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[清宮×外池]早稲田大優勝記念特別対談vol.4 監督に求められるセンス

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大先輩の清宮氏の前でも堂々と自分の意見を述べていた外池監督の姿が印象的だった

 結果を出すのは選手たちだ。しかしその結果は指揮官によって大きく変わることがある。監督にとって一番必要なことは何なのか。清宮克幸氏が強調する「『場』を作ること」とは――。

▽vol.1スローガン『ドライブ』誕生
▽vol.2相馬事件
▽vol.3「90人面談」「パワハラ問題」

<監督とは場を作る仕事>

清宮 「監督は『場』を作ってあげることが仕事ってよく言うんだけど、試合に出れない選手の場を作るという意味では、学生シーズンの最後にBチームとCチームの内ゲバ(※)をやっていた。その試合をワセダの一年で一番熱い試合と呼んでいて、ホームページでは、ワセダの本当のファンだったら、決勝の前日の内ゲバを観に来てほしいと呼びかけていた。実際、平日の夜にも関わらず、上井草のグラウンドに2000人くらいの人が集まってくれたんだ」

※ゲバ=「ゲバルト」の略。日本では学生運動が盛んになった時代に頻繁に使われ、ドイツ語で威力や暴力を意味するが、紅白戦の意味合いで使われている。

外池 「まさにゲバですが、今年からア式でも紅白戦をゲバと言うようにしたんです。最初はみんな戸惑っていて、『ゲバって何ですか?』からスタートしたんですけど、今では部内の競争という意味を理解して使っています」

清宮 「そう、普段は部内のライバルに勝てばチームを上がれるというゲバなんだけど、最後のゲバというのは、ワセダのラグビー部で、もっと言えば人生で最後の試合だから、両チームとも倒れるまで力を出し切るんだ。だから本来ならBチームが30点差つけて勝てるはずなんだけど、接戦、時にはCチームが勝つこともあった。そういう『場』を作るのが監督なんだよね。試合に出れない4年生の姿を見て、下級生たちが試合に出ることだけがすべてじゃないと気付く。それが次の年に必ず生きてくる」

外池 「僕もマネジメントという言葉で監督を理解しています。ただJリーグに行くだけじゃなく、活躍、そして代表を狙える選手になるような環境にしてあげることが大事なのかなと。そしてサッカーを辞めた後にどう次に変わっていくものを示してあげられるか。それが自分の次の段階のテーマにあるんですけど…」

清宮 「でもまだ考えるのは早いよ(笑)。何年やるかは自分の中でプランがあるんだろうけど、失敗する中で見つけて行くことが大事。俺だってまずは1年1年が勝負だと思っていたんだから。あとは俺の場合、いろんな協力してくれる人がいたのが良かった。結果が出ると応援者もより応援しやすくなるし、もっとやりたいことが自由にやれるようになっていくから、チームが強くなることに繋がっていくんだよね」

外池 「僕もそれは1年1年が勝負だと思っています」

清宮 「だから今は頭に浮かんだことをどんどん行動、実行していけばいいんだ。何でもでも出来ると思ってやらないとね。監督は現場だけじゃなくて、外の空気も作っていかないといけないし。それにはセンスが必要だし、それが出来る人間が監督をやるべきだと今つくづく思うね」

<情報発信>

外池 「僕は今の学生たちにフィットさせていくことを常に考えながらやっています。例えば今は情報化社会でいろんなものが視覚化される。そこではどういう反応があるのかなというバランス感覚を作ることが大事なんです。例えば僕はツイッター(@tono_waseda)をしていて、フォロワーが今、学生を含めた3000人くらいになっている。ややもするとすぐにひとつの発言に対する捉え方によっては、コンプライアンスの問題に発展する可能性を秘めていますが、僕はそこにチャンスがあると捉えています。今年のア式のテーマの一つに情報発信があって、その裏側に危機管理も必要だよね、でも危機があるからやめようというのも違うよね、という話をしています。そういう意味でも監督として率先して情報発信することが必要だなと思ってやっています」

清宮 「自分がやったことを肯定するわけじゃないけど、監督時代に作った文化でも何代か経つとやらなくなっていったりするんだ。だから新しい切り口はどんどん必要だよね」

外池 「その意味でも大学サッカーの価値を上げていけることに繋げられればと思っています。実は僕は今、Jリーグで出れていない選手を大学で引き取ってもいいんじゃないかと思っているんです」

vol.5に続く――

●清宮克幸
1967年7月17日、大阪府大阪市出身の51歳。2001年に母校早稲田大ラグビー部の監督に就任。2年目の03年に13年ぶりの大学日本一に導く。その後、トップリーグのサントリー、現在指揮をとるヤマハ発動機でも監督として日本一に輝く。北海道日本ハムファイターズでプレーする清宮幸太郎は長男。

●外池大亮
1975年1月29日、神奈川県横浜市出身の43歳。早稲田大を卒業後、1997年に平塚(現湘南)に入団。その後、横浜FM、大宮、甲府、広島、山形、湘南と渡り歩き、2007年を最後に現役を引退。引退後は電通に就職。現在はスカパーに籍を置きながら、早稲田大ア式蹴球部の監督。

(構成 児玉幸洋)
●第92回関東大学L特集

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