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「せがれの刺激になったかな」。アンプティサッカーで全国3連覇の立役者、新井誠治の生きがい

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決勝ゴールの瞬間、喜びを爆発させるFCアウボラーダ・新井(右から2人目)

[5.19 レオピン杯決勝 FCアウボラーダ 1-0 関西SeteEstrelas]

 下肢や上肢に切断障がいを持つ人がプレーするアンプティサッカー全国大会「第6回レオピン杯 コパ・アンプティ」が19日まで2日間、大阪・鶴見緑地球技場で行われ、決勝はFCアウボラーダ-が地元の関西SeteEstrelasを1-0で下して3連覇を飾った。後半アディショナルタイムに決勝ゴールを決めた49歳の新井誠治がチームの優勝と大会MVPの”2冠”に輝いた。

 0-0のまま迎えた後半アディショナルタイム。FCアウボラーダの3連覇への執念は新井の頭のてっぺんまで貫かれた。左サイドのキックインからエース、エンヒッキ松茂良ジアスが蹴ったボールは一度相手に奪われ、すぐに逆襲を食らった。今大会7ゴールを決めていた関西SeteEstrelasの15歳、近藤碧(あお)がドリブルで仕掛けてきたところを日本代表の遠藤好彦が粘り強く止め、逆に近藤のファウルを誘ってFKを得た。

 再びエンヒッキが蹴ったボールに対し、ゴール前にいた新井が反応する。止めに来た2人のディフェンダーから一瞬だけ抜け出し、頭をボールにかすらせ、ネットを揺らした。待望の決勝ゴール。49歳のヒーローは抱きついてきたエンヒッキを受け止めながら、大会を通して無失点の守備を支えてきた高橋良和の肩をそっと叩いた。

「いやあ、髪の毛が生えていたら、(ゴールの枠から)逸れていたかな(笑)。僕が触らなくても入ったと思います。僕は足元の技術がなくて、でも学生時代は柔道をやっていたので体幹の強さには自信があって、(エン)ヒッキや海人(秋葉)がシュートを打つときにいつも相手の『壁』になって、(シュートを打つ)スペースを作ろうと意識しているだけなんです」

 スキンヘッドをなでながら喜びを語った新井は、勝つことへの執念を別のプレーでも体現していた。ゴールが生まれる直前の後半23分すぎには、15歳の近藤とピッチ中央付近でマッチアップ。右に左に2度揺さぶられ、抜かれそうになりながら、それでも絶対に前には行かせなかった。たまらず近藤がわずかにボールコントロールを乱したところを奪い、マイボールにした。

「あの場面、心の中で『じいちゃん、何やっているんだ』と思っていましたよ。自分のせがれより年下の子に振り回されてね。せがれは高校3年生で今、ウェイトリフティングをやっていて、全国トップを目指せるようなところで頑張っています。今日のゴールで、せがれにもいい刺激になるかな」


 新井と話した人はみんな自然と笑みに変わる。周囲を明るくする男はかつて、笑えない試練と向き合い、乗り越えてきた。

「30代でがんになりましてね。1年半ほど入院して寝たきりでした。足の中が腫瘍だらけになって、足を切って、それでも転移して。一時、ステージ4までいきました。僕は何とか一命をとりとめたんですけど、病室の仲間の中にはなくなっていく方もいまして……。当時せがれはまだ、保育園児だったかな」

 一家の大黒柱として、家族の未来を考えればおそろしい状況。心の中で泣いた日は数えられないほどあったはずだ。何が新井の支えになったのだろうか。

「親父として生きたいなと。せがれの物心つくまではね。せめて10歳ぐらいになるまで生き続けられればいいかな、と思っていたんです」

 目の前の試練をひとつひとつ越え、臍帯血移植も経て退院できるまで回復すると、かつて実業団選手として愛知県で優勝した元柔道家は、退院翌月から水泳をはじめた。陸上やアーチェリーにもトライし、体力が回復した後、損害保険会社に再就職を果たした。そんな時、義足屋さんで今のチームメートであるエンヒッキと偶然出会い、「アンプティサッカーを広めたい」という熱い思いを聞いた。「アンプティサッカー選手・新井」の誕生の瞬間だった。

「2年前にもMVPをいただいたんですが、今回は自分で決めた1点が優勝につながって前回とは違う喜びです。ただMVPは若い人にとってもらいたい、という気持ちもあるから複雑ですよ」

 かつてアンプティサッカーの日本代表でも活躍し、今は保険業務の仕事をしながら合間を縫って、日本アンプティサッカー協会の理事として普及、育成に奔走する。この日対戦した近藤や成長著しいチームメートの17歳、秋葉海人などに負けたくない思いもある半面、日本代表をさらに強くするために飛躍をとげてほしい彼らにMVPをとらせてあげたかった思いもある。人の幸せを第一に考えて生きてきた新井は、これからも熱い使命感を胸に走り続ける。

(取材・文 林健太郎)

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