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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』: 副キャプテンの“願い”(前橋育英高・田部井悠)

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前橋育英高MF田部井悠

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

「『埼スタに戻る』と言うのは簡単だと思うんですけど、『思い続ける』というのは難しい所で、そう考えればやっぱり長かった印象はあります。でも、やっと目指してきた舞台に戻れるので、思う存分楽しんでプレーできると思います」。1年ぶりとなる帰還を決めた準々決勝の試合後。そう口にして約束の場所に思いを馳せた。あの舞台で、あと2つの勝利を。田部井悠の決意は揺るがない。

 1月5日。駒沢陸上競技場。米子北高と対峙する前橋育英高は、キャプテンの田部井涼を負傷で欠くメンバー構成を強いられる。山田耕介監督も「リーグ戦も含めて彼がいない試合はほとんどなかったので、どうなるかなと思っていましたけどね」という一戦。双子の弟の不在を受け、兄の悠が燃えていなかったはずはない。ただ、弟からは「『自分のプレーをやればいいよ』みたいな感じ」のメッセージを送られたことで、逆に肩の力が抜けたという。

 自身で考えていたポイントはコーナーキック。左サイドはいつも通りだが、普段は弟が蹴っている右サイドからのキックも担当することになった。「相手チームもあまり背の大きい選手がいなかったので、自分のキックの質が一番大事なのかなと」考えて入ったゲーム。前半21分に右サイドでコーナーキックを得る。「あまり速いボールじゃなくて、緩いボールでも先に触れると思って」ストレートのボールを蹴り込むと、生まれた混戦の中から角田涼太朗が左足で流し込んだシュートが、ゴールネットへ吸い込まれる。

「今まではロングスローだけで点を取ったり、チャンスを創っていて、キッカーとして悔しい部分はあったので、普段は涼が蹴っている方のコーナーでしたけど、それが点に結び付いたのは良かったと思います」と話す悠のキックから先制点を奪った前橋育英は、6分後にも追加点を奪取。後半にも途中出場の宮崎鴻が3点目を挙げる盤石の試合運びで、3-0と快勝を収め、1年前に屈辱を味わった埼玉スタジアム2002へと歩みを進めることになった。

 試合中は弟不在の影響を感じる部分もあったという。「試合中の苦しい時に声を出せる選手なので、相手ペースになりそうな時にチームを締めるというか、もう1回立て直すのが、今日はちょっと遅かったかなという感じはありますね」。それでも、特定の個に依存し過ぎないのは今年のタイガー軍団の強みでもある。準決勝のことを問われ、「できれば涼と一緒にやりたいですけど、1人が欠けてチームの力が落ちたら、全国制覇はできない弱さが出ると思うので、あまり問題視せずに準決勝も普段通りやりたいと思います」と言い切るあたりに、
チームへの自信が窺える。

 キャプテンの涼から見て、副キャプテンの悠はこう見えている。「意外と自分が気付かない所とか些細な所を気付いてくれるので、そこは本当に頼りにしています。悠はガミガミ言うタイプじゃなくて、結構クールにやるタイプなので、一言がグサッと来るというか、たまに言うことが効くというのがありますね」。本人もそれは自覚している。「試合中はそこまで声を出さないんですけど、試合に負けた時とかに、負けたままで終わっちゃダメなので、いざという時にポイントポイントで意見を言うようにはしていますね」。言わば影のリーダータイプ。その立ち位置について「ちょっとカッコいいですよね」と笑う姿に、普通の高校生の一面も垣間見える。

 また、中学生の頃から書いているサッカーノートは、指揮官をして「よく書いてありますよ。他の子と全然違いますね」とのこと。小学校時代から先生の影響で日記を付けていたことが、文章力に結び付いている。ペースは1週間に1回程度で、試合が終わると提出する。「監督のことは意識せずに、自分が思ったことを常に直球で書いているノートなので、そういう所が評価されているのかなと思います」。ちなみに現代文は得意教科。テストでは満点を取ることも少なくないそうだが、「“古文”はダメですね。ちょっと違うので“古文”は難しいです」と苦笑いも浮かべていた。

 忘れられないシーンがある。昨年度のファイナル。青森山田に0-5と大敗を喫したゲームの、大量失点を招くきっかけとなった1失点目。「動画を見てもらえればわかるんですけど」と切り出した悠は、こう振り返る。「高橋壱晟選手が1点目を取ったんですけど、あそこは自分が戻ればシュートを打たれなかったのに、自分が軽く足を出したことで、先に打たれて(長澤)昂輝さんに当たって、シュートコースが変わって入ったんです。その時の“写真”が一番悔しいというか、もっと早くプレスバックしていればシュートを打たれなかったと思っているんです」。自分の甘さを痛感させられた“一瞬”が、今シーズンの1年間を支えてきた。

「攻守の切り替えで、プレスバックを怠らないでこの1年間やってきたのは自信になっているので、そういった部分は意識してやっています」と口にした悠にとって、埼玉スタジアム2002でのプレーは、去年の自分を、そして去年のチームを超えるための時間でもある。「特に5点取られたことよりも、得点ゼロというのが一番印象的で、あそこのネットを揺らすというのは、個人的には一番強い想いがあります」。県予選もそこまでノーゴールだった決勝で、唯一の得点を叩き出し、チームを全国へ導いた。今大会もここまでゴールは奪えていないが、来たる大一番で再びタイガー軍団を救う主役となる未来が待っているのだろうか。

 準々決勝での悠には、ちょっとだけ心残りがあった。それは普段は涼が巻いているキャプテンマークを、副キャプテンの自分ではなく、“部長”の塩澤隼人が巻いたこと。「オレもちょっと狙っていたんですけど、ダメでしたね(笑) 部長にかっさらわれました」と笑いながら話したものの、本当にちょっとだけ残念そうだった。

 そのことを涼に聞いてみると、「アイツ、そんなこと言ってたんですか?」と大笑い。「トレーニングマッチでも僕が巻いていない時はシオが巻いていたので、自然とシオに託す感じになった」そうだ。まだ準決勝に涼が出場できるか否かは不透明だが、その涼曰く「悠がキャプテンマークを巻くことは100パーセントないと思います(笑)」とのこと。「まだ巻いたことがないんで、巻いてみたいです。あのオレンジがカッコいいですよね」という悠の願いが叶うことは、残念ながらなさそうだ。

 もちろんそれより大きな願いを叶えるためのステージは、すぐそこまで迫っている。「去年の決勝の悔しさは忘れていないですし、あそこで勝ってこそ、この1年間の目標が達成されると思うので、そこに行って活躍したいという想いは、個人としても、チームとしても本当に強いですね」。あの舞台で、あと2つの勝利を。田部井悠の決意は揺るがない。


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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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