beacon

「東京五輪への推薦状」第54回:道行く人も振り返る、前橋育英の“ジャイアント・シンデレラ”榎本樹

このエントリーをはてなブックマークに追加

選手権決勝で決勝ゴールを叩き出している前橋育英高FW榎本樹

 2020年東京五輪まであと2年。東京五輪男子サッカー競技への出場資格を持つ1997年生まれ以降の「東京五輪世代」において、代表未招集の注目選手たちをピックアップ

「道ですれ違う人も自分のことを分かってくれるみたいで……」

 第96回高校サッカー選手権大会を締めくくった決勝戦での決勝点。あの一瞬を境にして前橋育英高FW榎本樹の“知名度”が爆発的に向上したことは想像に難くない。あっという間に“シンデレラ”となったようなものだ。

 ここまで決して順風満帆だったわけではない。中学時代はそこまで高い評価を得られておらず、第一志望だったチームのセレクションには受からず、前橋育英へ進むことになったと言う。だが、この判断は結果として正解だった。ドリブル勝負が武器の攻撃的MFから、185cm級にまで伸びてきた身長にも合わせてセンターFWへコンバートを受けると、ポストワークやヘディングに磨きをかける中で、新たな場所で才能が開花していった。よく参考にする選手も、あこがれのロナウジーニョから、ヴァーディや先輩である皆川佑介に変わった。

 前橋育英でもその実力は徐々に認められていった。前主将のMF田部井涼は「高さがあって、速さもある。『こいつは来るな』と思っていた」と振り返る。しかし、山田耕介監督も含めてこうした褒め言葉の次に来るのは決まって「ただ」とか「でも」という接続詞である。榎本本人が「私生活がダメダメでした」と言うように、オフ・ザ・ピッチの意識が低く、それがネガティブに作用していた。

 昨夏には、高校総体を前にしたピリピリした時期に大寝坊を「やらかして」(榎本)先輩と首脳陣の大ひんしゅくを買い、1週間近く全体練習への参加を許されなかったこともある。「草むしり、していましたね」(田部井涼)。

 メンバーに入れるかどうかという瀬戸際の時期にやらかすこと自体がある意味で大物ではある。そして山田監督が迷った末に最後に選んだ選手としてメンバーに滑り込むと、いきなり初戦(三重高戦)からハットトリック。大会通算5ゴールで得点王にまで輝くこととなった。ピッチ外での失態もあり、数少ない下級生での起用という事情もあってプレッシャーはあったはずだが、重圧を跳ね返す活躍ぶりだった。

 前橋育英に入って磨かれたという前線でハードワークする能力もあり、高校選手権では軽量級FW飯島陸とのコンビで泥臭く体を張りつつ、しっかり周りも“見えている”特長を発揮。アシスト役やプレス要員としても機能した。決勝点“のみ”の男だったわけでは決してないだけに、最終学年を迎える今季の飛躍に自ずと期待も高まるところではある。

 だが、大事な場面での活躍を通じて「すごく自信もついた」のは確かな一方で、新シーズンでは自ずと一つの傾向が生まれることになる。対面するDFにとっては選手権で全国を沸かせたストライカーは格好のターゲットである。「こいつを抑えて名を売ってやる」と言わんばかりのタフなマークを受けることとなる。相手のマークを一身に集めた飯島がいない中で、結果を出していけるかどうか。そういう真価を問われる戦いが始まっている。

 決勝で桐生一高に敗れて優勝を逃した群馬県高校サッカー新人大会は、その意味で榎本にとってもチームにとっても苦い薬を飲み干すような場になった。

「プレッシャーもあったんですけれども、それに勝てないのではまだまだ。(負けたことで)だいぶ言われると思いますが、(力不足と)捉えて次に活かしていければいい。去年の先輩たちを越すには先輩たち以上に頑張らないといけない。チーム全体が分かっていると思う。これからだと思うので頑張っていきたい」

 シーズンはまだ始まったばかり。「優勝校の新エース」という看板を背負うことになった前橋育英の“ジャイアント・シンデレラ”がこのプレッシャーをはね除けて化けていけるかどうか。独特の鈍感力も備えるストライカーのポテンシャルを思えば、日の丸を付けることとて、そこまで遠い目標ではあるまい。

執筆者紹介:川端暁彦
 サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』元編集長。2004年の『エル・ゴラッソ』創刊以前から育成年代を中心とした取材活動を行ってきた。現在はフリーランスの編集者兼ライターとして活動し、各種媒体に寄稿。著書『Jの新人』(東邦出版)。

TOP