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「魂は置いていかない」。W杯出場を決めながら、引退勧告を受けたある日本代表戦士の葛藤と決断(上)

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2月の予選グループ、イラン戦に出場した上井一輝

11月にスイスで行われるデフフットサルのワールドカップ(W杯)で世界一を目指す日本代表が6日から2日間、兵庫県内で合宿を行った。2月にタイで行われたアジア予選では前回W杯の準優勝国・タイから金星を奪い、W杯本番での躍進に期待がかかる日本代表に、3月末までイタリアの単身武者修行していたFP鎌塚剛史が初合流。7日、日本代表が参戦した健常者の大会でも活躍し、チームとして成長する可能性を示した。その陰で、アジア予選中に引退勧告を受け、この合宿に参加できなかった男がいる。今日から2回にわたって連載する。
 
 新年度を迎えた4月最初の週末。春の穏やかな陽気に誘われて、桜の花がきれいに咲き誇った。兵庫県内で合宿を張ったデフフットサル日本代表は7日、川元剛監督が主催する全国規模の大会に参加。この大会で過去1度も勝ったことがなかったが、日系ブラジル人だけで構成された強豪クラブに勝ち、初めて予選リーグを突破した。一方、選手のいないところで、川元監督は地獄につき落とされた男から「再起の誓い」も聞いていた。

「最後の悪あがきをさせてください。(選手として)使い物にならないと判断したら、必ずメンバーから外してください」

 上井一輝。31歳。4年前の2014年から日本代表に選ばれ、翌2015年、タイで行われたW杯に場。チーム2位となる4得点をあげる活躍を見せた。日本代表は7位に終わったが、予選では優勝したイランや3位に入ったロシアとも対戦。イランには前半は引き分け、ロシアとも残り1秒まで4-4で競り合う善戦だった。手ごたえをつかんだ上井は「2019年W杯で世界一になる」と公言し、激しいトレーニングに励み、この4年間で体重が7㎏増え、心身ともに強くなった。ピッチの内外で中心的な存在だった。

 満を持してのぞむはずだった2月のアジアW杯予選。W杯出場切符を獲得した日本代表の一員だった上井は、自身の体調は万全とは程遠かった。昨年6月に痛めた左ひざはリハビリを重ねても好転せず、タイに到着した時点ですでに悲鳴をあげていた。水がたまり、その水を抜きながら限られた時間でピッチに立った。イランやタイなどの強豪国を相手にしても気後れせず、抜群のスタミナでピンチを未然に防ぐ危機管理能力を見せる力はもはや残っていなかった。それどころか、大会後の日常生活も不安視されるほど、膝の状態が悪化していた。

 準決勝で前回W杯準優勝のタイを撃破。しかし決勝を迎える前夜、上井は宿舎で日本代表・川元監督の部屋に呼ばれた。

「今の膝の状態を見ていると、これから先はできない。この大会を区切りにしないか? (決勝で)今まで頑張ってきた生き様を最後に見せてほしい」

 直後は「わかりました」としか言えなかった上井は、少し冷静になるとこう返答した。

「僕が最後だから(試合に)使うのではなく、勝つための選択をしてください」

 前回W杯王者のイランとは決勝のわずか5日前に行われた予選でも対戦し、0-4と完敗。世界トップの洗礼を浴びたばかりだった。イランとの再戦は、決勝トーナメントで勝ち上がることで自ら手繰り寄せたリベンジの機会だった。

インタビューに応じる上井一輝

 川元監督は考え抜いた結果、仮に短い時間でも、読みのよさでピンチの芽をつみ、ましてや技術を越えたずば抜けた気迫でチームを引っ張れる上井の存在感に賭け、先発起用を決めた。しかし試合直前のウォーミングアップで再び左ひざを痛め、上井は立っていることすらやっとの状態に陥った。試合開始わずか1秒で交代。“引退試合”は、一瞬ではかなく終わってしまった。上井が振り返る。

「左ひざの軟骨は1か所が大きく無くなっていて、別の箇所も損傷して、骨もダメージを受けていました。(川元)監督から引退を言われたときは、簡単に受け入れることはできなかったし、僕の語彙では表現できる感情ではなかったんですが、監督は去年の6月に痛めてから、僕のことをずっと見てきて決断してくださったんだと思います。けがをしていても呼んでくださる監督の期待にも応えたかったんです」

 すべては世界一のために……。日本代表の偉業のために誰よりもひたむきに努力を重ねてきた上井と川元監督の熱い師弟関係が構築されたのは、前回のW杯までさかのぼる。決勝のイラン-タイ戦を観戦後、会場を出たとき、上井は川元監督にこう質問した。

「4年後、どうしたらこの舞台に立てますか?」

「障がい者スポーツの代表という意識を持っている限り、あのピッチには立てない。ベスト4に残っていたチームは、障がいの有無は関係なく、国を代表するアスリートだ。だから海外でプロになるぐらいじゃないと難しいぞ」

 そのわずか数日後、上井は周囲も驚く、ある行動に出た。(明日に続く)

(取材・文 林健太郎)

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