利したのはスペインの王者レアル・マドリー。エーデゴーアは確固たる未来を手に入れ、いつの日かFWクリスティアーノ・ロナウドらの後継者となるはずだった。

 しかし、この野望は夢のままで終わってしまったと言っていい。エーデゴーアがレアルのユニフォームを身にまとったのは一度だけ、しかもたったの32分間に過ぎなかった。エーデゴーアはこの時の出場によって、チームの最年少デビューを記録したが、結局レアルで過ごした2年間のほぼすべてを育成チームである3部リーグで過ごしている。

 これまで彗星のように上昇して来たエーデゴーアのキャリアはここで一気に勢いを弱めた。彼はスーパースターが顔をそろえるトップチームの選手たちとの遠征に何度も帯同したが、カルロ・アンチェロッティ監督、ラファエル・ベニテス監督、そしてジネディーヌ・ジダン監督ら経験ある指揮官の心を捉えることはできなかったのだ。

■獲得競争は過去の話

 そして2017年の冬、出場機会を求めるため新たなクラブを探すようレアルの首脳陣から勧告されたエーデゴーアは、再び彼の代理人でもある父親と共に所属先を求めヨーロッパ巡りを開始した。しかし、数年前の冬と違ったのは、名乗りを挙げたクラブの数だ。欧州のビッグクラブがこぞって欲しがる逸材だったはずだが、あの頃のように彼に興味を示すことはなかったのだ。

 一時はフランス1部リーグに所属するレンヌが獲得の意向があると報じられていたが、会長自らが「我々のクラブはよそのクラブの選手を立ち直らせるためにあるのではない」と発言し、きっぱりと受け入れを拒まれてしまった。

 かつてエーデゴーアは『TIME』誌の「最も影響力のあるティーンエイジャー30人」の一人に選ばれたが、これはもはや勲章とは言えず、彼にとっては重荷になっているに違いない。過去の栄光と現在の状況との落差はあまりにも大きい。

■スペインの3部か、オランダの1部か

 このような経緯を経て、今エーデゴーアはオランダのヘーレンフェーンにいる。彼にとってこのキャリアは下り坂なのだろうか?

「僕はそんなふうには思っていないよ」

 『シュポルト・ビルト』誌にはっきりとそう答えたのはエーデゴーア自身だ。

「僕はリザーブチームでプレーするためにレアル・マドリードと契約したんだし、実際にそこでたくさんの試合に出ていることをみんなは忘れているんだ。そして僕は今、オランダの1部リーグで出場の機会をもらっている。だから上へ向かって一歩踏み出しているんだよ」

 果たして本当にそうなのだろうか。表面的な事実だけを見るならばエーデゴーアの言葉は正しいだろう。確かに、ヨーロッパの1部リーグで彼は自らの居場所を手にしているからだ。しかしエーデゴーアの成長に焦点を当てて考えたとき、育成力に定評のあるバルサの3部リーグが、オランダの1部リーグよりためにならないというのは正直疑わしいものがある。

 そもそも彼はレアルの下部組織で最高の条件を手にしていたのだ。FWリオネル・メッシやMFシャビ・エルナンデス、そしてMFアンドレス・イニエスタのような世界的スターもまた、所属するクラブの下部チームでの苦しい道のりを経て素晴らしい成長を遂げてきた。たとえ3部リーグに所属していたとしてもレアルの下部組織のサッカーにはスペイン的な何かがある。ただボールを蹴ったり、スライディングタックルをするだけの選手はそこから先に進むことはできない。そのような環境下で磨かれるのはテクニックに他ならないのだ。

■エーデゴーアが抜きんでるために必要なこと

 とは言え彼はオランダに行くことを選んだのだ。そこでは激しいプレーが求められるが、彼は今のところ思うようなプレーができていないように思う。エールディビジでのレギュラーシーズンはまもなく終わりを迎えるが、15試合の出場で得点は1。厳しいことを言えば、彼は監督がまだ無条件に信頼を置くことのできるような選手ではない。

「エーデゴーアは時に独創性のあるプレーや洗練されたプレーを我々に見せてくれる」

 『Goal』ノルウェー版のピーター・ストロインク・ファン・アイゼンガ記者はそう語る。しかし同時に「彼には試合を決定づけるような力がない」と、攻撃の選手としては大きな問題点をはっきりと指摘している。

 エーデゴーアはサイドから中央へ向かって質の高いドリブルができる選手だ。それにアプローチが巧みで全般的にそつなくプレーをこなすことができる。だが、そういうことのできる若手選手は大勢いる。さらに付け加えるならば、多くの選手たちはもっと自信に満ちており思い切ったプレーをすることができているのだ。エーデゴーアが抜きんでるためには、そういったすべての要素を人一倍持つことが必要なのだ。

■「僕は神童なんかじゃない」

 エーデゴーアのキャリアはこの先どこへ向かうのだろうか? かつて“ノルウェーの神童”と呼ばれた選手は今後のキャリアについてこう語る。

「僕は神童なんかじゃない、ごく普通の若者さ。もしかすると才能に恵まれているのかもしれないけれど、成功するためには一生懸命練習するしかないんだよ。他の多くの選手がそうしているようにね」

 しかしゆっくりと今後について考えている時間はない。レアル・マドリードとの契約期間は2018年の夏までであり、ヘーレンフェーンの移籍期間が延びたとしても現段階では最大でこの時までとなる。そして現時点ではレアルが契約延長に関心を示している気配はない。

 厳しい言葉も飛び交うが、ヘーレンフェーンののどかさとは反対に、彼はこの地で力強くプロとしての歩みを始めている。ヘーレンフェーンのホームスタジアムにはレアルのような焚くフラッシュの嵐はないかもしれないが、オランダの1部リーグであるそのピッチに立つことで彼は我々には知ることのできない多くのことを得ているだろう。いずれにしろ、オランダへの移籍が回り道だったのか、完全に誤った道だったのかは数年のうちにわかることだ。

取材・文=トビアス・ロレンツ/Tobias Lorenz
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