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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:決断(青森山田高・天笠泰輝)

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鹿島ユースとの“特別な”一戦に臨んだ青森山田高MF天笠泰輝

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 あの日の決断は正しかったと信じている。だから何より結果で示したかった。それでも、決着の付かなかった180分を経て、積み上げた日々に対する手応えは、自身の内側へ確かに残っている。「自分がこっちに来て成長したことを現わせるのはピッチだけだと思うので、あまり結果とは繋がらなかったですけど、『自分もここまで成長したんだぞ』みたいに少しは現わせたかなと思いますね」。いよいよ雪の季節が訪れた本州最北端のグラウンドで、天笠泰輝の3年間は集大成に差し掛かっている。

 11月25日。青森。シーズンも佳境に入ってきている高円宮杯プレミアリーグEASTは、まさに大一番を迎えていた。ここまで無敗で2位に付けている青森山田高と、首位を快走してきた鹿島アントラーズユースの直接対決。両者の勝ち点差は4。アウェイチームが勝利を収めれば優勝が決定する90分間に、並々ならぬ決意で臨む1人の男がいた。

「高校に上がる時に青森山田か、鹿島アントラーズか、という選択になって、どっちにも練習参加したんです」。今から遡ること3年前。群馬県の3種でも強豪として知られる前橋FCでプレーし、周囲からの注目を集めていた天笠泰輝は決断を迫られる。高校サッカー界の名門であり、多くのプロ選手を輩出している青森山田か。Jリーグでも屈指の実力を有するビッグクラブの下部組織であり、毎年の様にトップ昇格者を生み出している鹿島ユースか。まったく毛色の違う2つのチームが、最終的な進路の選択肢となった。

 その年の夏。天笠は3泊4日分の荷物を詰め、群馬から鹿島ユースの合宿に参加する。「その時に今のアントラーズユースからは結城、佐藤、翔悟が来ていましたし、他にも市船の岸本と流経の猪瀬も一緒に参加していて、そこで仲良くなったんです」と当時を振り返る天笠。佐々木翔悟岸本駿朔猪瀬康介はアントラーズつくばジュニアユースから、結城将貴は岩手から、佐藤隆曉は山形から、それぞれ鹿嶋の地へ集まってきていたが、バックボーンこそ違えども志を同じくする者同士はすぐに打ち解ける。

「アントラーズは少人数じゃないですか。その分だけ本当に仲良くしてくれて、自分は外部から行ったんですけど、トップに上がった田中稔也くんも群馬繋がりで仲良くなりましたし、キーパーの沖悠哉くんも良くしてくれましたし、短時間でもずっと繋がっている関係になったと思います」。大事な友人もできた。チームの雰囲気も素晴らしかった。環境だって申し分がない。

 ただ、天笠の中では青森山田への想いが強くなっていく。「正直アントラーズに行った方がプロへの道が近いとは思ったんですけど、その環境に甘えてしまった時に、自分が本当に成長できるかと考えると、山田に行って親元を離れた方が“サッカー面”も“生活面”も“人間性” も、その3つが本当に成長できると思ったんです」。

「中学校の時は結構遊んでばっかだったんです」と苦笑する天笠にとって、より自分を追い込める環境はどちらかと考えた時に、より言い訳の利かない青森の地で3年間を過ごす方が、目標としているプロサッカー選手になるためにも近道のように思えたのだ。ただ、15歳の少年を群馬から遠く離れた土地へと送り出す周囲の不安も、痛いほど理解できる。同じ北関東でもある鹿島ユースへの進路を支持する意見が、家族の中では大半だったという。

 それでも、天笠の決意を尊重してくれたのは母親だった。「お母さんが『自分が行きたい道に行きなさい』って背中を押してくれたんです」。強力な後ろ盾も得ながら、最後は本人の固い意志が家族を説き伏せる。「『絶対俺はここで成長してプロになる』と言って決めました」。2016年4月。こうして天笠は青森山田高校の門をくぐった。

 青森に来てみて一番驚いたのは、やはり雪だったそうだ。「普通群馬の人だったら、雪が降るって楽しいことじゃないですか。雪合戦したり、雪ダルマ作ったり。でも、こっちに来た時にまずサッカーができないし、本当に不便だったので、『いや、マジで雪降らないでくれ』と思ったんです」。サッカーをするためには、避けて通れない“作業” もある。「こっちに来て初めて雪が降った時に、『え?雪掻きして練習?』と思って(笑) メチャクチャキツいんですよ」。

 だからこそ、強く感じる想いがあった。「でも、それがあるからこそグラウンドでサッカーができる喜びがあって、そういう気持ちをピッチで現わそうと思えるんです。こっちに来てから、『サッカーができる喜び』は群馬にいた時よりも感じています」。おそらくは他の環境に身を置いていたら、そこまでの『サッカーができる喜び』を知ることはなかったかもしれない。この感情を手に入れた経験は、きっと彼の今後に間違いなくポジティブな影響をもたらしていくに違いない。

 1年時のチームは高円宮杯プレミアリーグEASTと選手権の全国制覇という“二冠”を達成した世代。廣末陸(現・FC東京)や高橋壱成(現・レノファ山口FC)、郷家友太(現・ヴィッセル神戸)を筆頭に、高いクオリティを有する先輩たちに囲まれながら、天笠も6月には早くもプレミアデビューを飾る。第7節の鹿島ユース戦では途中出場ながら、カシマスタジアムでのプレーも経験。ゲームはスコアレスドローに終わったものの、沖や結城とはピッチ上で再会を果たすこととなる。

 11月に鹿島ユースと対峙したホームゲームではベンチで90分間を過ごし、チームも0-1で敗戦したが、優勝を勝ち獲ったアウェイの最終節でもメンバー入りを果たすなど、1年目は順調にステップを踏んでいた。ところが、一転して2年目はなかなかプレミアでの出場機会が回って来ない。2度あった鹿島ユースとの対戦はどちらもメンバー外。「『プレミアリーグでは鹿島アントラーズに負けたくない』という気持ちでやってきた」にもかかわらず、彼らと同じピッチに立つことすら叶わない。気付けば青森での生活も最後の1年に差し掛かっていた。

 最高学年になってレギュラーの座を掴むと、2年前とまったく同じプレミアEAST第7節では、スタメンでカシマスタジアムの芝生を踏みしめながら、結果は熱戦の末に2-2の引き分け。自らへ誓った勝利を引き寄せ切れない。悔しい早期敗退を突き付けられた高校総体を経て、再開したリーグ戦では全チームで唯一の無敗を継続。そして、2年ぶりのリーグ制覇へ可能性を残した第16節というシチュエーションで、天笠にとって“ラストチャンス”がやってくる。

 11月25日。青森。ここまで無敗で2位に付けている青森山田と、首位を快走してきた鹿島ユースの直接対決。両者の勝ち点差は4。アウェイチームが勝利を収めれば優勝が決定する90分間に、並々ならぬ決意で臨む天笠の姿があった。「今日も親が来ていましたし、おじいちゃんとおばあちゃんにも『鹿島アントラーズには絶対勝て』と言われていました」。ピッチで激突するのは3度目となる“因縁の相手”。あの日の決断が正しかったことを証明するために、何よりチームに勝ち点3をもたらすために、3年間の想いが染み込んだグラウンドへ歩みを進める。佐々木と、結城と、佐藤と握手を交わし、キックオフの笛を聞いた。

 試合開始直後から、双方の意地がバチバチと音を立てるかのようにぶつかり合う。「アントラーズさんが球際やヘディングが強いというのはわかっていましたし、球際で負けたら相手の方が優勢になると思っていたので、自分は試合前から『絶対に球際は負けない』という気持ちでやっていました」と話す天笠が位置した中盤が、必然的に最もヒートアップするエリアになる。前半12分に先制したのは鹿島ユース。青森山田はなかなか攻め手を見い出せない。0-1のまま、ゲームは後半へ折り返す。

 この日、グラウンドの脇には白い雪が積まれていた。「2日前に雪が降って、自分たちのために中学生と高校のメンバー以外の人たちが雪掻きしてくれたんです」と口にした天笠の言葉は続く。「その人たちがいなかったらグラウンドはこんなに空いてなくて、そういうことには本当に感謝しています」。大一番で改めて覚える『サッカーができる喜び』。少なくない“みんな”の想いも背負ったイレブンが、残された45分のピッチへ走り出す。

 執念は試合終了間際に実る。後半41分。バスケス・バイロンが利き足とは逆の右足で上げたクロス。キーパーが掴み損ねたボールはゴールネットへ吸い込まれる。その瞬間。ピッチ際をぐるりと囲んでいたチームメイトが一斉にグラウンドへ雪崩打ち、歓喜の渦ができる。だが、ファイナルスコアは1-1。劇的に追い付いたものの、青森山田から見ればリーグ優勝が遠のく痛恨のドロー。天笠が期した“3度目の正直”も果たすまでには至らなかった。

 試合後。3年前の夏を共にした“旧友”たちの輪ができる。とりわけ天笠が話し込んでいたのが、“旧友”たちの中でただ1人だけ、来年からアントラーズのトップチームでプロの道を歩み出す佐々木だった。「自分がユースの練習に参加した時は同じポジションだったので、アントラーズに入ったら絶対に負けたくないと思っていたんです。僕はまだ今はプロになれなくて、翔悟はプロに行くんですけど、絶対に4年後にはアイツに追い付くだけじゃなくて、追い越すような選手になりたいと思います」。ロッカー代わりに使っていた教室の窓から、偶然目の前を走って行った天笠と楽しげにアイコンタクトを交わしていた佐々木に声を掛けると、「アイツ、中学の時から知ってるんです」と何とも嬉しそうな言葉が返ってくる。それだけで彼らの関係性が余すところなく伝わってきた気がした。

 あの日の決断は正しかったと信じている。だから何より結果で示したかった。それでも、決着の付かなかった180分を経て、積み上げた日々に対する手応えは、自身の内側へ確かに残っている。「自分がこっちに来て成長したことを現わせるのはピッチだけだと思うので、あまり結果とは繋がらなかったですけど、『自分もここまで成長したんだぞ』みたいに少しは現わせたかなと思いますね」。青森での3年間を支えてきた天笠とアントラーズとの“因縁”には、ひとまずここで一旦の終止符が打たれることとなった。

 プレミアEASTの優勝には手が届かなかったが、彼らには高校生活最後のビッグイベントが控えている。天笠も「自分たちには選手権という大会があって、全国優勝すれば名前も上がりますし、そこで活躍すれば『アイツも頑張ってるから、俺も頑張らなきゃいけない』ってみんなの刺激になると思うので、本当に選手権で活躍できればいいなと思います」と自らの声に力を籠める。ここからの1か月は時間との戦いに加え、“雪”との戦いも待ち受けている。冬の全国が周囲への感謝を形にするための大事な舞台だと、天笠が十分過ぎるほどに理解していることは言うまでもない。

 中学と高校の“3年生”は否応なく決断を迫られる時期でもある。それが正解かどうかなんて、すぐにわかるはずもないし、あるいはそもそも正解自体があるのどうかもハッキリはしていないように思う。だからこそ、自分で下した“決断”には意味がある。自分で歩いてきた“道”には意味がある。いつかあの“決断”が、いつかこの“道”が正しかったと思えるような日が天笠に訪れるとしたら、それが彼と彼を温かく見守ってきた周囲の正解になるのだろう。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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