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柴崎岳、スペイン適応の裏側とは…当時のテネリフェ同僚が明かす

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MF柴崎岳のスペイン適応の裏側とは

 ヘタフェのMF柴崎岳に関する特集をスペイン『エル・ムンド』が組み、関係者のコメントを紹介している。

 柴崎は2017年1月にスペイン2部テネリフェへ移籍。当時は鹿島アントラーズから1部ラス・パルマスといったクラブへ移籍のうわさもありながら、1年目はスペインの2部で経験を積むことになった。テネリフェの強化部門担当者は、クラブ・ワールドカップでの一戦を見て、柴崎に興味を持ったと振り返る。

「(レアル)マドリーとの試合を見て興味を持った。2部の私たちにとっては、近寄り難い選手だったがね。だが昨年1月の市場が開いた際、1部の複数のクラブが彼を獲得するか決めあぐねたか、または欧州圏外枠が空いていなかった。だから彼の代理人は私たちにオファーを提示した」

 しかし、当初はスペインへの適応に苦しんだ柴崎。それでもバルセロナで一度休養を取ったことが大きな分かれ目となったようだ。当時のチームメイトで、現在はナスティックでプレーするオマール・ペルドモはこう語る。

「彼にとって最初の日々は難しいものだった。でも、友人たちとバルセロナに行く許可を取り、戻ってくると別人になっていた。そうして僕たちに謝ったんだ。彼はグループの集中を乱したくなかったんだよ」

 さらに、アーロン・ニゲス(現オビエド)も柴崎は適応のための努力を惜しまなかったことを認める。

「彼は、僕たちがほかの日本人を探すことを拒んだ。英語を学ぶ方が簡単だったろうに、彼はスペイン語を話すことを望んだ」

 柴崎のこういった見えない努力もあり、リーグ終盤でフィットすると昇格プレーオフでは大活躍。そして後のヘタフェ移籍へとつながっている。

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