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【令和を迎えて】ブラインドサッカー日本代表・川村怜「けんか腰でいく」

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 元号が平成から令和に変わった。記念すべき5月1日から、新時代をリードする期待の選手を7人紹介する。第1回目は、約1年4カ月後に迫った東京五輪パラリンピックでメダル獲得と得点王を期待されるブラインドサッカー日本代表主将の川村怜だ。

 新元号が発表される瞬間も、男は息を切らせて走っていた。川村怜は4月1日、練習後にジムのスタッフから新元号の名称を聞いて知った。

「スタッフの方から『決まりましたね』と声をかけられて知ったんですが、『令和だそうです』と言われ、漢字を教えてもらったとき、自分の名前の一部(怜)が入っていたので親近感がわきましたよ」

 今年で30歳になった川村は、アクサ生命広報部の社員。同じ年代の社会人の中には4月1日の昼頃、新元号の発表の瞬間を、会社のテレビやスマホをこっそり見たりしていただろう。しかし川村は、そんな「お祭りムード」の気分になれなかった。それは3月、「2020年のプレパラリンピック」と位置付けられたワールドグランプリで5試合すべてにフル出場し、日本代表があげた全3ゴールを決めたが、目標としていたメダルにはあと一歩届かず、4位に終わったからだ。あと一歩が、近いようで遠かった。

「あれが実力。現在地です。(ゴールを)決めきる力は伸ばしていきたい。僕が突破してシュートの精度をもっとあげていければ、3位決定戦も準決勝も勝てていたと思う」

 日本の絶対的エースに成長した川村がボールを持つと、相手は迷うことなく3人が群がる。それでもシュートを決めるため、今は広背筋を意識的に鍛えて、厳しいマークを受けても、シュートを打つためのスペースを確保する力をつけている。主将でもある川村は、こんなことも付け加えた。

「自分のレベルをあげるだけではなく、他の選手の総合力もあげたいんです」

 ワールドグランプリでも、川村や同じくストライカーの黒田智成、中盤でバランスをとる田中章仁、守備の要・佐々木ロベルト泉、守護神の佐藤大介は絶対的な存在になったが、そこに次ぐ選手との力の開きがある。一瞬の気のゆるみも許されない国際試合で、安心してベンチから交代要員で送り出せる選手が少なく、川村はフル出場せざるを得なかった。相手ともコンタクトを繰り返すため、体力の消耗は見た目以上。その結果、川村もワールドグランプリでは5試合目となった3位決定戦の後半はさすがに足が止まった。

加藤健人に指示を出す川村怜こんな光景が増えるだろう

 対照的に、ワールドグランプリで優勝した南米の雄、アルゼンチン代表は得点王とMVPにも輝いたマキシミリアーノ・エスピニージョは大会中、チームの流れが悪ければ一度ベンチに下げられ、再びピッチに戻る、ということを繰り返していた。ベンチにいる間は、体を休めることができていた。川村は自分だけでなく、周りの選手の力も引き上げないと、結局、チームとして勝てないという現実に直面した。では他の選手の力をあげるために、川村はどんなことをしようと考えているのか。
 
「自分が周りを(無理やり)変えることはできませんから、まずは自分が変わることです。僕が変化し、取り組みも変化していけば、周りも変わるでしょう。たとえば紅白戦とかで競り合いの強度をあげれば、自分に対峙した相手も自然と変わっていくと思う。けんか腰ぐらいの気持ちですよ。それが世界基準ですから」

 4月22日、勤務するアクサ生命内で行われたテーマランチにゲストで招かれたときも「ブラインドサッカーをはじめたときは(アイマスクをして)方向感覚がわからなくてめちゃくちゃ、こわかった。でも何より仲間と一緒にサッカーができるのが一番の喜びで、みんなと勝利を分かち合いたいからやっている」と語った川村が、時には心の鬼にして仲間を叱咤する覚悟を決めた。

「時代は変わりますけど、信念はぶれず、変化はおそれず、自分自身の成長を追求していきたい。究極を追い求めて挑みたい」

 川村が考える「究極」に到達できたとき、脳裏にはパラリンピックで得点王に輝いてメダルを首から下げている自分の姿が見えているはずだ。

【ブラインドサッカーの今後の主な予定】
▼6・1、2、8、9日 
アクサブレイブカップ予選ラウンド
▼6月中旬 
日本代表・トルコ遠征
▼7・7 
アクサブレイブカップFINALラウンド
▼8月下旬 
イングランド遠征



(取材・文 林健太郎)

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