beacon
TOP > NEWS > 記事詳細

[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:天真爛漫な“家”(三菱養和SCユース・松川隼也)

このエントリーをはてなブックマークに追加

三菱養和SCユースMF松川隼也。(写真はクラブユース選手権)

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 水を掛けられてびしょ濡れになった小学生が、笑顔で高校生たちに飛び掛かっていく。ボール回しに入ったスタッフの大人が、楽しそうに高校生たちと笑っている。「もう天真爛漫な所がすべてだと思います。コーチも含めてみんな仲良くて、トレーナーの人も元気で関わり方とかうまくて、それはみんな大好きになりますよね。こんないいチームないですよ」。自らが6年間を過ごしてきた“家”の魅力を問われ、『こんないいチーム』のキャプテンはきっぱりと言い切った。もうこのグラウンドに通う日々が、そう長くないことは重々承知している。松川隼也は迫っている旅立ちの時を確かに感じつつ、仲間との瞬間を全力で楽しんでいる。
  
 9月24日。巣鴨。三菱養和SCユースはJユースカップ関東予選決勝に挑む。相手は東京武蔵野シティFC U-18。3年連続でファイナルでの激突となったこのカードに、松川はスタメンとしてピッチへ送り込まれる。「使われるとは思っていなかった」ものの、「スタメンってわかった時は『もうやってやるぞ』って感じで、チームを引っ張るのもそうですけど、『個人的にも結果を残せたらいいな』という気持ちはあった」キャプテンにとって、公式戦のスタメンは実に約2か月ぶりだった。

 夏のクラブユース選手権が終わった直後、突如として体調不良に襲われる。「あんなにサッカーをやらない時期が続いたのは初めて」という3週間近い離脱。ひたすらサッカーを見続ける生活を送っていたが、「ずっと養和のことを気にしちゃいますよね」と正直な想いを振り返る。8月末には練習復帰するも、自分の中ではうまく行っていない感覚が拭えず、チームもプリンスリーグ関東で4戦未勝利と思うような結果が出ない。そんな中でのスタメン復帰戦は、全国出場を懸けたホームグラウンドでのゲーム。燃える要素は揃っていた。

 前半29分。右サイドから攻め込んだ養和のアタック。エリア内で「『来い!』ってずっと思っていた」松川の目の前にボールがこぼれ、右足で蹴り込んだ軌道がゴールネットを揺らす。さらにその5分後。ここも右サイドから宮嶋俊弥がパーフェクトなクロスを送ると、左足で合わせた松川のシュートはゴール左スミへ突き刺さった。「彼の良さっていうのかな。そういう勝負強さが出てましたね」と笑顔を見せたのは増子亘彦監督。指揮官の期待に応える2ゴールで、勝利と全国切符をグッと手繰り寄せる。

 勢いは止まらない。後半3分。左サイドの高い位置で相手のパスを奪った松川は、そのまま右足でクロス。「彼のキックはもうスーパーなので」と評した栗原イブラヒムジュニアが、高い打点から撃ち下ろしたヘディングはチームの3点目に。ファイナルスコアは4-1。勝利だけが求められる一戦で、完全復活を告げる2ゴール1アシストの大活躍を披露したキャプテンに対し、栗原も「トシヤも戻ってきて、1つギア的にも変わったと思う」と手応えを口にする。試合後のグラウンドでは、はしゃぐ養和の選手たちの声がしばらく響き渡っていた。

 今年の2月。東京都クラブユース(U-17)選手権大会で、東京ヴェルディユースを倒して優勝を勝ち獲った西が丘の舞台に、松川の姿はなかった。表彰式後に増子監督が発した言葉が印象深い。「今日は一番おしゃべりなキャプテンがインフルエンザでいなかったんですよ。今年のチームは何だかんだ言ってあの子が凄くリーダーシップを発揮してくれていて。一言多いんだけどね(笑)」。一番おしゃべりで、凄くリーダーシップを発揮する、一言多いキャプテン。にわかには想像し難いキャラクターだったが、実際に接するとさすがに監督だけあって、非常に的を得た人物評であったことがよくわかる。

 松川自身も「喋るのが好きなので、練習中とかずっと喋ってるだけですよ。サッカーの話を喋るの、もう大好きです」と認める。ただ、もちろん彼の魅力はそれだけではない。栗原は1学年上のキャプテンについてこう語る。「視野が広いというか、プレーもそうなんですけど、すぐ何でも気付くし、自分が『今日集合時間遅いな。コーチまだ来ないのかな』と思った時には、彼が主体的に動いてもう練習が始まっているし、本当に大人ですね。あとは上級生が1年生に任せることも彼が率先してやるから、ちょっと自分も危機感を持ったり、うまくやってくれているなと思います」。

 その言葉を本人に伝えると、「アイツも良いこと言いますね(笑)」と照れ笑いを浮かべ、話を続ける。「1年生がやるべき仕事を自分がやっちゃたりして、『別にやらなくていいですよ』とか言われるんですけど、気が付いたことをすぐやっちゃうタイプなので、余計なことも結構やっている気もしますね」。いろいろなことに気付いてしまうらしい彼は、決勝の日も“あること”が気になっていた。「みんな騒いでいて、ここは住宅街なので『ちょっと近所迷惑かな?』って気になりましたけど、『まあ今日は優勝したし、いいかな』って(笑)」。そういう柔軟性も、このキャプテンが慕われる理由の一端なのかもしれない。

 増子監督からの信頼も絶対的な域に達している。「アイツはもうピッチ外の所はコーチ。“松川コーチ”って言われているぐらいで、チームを本当に引っ張っていくし、下働きもするし、今までいろいろな選手を見てきているけど、あのパーソナリティというのはなかなかないと思いますよ。一言多いけどね(笑)」。そのことを強く認識しているからこそ、スタメン復帰したゲームは結果で信頼に応えたかった。「今日はゴールも決められて安心しました。メチャメチャ」。それまでより短く発したフレーズに、18歳の本音が滲んだ気がした。

 養和の門を叩いたのは中学校1年生から。柏レイソルU-12でプレーしていたものの、巣鴨へと通う道を選択した。最大の理由は「小学5年まで一緒にやっていた中村敬斗が行くって聞いて」。その中村も当時を思い出す。「僕が小学生の時にトシヤとはずっとやっていたので、また一緒にサッカーできることになって凄く嬉しかったですね」。ジュニアユース、ユースと5年間に渡って毎日のようにボールを追い掛け、練習後は食堂で夕飯のテーブルを囲み、数々の思い出を共有してきた。中村から見た松川は、「面白くて、ふざける時はふざけるけど、やる時はマジメなので、メリハリがしっかりしているし、凄く良いと思います。チームの仕事とかもいち早く先のことを考えてやってくれているので、僕らが気付いた時には終わっている状態を作ってくれていて。全部やってくれるので、本当に凄いキャプテンだと思います」とのこと。中村も栗原に近い印象を抱いていることが、松川の輪郭を一層浮かび上がらせる。

 その中村は、今シーズンからガンバ大阪でプロ選手としてのキャリアを歩み出している。チームとすれば大きな痛手だったはずだが、松川は「敬斗がいないのは大きかったですけど、他にも良い選手がウチにはいっぱいいるので、『やれるだろ』と思いましたし、『いなくてもやらなきゃいけない』という感じですよね」と話しながら、「敬斗も頑張っていると思うと、こっちも頑張れる感じはあるので、3年生はみんなそうですけど、アイツの存在は結構大事ですね」とも説明する。その想いは中村も同様だ。「僕が1年早くプロに行ったことによって、他の選手も感化されるはずだし、自分で言うのもアレですけど、そういう身近な選手がプロでやれていることで、たぶん自信にもなると思うので、良い影響を与えられたのかなと思うし、僕も今でも彼らから良い影響や元気をもらっています」。いつか彼と再び同じステージに立つことが、松川をはじめとした3年生の大きな目標になっていることは容易に想像できる。

 養和が練習している巣鴨のグラウンドは、いつも笑顔と活気に溢れている印象が強い。幼稚園児から高校生までが1つのグラウンドで、場所と時間を工夫しながらサッカーを楽しんでいる。優勝を決めた試合後も、応援に来ていたスクールの小学生は、ユースの高校生と水遊びに興じ、服をびしょびしょに濡らしながら笑っていたし、中村も「あの人は面白いです」と認めるトレーナーの方は、ユースの選手と楽しそうにボールを蹴っていた。

「もう天真爛漫な所がすべてだと思います。コーチも含めてみんな仲良くて、トレーナーの人も元気で関わり方とかうまくて、それはみんな大好きになりますよね。こんないいチームないですよ」。養和の雰囲気の秘密を聞くと、松川はきっぱりと、それでいてゆっくりと言葉を紡いだ。“天真爛漫”というフレーズは、まさに彼らのほとんどを言い表していると思う。それでも、時折その“天真爛漫”には自然な気遣いが隠されている。

 決勝の日。栗原に声を掛けて話を聞こうとすると、突然倒れ込んだあるチームメイトに「ジュニアにいじめられたって記事に書いてください!」と笑顔で訴えかけられた。当然周囲にも笑いの渦が広がる。年代別代表にも選出されている栗原は、自然と取材を受ける回数も他のチームメイトより多くなりがちだ。本人は「マジであの人たち、ふざけてるんですよ」と苦笑していたが、その“おふざけ”や“イジり”が2年生ストライカーを周囲から浮き立たせない要因の1つであろうことは見逃せない。

 また、以前別の取材でグラウンドを訪れた時には、練習参加していた中学生が1人ずつ挨拶した直後、指名を受けたある選手は一発芸を披露し、爆笑をかっさらっていた。明らかに緊張の面持ちで高校生の前に立っていた中学生たちの表情が、それまでより柔らかくなったことは言うまでもない。彼らは自然にやっていることかもしれないが、中村が「なんかすごくほんわかした雰囲気があって、“家”じゃないですけど、僕はメッチャ好きですね」と表現した養和の選手たちが纏う“天真爛漫”は、これからの人生でも周囲を、そして何よりも自分自身を救ってくれることだろう。

 残された養和での日々に、松川は確かな決意を携えて向き合う覚悟を定めている。「あと2か月強くらいですかね。いやあ、寂しいですよ。それはもう。毎日来なくなるのが想像できないくらいなので。だから、またプレミア参入戦に行って、チームを上げて終わりたいですね。去年最後に富一(富山一高)に負けたのが相当悔しくて、今年は絶対に上げなきゃいけないと思っています。養和は強くなきゃいけないし、T3もT2に上がれる所まで来ているので、Jユースも含めてそこもみんなで頑張りながら、後輩に残せるものは残していきたいですし、最後は12月に笑って終われればいいかなと思います」。

 もうこのグラウンドに通う日々が、そう長くないことは重々承知している。みんなが望んでいる12月の笑顔。そんな最高のフィナーレを飾るべく、一番おしゃべりで、凄くリーダーシップを発揮する、一言多いキャプテンは、『天真爛漫な“家”』に集う仲間たちとボールを蹴り合いながら、明日もいろいろなことに気付き、いろいろなことを喋り続けているはずだ。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

▼関連リンク
SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史



TOP