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「どうやったらマラドーナに勝てるか」監督・風間八宏の原点

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 J1に復帰早々、選手個々の確かな技術力を武器に開幕4試合を2勝1分1敗と、まずまずのスタートを切った名古屋グランパス。チームを率いる風間八宏監督の“もう一つの顔”が、自身が監修するサッカースクール「トラウムトレーニング」の活動である。トラウムとはドイツ語で「夢」。風間監督は「夢のトレーニングではなく、サッカーを通して自らに期待し、自分で夢を生み出すトレーニングを意味する」と語る。

 与えられるものではなく、ヒントを得て自分で創り出していくもの。川崎フロンターレを強豪に仕立て上げ、グランパスでも改革を進める日本サッカー界きっての理論派かつ個性派の指揮官に、サッカーに取り組む少年少女たちが「うまくなるために、何をすればよいか」を尋ねた――。

―Jリーグ史上2番目の若さで開幕戦先発して以来、フル出場を続けている17歳のDF菅原由勢、ルヴァン杯のプレーでチャンスをつかんだ17歳の成瀬竣平ほか、名古屋のアカデミーから選手が次々育っていますね。
風間 十分戦力になっています。キャンプにアカデミーの選手を5人連れて行ってトップチームの選手とも一体となって練習をやってきましたし、普段もアカデミーの選手はよく練習にまじっています。そういう仕組みを作った成果は出ていると思います。10代だろうと30代だろうと、普段から自分でよく考えて練習を続けていれば、サッカーはいくらでも上手くなると思います。

―「観ている人にもグランパスのサッカーを楽しんでもらいたい」というのが風間監督の考えですが、サッカーを上手くなりたいと思う人は、グランパスはじめJリーグの試合のどこを見て、何を学べばいいのでしょうか?
風間 自分が注目する選手、好きな選手を1試合通して見てみると面白いと思います。ずっと見ていると、その選手は何が成功して、何が失敗したのか、ボールがないときどう動いたか、いろいろなことが分かると思うんです。そうすることで、横にいるこの選手にいつもパス出すんだなとか、周りも見えてくる。まず「一人をしっかり見る」ことは大切だと思います。

―昔、風間少年もそうだった?
風間 今のようにテレビでサッカーがバンバンと流れる時代ではなかったですけど、ワールドカップでは西ドイツの(パウル・)ブライトナーに絞って、眺めたこともありますよ。そして生で見たいと思えたのが、あの(ディエゴ・)マラドーナです。

―1979年8月、日本で開催されたワールドユース選手権に風間さんもマラドーナも出場しています。マラドーナとの出会いは「衝撃だった」と後に語っています。
風間 大会が始まる前までマラドーナがどんな選手かなんて知りませんでした。アルゼンチン代表との試合はなかったんですけど、初めて見てもうビックリ。日本が負けてからも、僕はマラドーナばかり見ていました。

―マラドーナから何を学んだのでしょうか。
風間 学んだというよりは自分を知ることでしょうね。小柄な体型ですけどマラドーナは何をやらせても凄かった。ボールは取られないし、逆にボールを取っちゃう。パワーもあるし、ドリブルもうまい。彼がボールを持つだけで、相手は何もできなくなっていましたから。マラドーナを見たら、すぐに帰りたくなる。「早く帰って練習しよう」と思って。

―ワールドユース選手権におけるマラドーナのプレーで特に印象に残った試合、印象に残ったシーンを教えてください。
風間 確か、アルジェリア代表との試合だったと思います。ドリブルで上がっていって、シュートと見せかけてかかとで味方にパスを出してアシストする場面がありました。トップスピードでこの一連の動作をやり切ってしまう。マラドーナはボールを手で扱うのと同じように、足で操っていました。自分で見たものを実際にやってみようと思っても、それがなかなかできない。じゃあどうやったらマラドーナに勝てるんだろう、と考えるようになっていくんです。

―あのマラドーナに勝つために。
風間 そうです。サッカーはボールを持ったほうが強い。ならば、マラドーナにボールを奪われなければいいんだと。ずっと自分が、自分のチームがボールを持つ時間を長くすればするほど、マラドーナにやられる確率も低くなります。そのためにはどんな技術を身につけておかなければならないのか。そういう発想に立って、技術を上げるために自分に向き合っていく。だから僕の経験で言えば、戦術とかグラウンド上の“パズル”を見ていたわけではなく、見たい選手の技能を見ていました。個人を見ていくことで周りも見えてきますから、好きな選手をしっかり見るという要素は大切だと僕は思います。

―風間監督は「止める」「蹴る」という基本の重要性をよく口にされていますが、基本的な技術は、どうすれば上達するんですか。
風間 これは2月に出した『伝わる技術』(講談社現代新書)という本に詳しく書いていますが、結局は「自分の足と話をできる」かどうかです。例えば試合で一番使うインサイドキックですが、プロの選手でも正確で強いボールを蹴れる選手はなかなかいません。基本的なポイントが分かっていない選手は意外と多いです。足を強く振るのではなく、ボールの芯を強く捉えることを意識した方が質のいいボールが蹴れます。私の場合は一番固いかかとのインサイド側でボールを捉えます。最初はプロの選手たちにも、自分でやって見せて「お前らも自分のポイントを見つけろ」とだけ伝えました。

―「自分で見つける」のが大切なんですね。
風間 結局、基本技術は自分で考えて練習するしかありません。私も小さい頃から体は決して大きくなかったので、どうすれば他の子たちに負けないか、効率良くボールが蹴れるか、疲れないか、いつも考えながら、小学生の頃は毎日練習後に2時間くらいずっと一人で壁に向かってボールを蹴っていました。トラップについては、子供たちに教えるときに私はよく「音がしないように止めてみな」と言います。こう言うと、子供たちはゲーム感覚でボールを止める練習を始めます。音を小さくするためには、トラップのときボールと足が触れる面積を減らしていく、つまり点でボールを止めるようにしていけばいいのです。点で止めるように練習すると、足が届く範囲が広がるし、ボールがどこにあってもその点でボールにさわれば止められるようになっていく。これを続けていれば間違いなく上手くなります。

―だんだん自分の足と話ができるようになるということ?
風間 「止める」「蹴る」を正確にやろうと意識していると、自分の基準が徐々に厳しくなっていきます。例えば止めたあとの自分のボールの置き場所の10センチの「ズレ」に気づくようになります。なぜ今日はダメなのか、感覚的には、自分の足と話し合うようになります。こうやって技術的に自分と向き合っている選手は必ず上手くなれるのです。

―見て、考える。そして自分と向き合う作業が成長を呼び込んでいく、と。
風間 僕はよく言いますが、なぜ足でボールをつかめないんだろうっていう発想から、手と同じように足でも扱いたいと思って技術を追求してきました。そうなると「これがキックです」「これがトラップです」と教えられてそのとおりにやれたとしても、もっとうまくしたいと思うようになります。指導者に「いいぞ」と言われて満足してしまったら、そこで止まってしまいます。もっと上手くしたいと望むことで、ちょっとでも自分を伸ばせることができます。

―あくまで自分がどう望むか、ですね。
風間 小さいころ、指導者に右を抜いてゴール左に決めなさいと言われたら、逆に左を抜いてゴール右に決めようとするタイプでした。ゴールという答えが同じであれば、式は自分のやり方でやればいいんだ、と。その意味でも是非、サッカーの試合を見て、自分が上手くなるヒントにしてもらえばいいなと思います。特にグランパスの選手はどんどん変化を続けていますから、見続けていると楽しいと思います。

(聞き手 二宮寿朗)

風間八宏 名古屋グランパス監督。1961年清水市生まれ。清水市立商業高校3年時にワールドユース代表、筑波大学時代に日本代表。大学卒業後ドイツで5年間プロ生活を送る。帰国後サンフレッチェ広島でJリーグ日本人第一号ゴールを決め、主将としてステージ優勝に貢献。1997年桐蔭横浜大学監督を皮切りに、筑波大学、川崎フロンターレで指揮を取り現在に至る。著書に『伝わる技術』(講談社現代新書)などがある。

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