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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:誇りを胸に(流通経済大柏高・吉田俊輔)

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(写真協力=高校サッカー年鑑)

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 涙は出なかった。それはもちろん悔しかったけど、メチャクチャ楽しかったし、アイツらで勝てなかったら仕方ない。あとは、やっぱりキャラ的にも自分が泣くのはちょっと違うかなって思っていたから。「最前列で一緒に頑張ってきたヤツらの戦っている所を見れたし、最後の最後まで自分たちも一緒に練習できたので、それは本当に感謝しかないし、結果は準優勝でしたけど、『頑張って良かったな』という想いはあります」。負けたばかりの仲間たちが、俯きながら自分たちの下に歩いてくる。スタンドを染める鮮やかな赤。流通経済大柏高の応援を束ねてきた吉田俊輔は、最後の挨拶に向けてゆっくりと座席から立ち上がった。

 1月13日。青森山田高との決戦を翌日に控えた流経大柏のトップチームは、慣れ親しんだいつものグラウンドで練習を開始する。少なくない報道陣や関係者の視線がフルコートのピッチに注がれる一方、柵を隔てたすぐ隣の小さなスペースでは、嬌声に溢れたミニゲームが繰り広げられていた。ボールを蹴っていたのは全員が3年生。その中でも一際騒いでいる姿が目に留まる。「黙ってられないんですよ。すぐ口を開いちゃう空気の読めないヤツです(笑)」。そう自己分析するのは吉田俊輔。流経大柏の応援団長を託されている、チームきってのムードメーカーだ。

「アイツが1つの輪の中に加わったら、本当にその輪が明るくなるというか、影響力がかなり大きいので、あのキャラクターは流経にとって大きな役割を果たしてくれていますね」とはキャプテンを務める左部開斗。その言葉の意味は、吉田を目で追っていれば短い時間でもすぐに理解できる。「キャプテンとかもやったことないし、副キャプテンもやったことないくらいなので、全然リーダーとしての素質はないと思うんですけど、うるさいんでみんなの中心みたいに見えちゃうだけだと思います。いろいろ怒られるのも中心になるのは俺みたいな感じですし」と笑わせてくれるナイスキャラ。だが、自らの“応援団長”と称される役割を受け入れるまでには、さまざまな過程があった。

 高校最後の1年はケガの連続からスタートする。「まずはふくらはぎの筋挫傷で1か月休んだんですよ。それで復帰した日に右足の第5中足骨を折っちゃって手術して、そこからずっとリハビリをしていました」。練習のピッチに立てない日々が重なる中で、試合でも応援席が定位置になっていく。「プレミアが開幕した頃は、ケガ人だった(関川)郁万が中心になって応援をやってくれていたんですけど、『どうせコイツは復帰したら試合に出るから、俺がやるんだろうな』とは思っていました(笑)」とぶっちゃける吉田。自然と応援の音頭を取るようになっていったが、意識としては「『じゃあオレやるわ』みたいな感じ」だったという。

 6月。吉田がようやく練習に復帰したタイミングで、チームに激震が走る。総体予選準決勝で習志野高に1-2で敗れ、連覇が懸かっていた全国への切符を取り逃がす。とりわけ4月の県リーグで習志野に勝利を収めていたBチームの選手を含め、スタンドで応援していた3年生は、Aチームの不甲斐ない戦いぶりが許せなかった。明くる日。高橋隆コーチの呼び掛けで、メンバーに入っていなかった3年生が集められる。吉田の感情はその場で爆発した。

「復帰したばかりで、県予選は間に合わないけど、全国にはチャレンジできる時期だったので、親にも試合に出ている姿を見せたいし、という話をしていたらなんか泣いていて。お世辞にもAチームが本気で頑張っていたとは言えないし、郁万やクマ(熊澤和希)とか苛立っている選手を律する選手がいなかったとか、そういった話をして、その時はメチャクチャ感情的になっていました」。

 その次の日。3年生全員によるミーティングが開かれた。ここでも吉田は、自らの心情を包み隠さずぶちまける。「『出れないヤツの気持ちも背負うのは大変だと思うけど、やっぱり試合に出られる責任を持って、みんなの想いも背負って戦って欲しい』とは言った覚えがあります。うっすらですけど。確かそんなだった気がします」。

 このミーティングは、今年の流経大柏の大きな転機となった。「もっと責任を持って、もっと本気でやらなきゃいけないと思いましたし、アレがなかったらここまで来れていなかったです」(西尾颯大)「あのミーティングがなかったら、ここまで来れなかったというくらい大きな意味のあるものでしたし、そこで本当に3年生の絆も深まったので、自分たちのターニングポイントになりました」(左部)。

 吉田は年末にあるチームメイトの変化を実感していた。Bチームが挑んだプリンスリーグ関東参入戦の初戦。スタンドで応援していた試合後に、掲出していた横断幕を率先して片付ける関川の姿を目にする。「郁万は変わったと思います。アイツもプロになるから結構チヤホヤされてたじゃないですか。それでフワついていたのが自覚も芽生えて、しっかりやり始めて。他人に任せるんじゃなくて、自分から発信していくみたいな。この学年に植え付けられたかはわからないですけど、そういうことはできてきたんじゃないかなと思います」。嬉しそうに話す吉田の笑顔が印象深い。

「見ててわかる通りみんな凄いんですよ。だから『自分なんかじゃ到底メンバーには入れないな』とは思っていました」。選手権に出場する30人の登録メンバーに吉田の名前はなかった。高橋コーチは彼の心を推し量る。「千葉県予選は登録制がないから、“応援団”って言われることで、『もう選手としてはメンバーに入らないよ』って思われるのが嫌だったりとか、そのへんの葛藤はあったはずですよ」。

 本人も素直な心情を口にする。「正直県予選とかは『応援やりたくないな』って想いはあったんですよ。それはどの3年生も思っていたことで、ちょっと悔しい気持ちもあったんですけど、30人が決まってからは吹っ切れましたし、自分の中では整理がついて、『応援をメインに』みたいな感じにはなりました」。

 1年からクラスが一緒の猪瀬康介は、吉田の姿勢に感心させられたと明かす。「メンバーを外れた時も、たぶん本当は悔しくてしょうがないと思うんですけど、次の目標に向かって『オレもサッカー続けるから、大学で試合に出れるように頑張るわ』ってすぐ切り替えていて。悔しい気持ちをあえて外の人には見せない姿勢を吉田から学びました」。ゴールキーパーの猪瀬も卒業後はFC琉球への加入が内定している程の実力を有しながら、夏以降は1年生の松原颯汰に定位置を譲っていた。立場は違えども、悔しい想いが一緒なら、チームを最優先に考える想いも一緒。自身の役割を果たすべく、猪瀬はベンチから、吉田はスタンドから、チームを支える覚悟を決めていた。

 だからこそ埼玉スタジアム2002に訪れた“ある瞬間”は、2人にとっても特別な瞬間だった。選手権準決勝。瀬戸内高に5-0と大きくリードを奪って迎えた後半30分。緑のユニフォームを纏った猪瀬の姿がピッチサイドに現れる。「吉田が『オマエが出る時は本当に一生懸命応援するから』って試合前に言ってくれて、『常に応援してくれているんだな』っていう後押しはされていましたね」(猪瀬)「本当に泣きそうでした。アイツの苦労や悩んでいたことも知ってたし、やっぱり自分も『康介には出て欲しい』と思っていたので、本当に本当に嬉しかったです」(吉田)。

 応援団長を筆頭に発せられた凄まじい声援が、ゴールマウスへ走って行く17番の背中に降り注ぐ。「自分がああいう立場だったら絶対腐ってるし、アイツの諦めない気持ちは、人としてもサッカーのプレーヤーとしても本当に尊敬できるし、康介はオレのお手本です」。吉田と猪瀬にしかわからない想いが、あの日のスタジアムでは交錯していた。

 メンバー外の選手で行う決勝前日の練習時間を設定した高橋コーチは、3年生だけをトップチームと同じタイミングで集めた意図について、こう話す。「3年間共にやってきて、それぞれの想いもあるから、接する機会を作ってあげたいなって。やっぱり応援団とピッチって会ってはいるけど隔たりはあるので、同じ空間に置いてあげたいなって。それが今日しかなかったんです」。

 吉田もその心遣いに感謝していた。「アレは本当にありがたかったです。LINEだけじゃ伝えられないこともあるし、『いつも通り頑張れよ』みたいな話も直接できたので、それは良かったなと思います」。メンバーの選手もメンバー外の選手も目指す頂はただ1つ。想いを重ねて、最後の1試合へ歩みを進める。

 練習の終盤では思わぬ“飛び入り”があった。先に3年生だけのミニゲームが終わったため、トップチームのセットプレー練習中に吉田へ話を聞くことになる。彼との会話が始まり、ICレコーダーの録音ボタンを押した瞬間、ピッチの方から「おい!吉田!」と声が掛かる。「すいません!」と言い終わるやいなや、そちらへ走り出していく吉田。高橋コーチが笑いながら教えてくれる。「アイツ、ウチの中で一番ロングスローが飛ぶんです」。

 確かにタッチラインの外に構えた吉田は、飛距離の出るロングスローを何本も何本も投げ込んでいく。役目を終えて帰ってきた吉田に「かなり飛ばしてたね」と水を向けると、やや不服そうな返事が戻ってくる。「いや、『ここに投げてくれ』とか指示があったからアレくらいでしたけど、もっと全然飛びますよ」。自らの武器に対する矜持が滲んだが、すぐに笑顔でこう続けた。「でも、良い思い出になりました!」。

 改めて明日への意気込みを聞いてみる。「勝つために今まで練習してきたので、アイツらはピッチでできる精一杯のことをやって、自分たちが応援でもう一歩背中を押すみたいな形にしたいですね。明日で応援も最後だし、試合も最後だし、流経としても最後なので、応援としても出し切りたいし、サッカーとしても出し切って欲しいです」。準備はし尽くした。すべては明日のために。すべては日本一のために。

 涙は出なかった。それはもちろん悔しかったけど、メチャクチャ楽しかったし、アイツらで勝てなかったら仕方ない。あとは、やっぱりキャラ的にも自分が泣くのはちょっと違うかなって思っていたから。「最前列で一緒に頑張ってきたヤツらの戦っている所を見れたし、最後の最後まで自分たちも一緒に練習できたので、それは本当に感謝しかないし、結果は準優勝でしたけど、『頑張って良かったな』という想いはあります」。スコアは1-3。先制したものの逆転を許した流経大柏は、2年続けて全国のファイナルで苦杯を嘗める。ただ、吉田の中にはしっかりやり切れた感覚が湧き上がっていた。

「みんなもいつも以上に声を出してくれたし、準決勝までは自分がピッチに背中を向けて、スタンドを鼓舞することはなかったんですけど、決勝なんで自分も気合入っていたんですよ。それで、『おい、もっと声出せよ』みたいな声は出してました」。準決勝までの応援に吉田はまだ手応えを感じられずにいたが、決勝のそれにはある程度納得がいったようだ。「最高の応援ができたかと言えば、胸を張っては言えないですけど、ピッチの頑張りを後押しはできたかなと。結構声も出ていたし、やり切った感はあります」。

 負けたばかりの仲間たちが、俯きながら自分たちの下に歩いてくる。吉田は最後の挨拶に向けてゆっくりと座席から立ち上がった。声を掛けようと決めていた選手の名前を呼ぶ。シーズン途中からキャプテンの大役を任され、悩んでいる姿も見てきただけに、左部へ感謝の気持ちを伝えたかった。「カイト!カイト!」。聞こえていないはずがない。それでも、こちらに顔を向けようとはしない。その時、悟った。「ああ、泣いてるんだな」と。挨拶を終えた背中を見送る。スタンドとピッチの距離が、やけにもどかしかった。

 夜になって、左部からメッセージが届いた。スマホの画面に『ごめんな』という言葉が浮かぶ。「謝ってきたので、『頼むから謝らないで』みたいなやり取りをして。『謝らないでくれよ』と。『オマエらのサッカー、最高だったよ。オマエは俺の誇りだよ』って返しました」。精一杯頑張ってきたのは十分過ぎる程に知っている。謝る必要なんてない。液晶の文字に託した感謝の念は、しっかり伝わっただろうか。

 決して思い描いていた通りの3年間ではなかった。楽しいことより、悔しいことやツラいことの方が遥かに多かった。でも、これだけは胸を張って言える。いつもそばには最高の仲間たちがいてくれた。「今年の3年生は本当にカッコつけたら絆は結構深かったんじゃないかなと。カッコつけたらですけど(笑)、団結力はあったと思います。みんなには本当に感謝しかないし、最高でしたよ、3年間。幸せでした」。吉田はそう言い切ってから、小さく笑った。

 瞼を閉じてスタンドからの景色を思い浮かべると、みんなで歌ったあの曲が、頭の中に何度も、何度も甦る。『流経のこころ 魂に響かせろ この歌 勝利を信じ 共に進もう 誇りを胸に』。流経大柏での3年間で、かけがえのない仲間と築き上げてきた誇りを胸に、吉田俊輔が歩み出していく新たな未来へ幸多からんことを。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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