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キーワードは『コトに向き合う』。24歳でプロ引退、会社員・井筒陸也の未来は…/ロングインタビュー第3回

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関西学院大を大学4冠に導いた異才は今後の会社員生活に生かす

 3年間所属したJ2徳島からの契約延長オファーを蹴り、会社員とアマチュア選手の“二足のわらじ”生活を選んだDF井筒陸也(24)。その決断の背景には、サッカー以外の世界で自らを試したいという欲求と、『コトに向き合う』というスポーツ界の文化があった。インタビュー第3回では、サッカーとの向き合い方、そして今後の展望を聞いた。(第1回第2回)>

—理念と現実と向き合うという意味では、サッカーのプレー中も同じですよね。ピッチ上ではどう考えていますか?
「まずプレーしてみて、うまくいかない時に論理に戻るってパターンはよくありますね。プロになって初めて4バックの左サイドバックがメインになって、最初は全くできなかったんです。『これ何でだろう』って考えたら、そもそものパターン認識が弱いって結論になりました。

 慣れたポジションだと『こういう時はここ、ここ、ここに選択肢がある』という感じなんですが、慣れていないポジションだと、パッと周りを見てから選択肢を探すのが難しいんですね。だから、うまくいかないときは『まずここでパスを受けたらだいたい縦は通るから、あとは斜めのコースと、相手の右サイドバックの裏に落とすパターンもあるな…』とか、だいたい3〜4パターンくらいに分類してやっていました。

 ただ、僕は試合の流れとか相手との距離とかを考えてやっていたんですが、言語化できない範囲では身体の中でもそういうことをやっているんです。また、そこを考えながらやっていない人もいるんですね。無我夢中でやってる感じで。でも、それでも成長する人もいるんです。言語化できていなくても。ただ、自分は最初に大枠で言語化して、準備しておいて、最初のコンマ何秒かを使えるのがいいんじゃないかなと思っています」

—それってよく『ゲームモデル』という概念でも言われる話ですね。井筒選手の言葉を借りれば、チーム全体に“パターン認識”を作るという考え方だと思うんですが、徳島の場合はどうでしたか?
「プロになってめっちゃ思ったのは、やっぱり戦術はあるなってことですね。ナリさん(成山一郎/元関西学院大、現Criacao監督)もすごく勉強していたので、もちろん戦術はあったんですが、プロに入ってから、特にリカルド(リカルド・ロドリゲス監督)になってからは、さらにめっちゃ勉強になりました」

—具体的に、どういった点ですか?
「えーっと、何がすごいのかな…。ポジショニングなんですかね。リカルドの戦術に限らず、プロに入ってすごい選手を見ていて思うんですけど、やっぱりみんなポジショニングがすごい。そこに立っていればボールを取られないとか、そこに立っていればきっちり守れるとか、そういう原則があるんですよね。アマチュアではそういう概念がありません。どう走るか、どうドリブルするか、という話が多いので。

 でもやっぱりプロのすごい選手は、相手と自分の立ち位置をイメージしながらプレーしています。ウイイレ(ウイニングイレブン)とかで、下のほうにピッチ内の図があるじゃないですか。あれを頭の中で動かしながらプレーしていて、ルックダウンしているからもちろん全体は見えてないんだけど、『自分がボールを持った時は相手がプレスをこうかけてくるから、いまはこういう形になっていて、ってことはここが空いているから…』という感じで見なくても出せるんです。

—難しそうに聞こえるんですが、できるものですか?
「『自分たちがこういうポジションを取ったら、相手がこういうポジションを取ってくる』ってのは、リカルドの中にイメージがちゃんとあったんですよね。戦術的に優れた監督はそれを持っているんじゃないでしょうか。『こっちがどういうポジションを取っても、相手がどう動いてくるか分かんない、想像できない』って人は先の展開を読めないんでしょうけど、リカルドは『このフォーメーションでこうなったら、井筒は相手の2人のフォワードについて、最終ラインの3枚でこうやって剥がすんだよ』と。

 まあ、僕もそこまではだいたい分かっているんですけど、『そこでドリブルで持ち上がったら、誰がプレスに出てくるか、そこの動きはこうだから』ってことをきちんと想像して、週の初めに言うんですよね。『ここが出てくるからこうなる、次はここにパスを出せば、きっとここが出てくる』って。なので、試合までの1週間はそれに基づいたビルドアップの練習をするという感じです。それを1年間通してやっていって、パターン的に覚えていました。

 ただ、そこでは人間性を問われるんですよ。人間力といいますか。上手ければいい、身体能力高ければいいって時代じゃないのは分かってるんですけど、じゃあプラスアルファで何が必要なのかって言うと、人間力なんだと思います。『こういう風に味方が動くはず』っていうのも、人間力がないと分からないんです。

 たとえば、後半になるとサボりがちな若手がいた場合、自分がトラップした時には『ああ、この時間帯だとアイツあそこにいないな』ってことが分かってくる。でも、独りよがりな人は『何でいないんだよ』って話になって、パスミスをしてしまう。

 チームの方針がそうであれば、その人の選択も間違ってはいないんですけど、チームの勝利を目指す上ではただのパスミスじゃないですか。そこは人間性とか人間力が重要で、それは育成年代から伝えられればいいなって例はたくさんありますね。プレーが全てじゃないなって思います」

—戦術を理解するのにも人間性が必要、ということですね。
「人間同士がやることなので、一番難しいのは戦術を覚えることじゃなくて、みんなでボールを運んでやるってことじゃないですか。それがつながった瞬間が面白いんです。前に知人から聞いたことがあるんですが、サッカー好きなMr.Childrenの桜井和寿さんも『サッカーって何が面白いですか?』って聞かれた時に『サッカーって、言葉を交わさずにイメージがシンクロする瞬間があって、それが楽しい』って答えているらしいんですね。

 他の競技だと、たとえば野球はもっと個人が強くなってくるし、アメフトになると今度は戦術がしっかり決まってるじゃないですか。サインとかもたくさんありますし。でも、サッカーは11人ずつで、プレーの変数も多くて、試合が始まったら90分間続けていかなきゃいけない。そのイメージを共有していくには、人間面の成熟とは切っても切り離せないものなのかなと思います」

—高校生、大学生の育成でも、戦術理解より人間性が大事だと思いますか?
「思いますね。結局は戦術も変わっていくし、流行り廃りもあります。僕は徳島での1年目のシーズン、42試合ずっとベンチ外でした。そこでグレちゃうかどうかって人間面の違いだけだと思うんですよ。グレたら終わりだし、グレたら何もできない。そういうのが人間的に備わっていないと、その上に何も積めないと思います」

—人間面って言うと『礼儀、礼節』、あるいは育成年代では『ゴミ拾い』など色んな要素で語られていて、言語化するのが難しいですよね。井筒選手はそれをどう捉えていますか?
「礼儀、礼節とかどうでも良いです。やっぱり、自分で考える能力じゃないですかね。自分で考えてゴーを出してればいいんですよ。たとえグレても。グレようと思ってグレてる人、『むしろここはグレよう』みたいな人なら(笑)。長い目で見た時に、それでも良かったってなると思います。

 でも、普通はグレる時って周りに流されるんですよね。『お前が試合に出られないのはおかしいよ』って周りに言ってもらったりとか、『こんな状況だと無理じゃん』って感情に支配されたりとか。自分の意識じゃなくて、もっと動物的なもので流されていると思います。

 でも、自分で考えられるような人は、周りにどう思ってもらうためにやっていこうとか、長期的な計画を持ってやっていこうとか、そこは何でもいいんですけど、そういった視点で行動できます。自分で考えていれば何でもいいし、荒くれ者がいても面白いし、みんながみんな礼儀礼節のもとで掃除をして、という必要性は全くないですよね」

—そのあたりはスポーツが「勝利を目指す」という前提にあることにも繋がってきますよね。井筒選手は『敗北のスポーツ学』として、そこまでの過程を重要視しておられましたが。
「その辺の解釈はすごく難しいと思っているんです。スポーツという文脈で話をする上では、結果はソリッドかつシャープなので。たとえば、音楽業界の人と話していると『音楽業界が気持ち悪いのは勝ち方がいっぱいあるから』っていうんですね。オリコンの売り上げ、CDの販売枚数ってものがあるけど、でもAKBグループのやり方は『あれは勝ちじゃない。自分たちはこういうふうに受け入れられているから勝ちだ』って批判があったりして。

 逆にスポーツは1-0、2-0とか結果がソリッドだし、そこで勝ち負けが表れます。もっとも、僕はいろんな勝ち方があってもいいんじゃないかとも思っていて、そこはどっちもどっちだなって思うんです。ビジネスも売り上げだけじゃなく、働き方ランキングとかいう指標もありますよね。スポーツは結果に堅い評価基準があるので、そこに別の価値があるのかをジャッジしていくことが重要になっていくのかなと思っています」

—結果という『コトに向き合う』一方で、何らかの価値、理念を実現していくという考え方ですね。
「スポーツはそのアンビバレントな感じがめっちゃいいなって感じていますね。プレーヤーではスライディングができるのかできないのかが問われますけど、マクロな視点で言えば社会や未来を感じながら理念を追うこともできます。そこを行ったり来たりできるのが重要だと思いますし、理念だけとか、現場だけじゃなく、相乗効果を与えることもあると思うので、楽しいなって思います」

—そういう点では、結果を問われるJリーガーが『理念』と向き合える機会ってあまりないんですかね。
「それは両方に言えますね。クラブがあまり期待をしていないし、選手もやんないほうがいいって部分があります。僕としては『いやいや、両方やったほうが相乗効果ありますよ』って思うんですけど。ただ、これから自分が両方の仕事を体現していけば、だんだんそういう風潮になっていくと思います。

 音楽業界の話で言えば『組織の意思決定にアーティストが関わっていないのが不思議で仕方ない』って話もあって、それは『クラブの経営に選手が関わるのが自然なんじゃないか』ってことでもあります。音楽業界ではだんだんレーベルの意思決定にアーティストが関わっている事例もあるようなので、サッカー界でも前例を作っていけば変わっていくのかなって思いますね」

—日本においては、前例を作るというのが大きいですね。
「僕がそれを実現することによって救われる人もいると思うんです。どの少年団や高校でも、僕みたいなことを考えている選手は1人、2人いたんですよね。今はその人間が陽の目を見ずに、マイノリティになっています。素晴らしいことを思っていて、言っていたりもするけど、『それはサッカーとは違うよね』って言われたりもします。

 そういう時に前例がないと、上で結果を出している人からマウントを取られたら何も言えないじゃないですか。自分もそういう思いを持っていたので、今回の意思決定もそうだし、これまで『いやいや、Jリーガーの中にもそういう人いるから』ってことを言ってきたつもりです。スポーツの価値基準として『これも大事だよね』ってことをやりたいし、やることで共感してくれる人もいると思うので、チャレンジしたいと思いますね」

—今後に向けて、具体的な目標はありますか?
「今まで夢とか立てたことがないんですよね。何事も差し迫って困ることが出てくるので、長期的なビジョンを描く暇もありませんでした。これからは『どういう基準で仲間を増やすか』という話に夢中になれるし、ここはそういう場があるので、やっぱり目の前の課題をひたすら解決しまくって、そこで葛藤していきたいです。自分はそういうのを20年間やり続けたら色々できるようになったので、そういう考え方でいいのかなと思っています。

 もちろんチームを関東1部に上げるとか、そういう目標はもちろんあるんですけど、そこは僕が言わなくてもみんな分かっているのであえて言いません。目の前の課題に向き合って、本を読み、人と会い、自分でも理念を実現していくということをやっていきたいです。サッカーとかスポーツってやっぱり素晴らしいし、それを信じているので、楽しくやっていけると思っています」

—ピッチ内の目標は…。
「プレーヤーとしてはないっすよ(笑)。生まれた時からないですね。こういう選手になりたいとか、こういうポジションやりたいとか、一度も思ったことないです。『やりやすい』はあるけど『やりたい』はないですね。サッカーをしたい人の中には『ひたすらやりたいポジションやればいい』って考え方もありますけど、僕は組織の中で必要とされるもの、自分が何をしたいかを逆算して、組織のリーダーシップをとって、その中でピッチにいる必要があったので。

 だからこそ、僕は頑張ってスタメンにならないといけなかったし、大学ではセンターバックにいたほうが全体が見えてよかったし、プロに入ってからは左利きで運べる選手がいなかったので、やたらドリブルばかりしていました。なので、ドリブルしたい、パスがしたいというのもなかったです。むしろ、そんなところにサッカーの面白さ、目標はないって思ってますね。もっとサッカーは面白いですから」

(インタビュー・文 竹内達也)
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