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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:届かなかった“あの場所”(國學院久我山高・平田周、上加世田達也)

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國學院久我山高のGK平田周(上段左端)、上加世田達也(上段左から2人目)

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 平田周は失点を喫してから、試合が終わるまでの40秒余りを全く覚えていないという。「ゴールが入った瞬間から、自分があの時何を見ていたかもわからないし、あの時の光景を思い出せないというか、ただ茫然としていただけだったと思うんですけどね」。延長後半のアディショナルタイムに待っていた残酷な幕切れ。平田と上加世田達也が2年間に渡って抱え続けてきた想いは、“あの場所”へ届かなかった。

 2年前の4月1日。前年度の高校選手権で全国ベスト16に入った國學院久我山高が、T1リーグ(東京都1部リーグ)の成立学園高戦へと臨む一戦のスタメンに、まだ入学式も迎えていない1年生の2人が、それぞれゴールキーパーとセンターバックとして名を連ねる。それだけでも驚くべきことだったが、結果的にその2人は90分間フル出場を果たし、チームの完封にも貢献。清水恭孝監督の「彼らが普通に良いから使っているんです」という言葉にも頷けるパフォーマンスを披露する。そのゴールキーパーが平田で、センターバックが上加世田。堂々たるプレーぶりに「この子たちはここからどう成長していくんだろう」と感じたことを記憶している。

 シーズンを通じてレギュラーを守り続けた彼らが脚光を浴びたのは、東京予選3連覇を達成し、躍進を誓って乗り込んだ高校選手権。とりわけ青森山田高との準決勝では、同じFC東京の下部組織出身だった廣末陸と平田の対決に注目が集まる中、チームは後半アディショナルタイムの決勝ゴールで劇的な逆転勝利。試合後のミックスゾーンでも平田に取材陣が殺到した。元々そういう場が嫌いではないこともあってか、キャッチーなエピソードを連発する彼を中心に笑いの渦が起きる。上加世田は「取材もしてもらっていましたけど、僕はチーム内でも一番少なかったぐらいじゃないですか」と回想したが、最後は東福岡高に大敗したものの、全国のファイナルまで辿り着いた久我山にあって、2人の1年生に対する周囲の目が大きく変化したのは間違いない。ただ、その華やかなステージの終幕は、彼らにとって「長く苦しい2年間」(平田)の始まりでもあった。

 全国準優勝という肩書を携え、様々な面で期待値の高まった久我山の新シーズンがスタートする。ところが、関東大会予選ではベスト16で敗退すると、総体予選は一次トーナメントも突破できず、思うような結果が付いてこない。この頃に聞いた、上加世田に対する清水監督の言及は印象深い。「アイツも3年生が周りにいて、1年生1人で頑張っていれば良かったのが、一気にリーダーになっちゃったので、そこの負担は大きいなという気はしますね」。本人も当時を少し苦々しく振り返る。「2年生の時は自分の良いプレーが全然出せず、調子が上向きに上がってこなくて、かなり不調でした。全国で準優勝したということで慢心というか、『また行けるでしょ』みたいな気持ちがあったのかなと思います」。そして、なかなかチームの歯車が噛み合わない中で、東京4連覇の懸かった選手権予選がやってくる。

 初戦の相手は帝京高。前年度はファイナルで激突した両雄が、初戦で再会するビッグマッチに、会場の駒沢補助競技場には凄まじい数の観衆が詰め掛けた。前半をスコアレスで折り返すと、後半12分にゴール前のこぼれ球を押し込んだ帝京が1点のリードを奪う。ようやくスイッチの入った久我山も猛攻を続けるがゴールは遠く、結局ビハインドを跳ね返すことができず、帝京にリベンジを許してしまう。「全国で一番遅く終わって、新チームは一番早く終わってしまったので、本当に色々な人の期待を裏切ってしまった」と話す平田と上加世田の“2年目”は、全国を経験することなく終焉が訪れることになった。

 11月。彼らにとって最上級生の、すなわち久我山で過ごす最後の1年がスタートする。平田はキャプテンに、上加世田は副キャプテンにそれぞれ就任した。そのことについて、清水監督はT1リーグの開幕戦後にこう語っている。「2人には『あれだけの経験をさせてもらったんだ』という自覚を持って欲しいです。『自分たちがしたんだ』という感覚ではなく、『上級生にさせてもらったんだ』と。最高の想いをさせてもらった次の年に最悪のシーズンを送った訳ですから、その経験はなかなかできないですけど、“経験できる”というのは辛いことも含めて、喜びだとも思っているので、それをチームに反映できるようになって欲しいです」。もう一度“あの場所”へ。確固たる覚悟を胸に3年生としてのシーズンへ向かう。

 それでも事はスムーズに運ばない。新人戦は5試合連続完封で地区優勝を成し遂げるも、関東大会予選は代表決定戦の準決勝で実践学園高に2-4と敗戦。2年ぶりの全国を目指した総体予選も、やはり都の代表を決める準決勝で関東一高に0-1で屈し、“全国準優勝”の幻影が今年の久我山にも重くのしかかる。

 2人もそれぞれ悩みを抱えていた。平田はキャプテンとして。「なんか変な気負いがあったというか、『キャプテンらしいことって何だろう?』みたいな。別に俺が伝えたいことを伝えれば良いだけだったんですけど、どこか臆病になっていたというか、キャプテンとして完璧なことを求め過ぎていたというか、そういう部分に囚われ過ぎていた時期が長かったんです」。上加世田はディフェンスリーダーとして。「『変われ、変われ』と言われますし、『オマエが声を出して引っ張らないといけない』と言われますけど、正直声を出していても感じてもらえていないというか、そんなに通る声をしていないんですよ。だから、いろいろな声に気付いてもらえないこともあるので、言い続けないとダメですよね」。

 タイプは正反対だが、もはや“全国”の空気を知っているのはチームでたった2人だけ。平田も「あまり自分たちを特別視する必要はないですけど」と言いながら、「それでも1年生で全国準優勝して、2年生で初戦敗退してという経験をした高校生がどのぐらいいるかという話なので、達也には特別な気持ちもありますね」とも続ける。彼らだけが背負ってきた重荷を降ろすには、再び“あの場所”へチームを導く他に方法はない。いろいろな想いを抱えながら、最後の選手権予選の幕が上がる。

 初戦は府中東高に2点を先行される苦しい展開。残り10分で何とか追い付き、延長戦で突き放して敗戦を免れると、続く準々決勝の駿台学園高戦も、準決勝の国士舘高戦も、前半で先制点を奪いながら、後半は押し込まれる展開を懸命に凌ぎ、共に1-0で勝利を手繰り寄せる。清水監督も準決勝後には「今年のチームは勝ち上がるために一生懸命頑張っていて、自分たちの良さありきだけではないので、勝ち上がろうという意味では本当に粘り強くやってくれていると思います」と評価を口にする。

 決勝への意気込みも対照的で面白い。「高校生じゃ普通は体験できないので、僕はメディアに出ることに憧れがあるんですけど、ここ1年で『2年前は1年生っていうだけで騒がれていたんだ』というのはヒシヒシと感じているので、もう1回全国に出て力を証明したいというのは凄くあります」という平田に対して、「吹奏楽部がいると全然違いますよね。試合中は聞こえない人もいると思うんですけど、自分は結構聞こえる方で乗っていけるんですよ。そういうのがいいんじゃないですかね。気持ちに余裕があって、少し鼻歌交じりで(笑) それはちょっと言い過ぎですけど、そういう感じでやったらプレーとかも引きずらないと思うので」と上加世田。ただ、すべての想いはこの一心だけに集約される。『もう一度“あの場所”へ』。

 幕切れは唐突に訪れる。0-0で迎えた延長後半のアディショナルタイム。10人の実践学園はコーナーキックを獲得する。右から蹴り込まれた軌道に、ヘディングで合わせたボールはクロスバーを叩いたものの、すかさず詰めたフォワードのシュートがゴールネットを揺らす。それから40秒後。試合終了を告げるホイッスルがピッチを切り裂いた。平田は失点を喫してから、試合が終わるまでの40秒余りを全く覚えていない。「ゴールが入った瞬間から、自分があの時何を見ていたかもわからないし、あの時の光景を思い出せないというか、ただ茫然としていただけだったと思うんですけどね」。“あの場所”へと帰るために苦しみながら、少しずつ、少しずつ前へと歩んできた道は、最後の最後に残酷な形でその行方を閉ざされた。

 先にロッカーから出てきたのはマスクを掛けた上加世田だった。「なんか試合が終わってすぐは全然実感がなかったんですけど、最後の締めの時に自分たちから応援してくれたメンバーや親に挨拶があって、その時に本当に涙がこみ上げてきました」。両目を赤く濡らしながらそう話した彼は、盟友についてもこう触れる。「メグがキャプテンで自分が副キャプテンだったんですけど、全部アイツに任せっきりで、頼ってばっかで、自分は何にもしていないのに、チームを最後グッとまとめてくれたというか、アイツ1人でここまで頑張ってきてくれて、さっき試合が終わった後に『お疲れ様。任せっきりで申し訳なかったけど、ここまでありがとう』っていう想いは伝えました。アイツもずっと泣いていたので」。感じ続けてきたプレッシャーからの解放は決して望んだ形ではなかったが、その時に浮かんだのは感謝の念だった。

 全国準優勝を経験してからの2年間を「今思うと短いんですけど、長かったと思います。あの準優勝から全国大会には1回も出ていないので、何回も悔し涙を流してきていて、最後にみんなで全国に行きたかったですけど、もう行けないので、実践に頑張って欲しいです」と振り返った上加世田へ、最後に「今日は声、通っていたように見えたけど」と水を向けると、「ちょっと風邪気味だったんですけど、最後なんで盛り上げて頑張りました」と少しだけ笑って、ミックスゾーンを後にした。

平田はチームで一番最後に姿を現した。「まだ実感が湧いてないのか何なのかわからないですね。うーん… 悔しいと言えば悔しいですけど、自分が思っていたよりはさっぱりしているかなと思ってます」と切り出したが、話を進めていく内に改めて悔しさが募っていく様子だった彼には、1つ心残りがあるという。「選手権に向けて3年生が凄く一丸となって良くなってきたんですけど、ちょっと遅かったかなって。それも全部自分の責任というか、自分が少しずつ変わり始めて、チームに働きかけられたんですけど、それにもっと早く気付けていればと凄く感じます。『キャプテンになる』のが遅かったですね」。それでもいつもは辛口の清水監督も「特に夏以降は本当にチームを変えるために頑張ってくれたと思っています」とキャプテンを称えていた。

 平田にもこの2年間について尋ねると、少し考えてからこう語った。「今振り返っても長かったかなと思います。準優勝してからの2年間はいろいろなことがあったんですけど、その多くが客観的に見たら良いことではなかったというか、ハッピーなことではなかったので、結構苦しかったですね。だから、それを払拭したかったんですけど… 長く苦しい2年間でしたね…」。周囲が想像するより、遥かに大きな重圧と戦ったきた彼の本音が垣間見えた気がした。改めて上加世田についても聞いてみる。「クラスは一緒ですけど、アイツはペラペラ喋るタイプではないので。でも、一番ギリギリの所でアイツがいたというか、そういう根っこの繋がりというか、“絆”って言葉はあまり使いたくないんですけど、そういうのはアイツが一番あったかなと思います」。

 誰よりも“あの場所”を切望する中で、多くは語らなくても、2人の間には同じ想いがずっとあった。“あの場所”へは戻れなかったが、その苦しかった2年間の過程で、おそらく2人は誰もが経験し得ない様々なものを身に付けていったはずだ。それは今後の人生で必ず役に立つ時が来る。ただ、きっとこれから日を追うごとに、もう久我山で一緒にボールを追い掛けることはない事実を感じていくのだろう。

 平田も上加世田もここからは受験生としての日々が待っている。「そうなんですよ。受験なんですよね。それを頑張らないと」。そう笑った平田の影が、すっかり暗くなった会場の外へ消えていく。届きそうで、届かなかった“あの場所”。その想いはまた次に続く者たちへと託され、受け継がれていく。


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