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[清宮×外池]早稲田大優勝記念特別対談vol.1 “清宮語録”スローガン『ドライブ』誕生

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清宮克幸氏と外池大亮監督の対談が行われた

 関東リーグ1部は、2部リーグから復帰したばかりの早稲田大が、3年ぶり27回目の優勝を飾った。今年度よりOBで元Jリーガーの外池大亮氏を監督に招へい。「変化と継承」が求められた一年を、早稲田大ラグビー部元監督の清宮克幸氏との5回にわたる特別対談で迫る。

 その日、優勝した早稲田を祝うかのように澄み切った青空が広がっていた。2人の背後には建設中の国立競技場も見える。日本スポーツ界の未来を象徴するかのような場所で、普段、東京都西東京市と静岡県磐田市に拠点を置く2人の対談が行われた。距離を縮めたのはお互いの想いだった――。

<スローガン『ドライブ』の誕生>

外池 「ご無沙汰しています。1月にイタリアンのお店でお会いさせていただいて以来ですね」

清宮 「そうだね。とにかく就任1年目での優勝おめでとう!ところで会う前から僕のことを知ってくれていたみたいだけど、サッカーしかやってこなかったんでしょ?」

外池 「確かにサッカーだけしかしていませんけど、僕が早稲田に入ろうと思ったのは、中学生の時に清宮さんが出ていた1987年のラグビー全日本選手権で早稲田大が東芝府中に勝った試合を観たからなんです。社会人に勝つ早稲田に強いシンパシーを感じた。ラグビーの細かい所は分からなかったですけど、スポーツというのはサッカーだけで捉えてはいけないなと思うようになりました」

清宮 「そういう一つの現象を見て、感じて、考えて、そのまま行動まで移せるということは、リーダーになるべくして生まれてきたような、凄い感受性だよ。でもそういうことはすごく大事なんだよね。ところで今年、何でこんな急に強くなったかって聞かれない?」

外池 「僕が思うに清宮さんに頂いた言葉のおかげなんです。僕はお会いした時に何か頂こう、探り出そうと思ってお話を聞いていたんですが、ラグビーのお話の時に、『ドライブするんだよ』ということをポロっとされたんです。正直、僕はドライブという言葉が分からなかったんですが、調べてみるとタックルして少しでも前に進めるということでした。これはサッカーとラグビーの融合になるなと思って、勝手に使わせていただきました(笑)。だから今年のア式のスローガンは『ドライブ』なんです」

清宮 「ハハハッ(笑)それね、記事で読んだんだよ。僕が外池くんに話をしたのは、全体を見て絵を描いても、実は一つひとつ、一歩ずつの局面で勝っていかないと、全体の絵は完成しないとか、たぶんそんな話をしたんじゃないかな。DFが1対1で対峙した時に、1mのスペースをどちらが先に寄せられるかで、ボールを取れるか取れないか、局面局面が大事なんだよって話だったよね」

外池 「そうです。サッカーはボールを受けると後ろを向いてプレーしがちですが、いかに前に入っていけるかを考えないと最後に勝つ状況には持って行けない。そこでドライブをスローガンにして、一つの象徴にして行こうと思ったんです。実際、グラウンドの中でも『何でドライブしないんだよ!』と中心の選手がよく使ってくれている。サッカーの言葉じゃないことが普通に入ってくることはすごく早稲田らしいなと思います」

<言葉を落とし込む>

外池 「今年は本当に清宮さんから聞いたお話を落とし込んでいることが多いんです。後期が始まって勝てない時期に、『4年生が大事だよ』という言葉を頂いたのを思い出したんです。ちょうどリーグ戦の残り試合が10試合を切ったところで、4年と一緒にプレーできるのはあと9試合しかないよと意識させたら、結構前向きな空気が出たんです」

清宮 「そうなんだよ。突然、姿勢も発言もガラっと変わるんだよな。『そんなこと言っていいのか』というくらいにね。でも4年で大きく変わることをそういうもんなんだと認めてやることが大事で、そこで選手の未来が変わるんだ」

外池 「そういえば、シーズン終盤に面白いエピソードがあったんです。4年生に小笠原学(4年=青森山田高)という選手がいるんですが、その選手が4年で名古屋グランパスに入団が決まっている相馬勇紀(4年=三菱養和SCユース)という選手に向かって『お前のあのプレーはあり得ないから』って言い放ったんです」

vol.2に続く――

●清宮克幸
1967年7月17日、大阪府大阪市出身の51歳。2001年に母校早稲田大ラグビー部の監督に就任。2年目の03年に13年ぶりの大学日本一に導く。その後、トップリーグのサントリー、現在指揮をとるヤマハ発動機でも監督として日本一に輝く。北海道日本ハムファイターズでプレーする清宮幸太郎は長男。

●外池大亮
1975年1月29日、神奈川県横浜市出身の43歳。早稲田大を卒業後、1997年に平塚(現湘南)に入団。その後、横浜FM、大宮、甲府、広島、山形、湘南と渡り歩き、2007年を最後に現役を引退。引退後は電通に就職。現在はスカパーに籍を置きながら、早稲田大ア式蹴球部の監督。

(構成 児玉幸洋)
●第92回関東大学L特集

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