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CPサッカー日本代表主将、浦辰大の弟・淳也の告白「一方的に無視されても、僕が兄を慕った理由」

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浦淳也(右)は九州産業大戦で相手を抜き去る

 脳に障がいを持つ人がプレーするCPサッカー日本代表・浦辰大の1歳下の弟で、現在、九州共立大でプレーする浦淳也が26日、ゲキサカのインタビューに応じた。

 26日に紹介した記事の中で、兄・辰大は生まれつき左半身が自由に動かず、そのことが原因で、一緒にサッカーをはじめた弟・淳也と実力差がどんどんついていく現実がいやになり、中学時代から一方的に突き放し、約8年間、口を聞かなかった話を紹介した。その状況を、弟・淳也はどう受け止めていたのだろうか。

「小学生の頃はむこうからよくしゃべりかけてきたから、『なんでやろ』と思いましたよ。話したい気持ちはありましたけど、でもしゃあないか、と。当初は自分は自分で目立ってやろう、ぐらいの気持ちを持っていました」

 兄・辰大は試合に出られない自分とは対照的に、同じチームで試合に出て才能を見せていく弟との差に直面し、弟から『下』に見られているんじゃないかという強烈なライバル心によって、過剰な行動に出た。しかし、弟・淳也自身の思いは全然違っていた。

「兄を『下』に見たことなんて、一度もないんです。むしろ自分より努力していた。尊敬する、というか……。『努力の化け物』だって思っていましたよ。とにかく走る量が半端じゃなかったんです。まず家にいないんですよ。僕が家に帰ってご飯を食べているときも家の周りを走っていたみたいです。1周2キロぐらいの山道で、その中にだいぶ急な坂があって……。一周だけでもだいぶきついんですけど、何周もしていた」

サッカーをはじめた頃の浦兄弟(浦淳也提供)

 日本サッカー協会主催の全国中学大会の優秀選手に輝き、高校サッカーの名門・野洲高校に進学。3年生で全国高校選手権に出場した。その間、長崎の地元の高校に進学していた兄とは距離的な差もあり、対話が存在しなかった。それでも、弟・淳也が兄を尊敬する気持ちは変わらない。兄がCPサッカーの世界で頭角を現し、日本代表にも選ばれ、2015年にスペインで開かれた世界選手権に旅立つ直前、ツイッターでこうつぶやいた。

「永遠のライバル、世界選手権頑張れ!」

 兄・辰大はツイッターをやっていなかったため、母・りささんを通して弟のつぶやきの存在を知った。このツイッターがきっかけで2人の対話が再開した。なぜ、弟はつぶやいたのだろうか。

「それまでずっとしゃべっていなかったし、直接送ったら、ちょっと迷惑かなと思って…。陰ながらわかるようにと思ったんです。直接は言わんかった、というか言えなかったというか……。『ライバル』というのは、僕にとっては小さい頃、兄と全く同じタイミングでサッカーをはじめて、一緒にやってきた、という気持ちが大きいんです。今、兄は日本代表なんで、日本を背負っているわけです。それに対して僕の方は全然目立った結果を残せているわけではない。むしろ負けている、という気持ちのほうが強いぐらいです。僕が(全国)高校選手権に出ていても、その気持ちは変わりません」

左から弟・淳也、父・一美さん、兄・辰大(浦淳也提供)

 対話が復活した2人だが、再会して話をしたのはそれほど多くはない。現在、弟・淳也が福岡、兄・辰大は東京に拠点を置き、2人だけで会って食事をするような時間もない。九州共立大で2年時から本格的に試合に出るようになり、新年度は4年生になる。背番号10を背負うようになった弟・淳也が明かす。

「1年生のときに全国ベスト16ぐらいまで行ってそれ以上は行けていないので、今は全国ベスト4を目指しています。プロを目指していて、日本で頑張って、将来的には海外にもチャレンジできるような選手になりたいです。僕は体格がそんなにいいわけではないので、その中で個人技で勝負したい。目標は中島翔哉選手や乾貴士選手のような選手です。そのために、九州にあるJクラブの練習会に参加させていただきたいと考えています。兄からも『どこどこの練習会あるから、行ってみたら』とかLINEをもらったこともあるんです。兄は今も頑張っていると思うんですが、これからもトップを目指してほしいです」

 弟・淳也は来年のプロ入りを目指し、兄・辰大は8年後のパラリンピック出場を目指す。お互いがお互いを気にして、支えあいながら、切磋琢磨する。会って話せなくても、”空白の期間”を経てできた絆は、きっと何にもかえがたい。

(取材・文 林健太郎)

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