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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:変化(駒澤大高・米谷拓海)

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駒澤大高FW米谷拓海

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

「とにかくマジメなんですよ。マジメ過ぎて、もうちょっと遊びの部分があってもいいかなと思うんですけどね」。苦笑しながら語った指揮官の言葉をそのまま伝えると、本人にも苦笑が連鎖する。「結構マジメだとは自分でも思っています。堅過ぎるぐらいのマジメさだなと」。ただ、直後のこと。「いろいろな経験をして、自分をコントロールする所はちょっとずつ身に付けていると思います」とも話は続いた。高校選手権は2年連続で全国ベスト8。東京3連覇を狙う駒澤大高の今シーズンをリーダーとして牽引してきた米谷拓海は今、“マジメ”な自分に訪れつつある“変化”をはっきりと感じ取っている。

 T1リーグ第16節。優勝争いを繰り広げている國學院久我山高に対し、苦しい残留争いを強いられている駒澤の大野祥司監督は思い切った采配を振るう。スタメン11人の中に3年生はわずかに1人。しかも、その唯一の最上級生もアップ中に2年生MFが負傷してしまったため、急遽スタメンに繰り上がった選手。「前節のトリプレッタ戦は最後の15分くらいで1年生を3人出したら逆転されちゃったので、今日はちょっと逆バージョンにしました」とは大野監督だが、選手権予選を1か月後に控えたタイミングで、ベンチスタートとなった5人の最上級生にとって、いろいろな想いが心中を駆け巡っていたであろうことは想像に難くない。

 ゲームは立ち上がりから2年生中心の駒澤が、おなじみの高い強度でプレスやセカンド回収に奔走。久我山になかなか持ち前の流麗なアタックを許さない。前半はやや駒澤ペースのまま、スコアレスでハーフタイムへ。ところが、後半はスタートから久我山がラッシュ。「相手はスイッチが入ってきて、完全にやられ出した」と振り返る大野監督は、後半19分に“3枚替え”の決断を下す。投入されたのは3人の3年生。その5分後にもさらにもう1人の3年生をピッチへ送り込み、反撃態勢を整える。

 アップエリアに残った最上級生は米谷のみ。「前線の選手が結構変わっていたので、正直『今日は出ないかな?』という気持ちはあったんですけど、まだ交替枠が1枠残っていたので、諦めずにしっかりアップしていた」最後の3年生に、ようやく声が掛かったのは後半31分。これで中盤から前の6人は全員が3年生となる。残りは15分程度。勝敗の行方は最上級生で構成されたアタッカー陣に委ねられた。

 すると、後半もアディショナルタイムに差し掛かった頃、駒澤に千載一遇の先制機が到来する。一旦はCKをキャッチした相手GKのキックが何と味方に跳ね返り、あらぬ方向へ。素早く反応した米谷は、そのボールを無人のゴールへ流し込む。結果としてこれが決勝点。残留に向けても大きな勝ち点3の獲得に、「『ヤツが取るかな』と最後の最後まで取っておいて、残り15分くらいで出したら、そのへんもピタリと当たりましたね」と大野監督もニヤリ。“最後の3年生”の一撃で、気まぐれな勝利の女神は駒澤に微笑んだ。

 試合後。話を聞こうと殊勲のヒーローを待つ。前回言葉を交わしたのはちょうど半年前。その時の印象と、直前に聞いた大野監督の「とにかくマジメなんですよ。マジメ過ぎて」という言葉がシンクロする。丁寧な挨拶を経て、ゲームのことを振り返ってもらいながら、ゴールシーンに言及するとわずかに米谷の表情が和らぐ。「あれはよくわからなかったんですけど、たぶん相手のキーパーのキックが当たって、たまたま自分の所に転がってきたので、それに素早く反応して決められたことは良かったと思います」と少し笑ったが、「マグレとかじゃなくて、流れの中でクロスから決めたり、自分で押し込んだり、そういうバリエーションも増やしていけたらと思います」とすぐに自ら“軌道修正”を入れる。

 全国ベスト8を知るほとんどの主力が卒業した上、その全国を経験した西田直也齋藤我空の両センターバックがケガで離脱していたため、今シーズンの序盤はフォワードを本職としている米谷が最終ラインの中央を任されていた。「いきなり『やってみろ』と言われて、最初は『できるかな?』と不安だった」中でも、「やってみないとわからないこともありますし、ディフェンスの心情を考えながらプレーすると、フォワードとしても生かせる部分があると思うので」センターバックに入ったが、慣れないポジションを務めていた上、チームをまとめようとする想いが強過ぎるあまりに、少しずつ米谷のメンタルは追い込まれていく。

 夏前にはポジションこそフォワードに戻ったものの、自身を溜め込むタイプだと分析している彼は「1人で“リーダー”をやっていたので、やっぱり部員の人数の多さとか、期待とかプレッシャーが大きくて、正直な所を言うと夏は人生で一番ツラいくらいだった」という。また、トップチームの3年生も定位置を掴み切れない選手が多く、「みんな気持ちが落ちちゃっていた」そうだ。

 そんな状況を受け、3年生に対して外側から“変化”が加えられる。それまでは米谷が1人で担っていたキャプテンが、トップチームにいるメンバーの持ち回り制になった。そして、以降の3年生には内側から“変化”の兆候が現れる。まず、「みんなでキャプテンをやることで1人1人にチームに向き合う自覚が出てきて、周りを見渡しながら『3年生が引っ張っていく』という感じ」が出てきた。

 米谷自身の“変化”はより大きい。自分がキャプテンではない時は「キャプテンのヤツに『オマエがやってくれるっしょ』みたいな(笑) 『今日はオマエだからやって』みたいな感じ」で試合に臨めるようになったという。すかさず「それではダメだと思うんですけど」と続けるあたりに“マジメ”さが滲むが、「それぐらいちょっとツラかったんで(笑)」という本音も口を衝く。「みんなで回すようになってから、メンタル的な所で少し楽になって、少しプレーも上がってきているかなとは思っています」。会話していく内に、半年前よりは確かに表情が柔らかくなっているような気がした。そういう部分がこの日のゴールに繋がったと結び付けるのは、いささか強引だろうか。

 米谷を見ていると、昨年度のキャプテンを務めていた高橋勇夢(Criacao)を思い出す。超・個性派集団とも言うべき前チームを率いていた彼もまた、夏前には大野監督から「人間的に凄い良い子なんですけど、遊びの部分がなくて“マジメ”なんですよね」と評されていた。米谷は「自分は本当にプレッシャーに押し潰されそうな感じだったのに、去年のキャプテンの高橋勇夢さんは、もう期待されればされる程という感じでしたよね」と話したが、高橋も試行錯誤を経る中で、リーダー像を自身で定め、最後までやり切った経緯は強く記憶に残っている。

 そんな高橋がちょうど1年前に印象的なことを話していた。「自分が目指している所はナオヤさん(竹上有祥・駒澤大)なんですけど、仲の良い春川さん(春川龍哉・早稲田ユナイテッド)から、『ナオヤになくてイサムにあるものがある』と言われてたんです」。竹上も、高橋も、それぞれ素晴らしい人格者だが、“リーダー”には様々なタイプがあっていい。高橋になくて米谷にあるものも、きっとある。

 大野監督は久我山戦のゴールについて、「今日も本当に泥臭い点ですけど、やっぱり彼の所にこぼれてきたし、彼が決めたらみんなが喜ぶんじゃないかなというのはありますよね。それだけ苦労人というか、努力している子なので」と言及していた。米谷がチームも、そして自身も苦しい時にどう振る舞ってきたかは、それを近くで見ていたはずの仲間が一番よくわかっている。

 主力として2度の全国8強を手繰り寄せた西田の復帰も近い。ただ、「西田はやっぱりチームの中で影響力のある人間だと自分も思っていて、彼がキャプテンになっても、自分が手助けできる部分があると思いますし、誰がキャプテンになっても3年生がソイツに任せっきりとかでは絶対ダメだと思うので、そういう点では3年生たちでしっかりチームを引っ張ったり、指示を出したりはしていきたいと思います」と言い切る米谷のリーダーシップが、おそらく今まで同様にこれからのチームも支えていくであろうことに疑いの余地はない。

 自宅から程近い会場での試合だったため、米谷は自転車に乗ってきていた。「地元なので今日は良い思い出もできました。来る時もみんなが駅に着いた頃、家を出ればちょうどみたいな感じでしたし」と少し砕けた口調で笑う。聞けば、最近は学校でもクラスメートから「よく笑うようになった」と指摘されているそうだ。「ここ数か月でメンタルのことに関しては変わってきていることを実感しています」。その言葉にも素直に頷ける。

 話を聞き終え、別れた直後。後方から自転車が颯爽と追い抜いていく。「家が近くていいなあ」。背中に声を掛けると、少し振り向いた笑顔の口からは「10分後にはお風呂に入ってまーす。さようなら!」と意外な、かつ楽しげなセリフが発せられた。「人生で一番ツラいくらいだった」夏を越え、以前より少しは軽くなったであろう“心のペダル”を踏みしめながら、前に進んでいく米谷がチームメイトと挑む最後の大会は、いよいよ1か月後にその幕が上がる。



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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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