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引退を決意した時期、思い出のゴール、今後の目標etc…平山が引退会見を実施

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FW平山相太が引退会見を行った

 ベガルタ仙台は22日、先月26日に現役引退を発表したFW平山相太の会見を行った。

 昨年末の契約更新から一転し、誰もが予想しなかったタイミングでの引退発表。平山は引退を決意した時期について「昨年に左足首を怪我をして手術し、リハビリを経て(チーム全体)練習に合流するところまでいきましたが、調子は良くなく、チームの力になれないと感じました。年末年始で様子を見ていましたが、年明けに決断して(引退を)報告しました」と説明した。

 平山の報告を受け、渡邉晋監督は慰留したという。しかし、「復活させたい気持ちがあると言ってくれましたが、足が全然良くならなかったです。ありがたかったのですがサッカーができないと伝えました」と引退の決意は揺るがなかった。一方、妻は「お疲れさまと言った後、泣きました」。それでも「自分も泣きましたが子どもたちは分かっていなくて笑顔だったので、辛い時間はすぐに終わりました」と打ち明けている。

 質疑応答ではさまざまな質問に答え、今まで一番うれしかった瞬間は「8歳のときにJリーグが開幕し、テレビで見ていて自分もサッカーがしたいと思いました。その舞台に立てたことが一番です」、思い出のゴールは「(優勝した)2009年ナビスコ杯の決勝」と振り返った平山。日本代表についても語り、「小さい時、1994年のアメリカW杯を見て、自分も(W杯に)出たいと思いましたが、叶わなかったことが一番残念です」と、心残りにしている思いも明かした。

 今後は大学で教員免許を取り、プロの監督になることが目標だという。「話す、伝えることが得意ではないので勉強し、経営学なども学んで、幅広い知識を持った指導者になりたいと思っています」と話す平山は、尊敬している指導者として国見高時代の恩師・小嶺忠敏監督の名前を挙げた。

 最後の所属チームとなった仙台では、公式戦の出場がゼロ。平山は「とても残念で悔しいです。応援してくれていたファン、サポーターに申し訳ないです」と謝罪すると、「またサッカー界に戻ってきたときに応援してもらえればうれしいです。(ベガルタ仙台は)今シーズンさらにスケールアップしているので楽しみです」と話し、別れの挨拶とした。

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