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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:凱旋(ベガルタ仙台・照山颯人)

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ベガルタ仙台DF照山颯人

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」


 かつては毎日のように通い続けたグラウンドの横にある、憧れていた華やかな舞台。そのピッチにプロサッカー選手として初めて立ち、照山颯人は過去と未来の不思議な交錯を改めて実感していた。「自分が中学時代に育った場所で、目標だった場所でプレーできるということは本当に嬉しかったですし、応援の熱さも自分は知っていたので、それを肌で体感できたのは良い経験になりました」。柏発、東鷲宮経由、仙台行き。自らの進む道を、自らの足で切り拓いてきた18歳の青年は、これから向かうべき方向を煌々と照らすために必要なモノを、きっともうハッキリと手にし始めている。

 5月22日。ルヴァンカップのグループステージ最終節。ベガルタ仙台は柏レイソルのアウェイ、三協フロンテア柏スタジアムへ乗り込む。既にプレーオフステージ進出を決めているベガルタに対し、レイソルは敗退が決定済み。傍から見ればいわゆる“消化試合”のような90分間だが、ベガルタに高卒ルーキーとして加入した照山颯人にとっては、ずっと楽しみにしていた90分間だった。

 ここまでのグループステージ全5試合に先発出場していた照山は、このゲームもスタメン表に名前を書き込まれる。ポジションは本職のセンターバックではなく、左サイドバック。そのポテンシャルを高く評価している渡邉晋監督が、「おそらく彼にとっては難しいポジションだと思いますし、彼の良さはもしかしたら半減してしまうかもしれない。それでも泣き言を言わずに、一生懸命前向きに取り組んでくれていることがものすごく嬉しい」と言及すれば、本人も「与えられたポジションでチームに貢献することが絶対大事になってきますし、いろいろなポジションをやれた方が監督としても今後の使う幅も増えると思うので」と意に介さない。

 試合前の整列へ向かうと、すぐ横に杉井颯が並ぶ。レイソルの下部組織でU-15、U-18と順調に成長を続け、トップチーム昇格を果たした杉井にとっては、これがプロデビュー戦。ただ、緊張しないタイプだという杉井と照山が楽しそうに談笑する姿が、スコアボードのビジョンに浮かび上がる。「『オマエ、左サイドバックっしょ?上がっちゃえよ』『いやいや、上がれないでしょ』みたいな話をしていました」と笑った杉井は、こう続ける。

「小学5年の時に柏市トレセンで一緒になって、そのままここにも一緒に入ってきたので、アイツは絶対的な仲間だと思っているんです」。アイツとはもちろん照山のこと。実は彼もまた、中学時代の3年間はレイソルのエンブレムが付いたウェアを纏いながら、日々ボールを追い掛けていた選手だったのだ。

 杉井の言葉にもあるように、小学5年から柏市トレセンに選出されるなど、地域でも名の知られる選手だった照山は、中学進学時からレイソルU-15へと加入する。ハイレベルな仲間と共に切磋琢磨する毎日は刺激的だったが、当時の感覚としては周囲に付いていくのが精いっぱい。主力を担うまでには至らない。

「ボランチとかセンターバックだったり、サイドバックをやっていましたけど、メンバーは固定されていたので、試合に出ていなかった自分は、ユースに上がったヤツらと競うというより、一緒にやっていたぐらいの感じです」と当時を振り返る照山。ある意味で杉井をはじめとした“出ている選手”は「『凄いな』と思っていたし、目標にもしていた」ような存在。U-18への昇格は叶わず、成立学園高への進学を選択することになる。

 その成立学園で総監督を務める宮内聡は、入学当初の照山をこう表現する。「ヒョロっとして大きくて、『平均点は持っているだろうけど、力不足なんだろうな』という感じでスタートしました。だから、『なんでこの子がユースに上がれないんだろう?』という感じではなかったかもしれないですね」。

 成立学園には彼の前後から、毎年レイソルU-15の選手が進学してくる流れがあった。「『また今年も来てくれたな』って。『ユースに上がれなかったね。悔しいから3年後には上がったヤツらを追い抜けるように頑張ろうね』というのが、彼らへの謳い文句でしたね」と口にする宮内。照山本人も「『高校で頑張って追い抜いてやろう』という気持ちで成立に行きました」と明かしている。

 宮内はある“特訓”が最も印象に残っている。「高校2年生の時に『ちょっと総監督受けてもらえますか?』というので、40メートルくらいのロングキックを毎日30分くらい必ずやっていたんですよ。それに付き合った時期があって、その思い出が非常に強いですね」。その時の“思い出”は後輩の指導にも生かされている。「だから、今の選手たちに『なんで照山くんはあれだけ蹴れるようになったんですか?』と聞かれたら、『それは毎日蹴り込んで帰っていたからだ』という話ができますよね」。今の部員の大半は昨年まで照山を間近で見ていた選手たち。彼らの汗が染み込む東鷲宮のグラウンドでは、確実に“先輩”の遺産が後進へと受け継がれているようだ。

 2年時からセンターバックのレギュラーを掴み、最上級生になるとキャプテンも任されることに。チームの中でも絶対的な地位を築き上げていく中で、周囲からの評価もどんどん上昇していく。Jクラブの練習にも参加するまでになっていた昨年の夏ごろ。本人に話を聞いた際に、明確な自信を表現していたことが記憶に新しい。

「自分はユースに上がれなかったので、『上がったヤツらよりも成長しているんだ』という所を見せたいですし、当時はみんな上手くて、自分が負けているイメージもあったんですけど、今はそう思っていないです。競り合いでは負けない自信がありますし、足元にも結構自信があります」。10月にベガルタから照山が加入する旨のリリースが発表される。その頃に取材した際にも、力強い言葉を残していた。

「やっぱりこれから注目されることになれば、その責任があると思いますし、今までよりも自分の意識を変えてやらないと、『アレでJに入るんだ』みたいな目で見られるのは嫌なので、もっと責任感を持って、『アイツならJに入れるな』と思われるようにやっていきたいと思います」。印象は静かで確かな闘志を燃やせる男。一度は挫折を味わった照山は、杜の都でサッカー選手を職業と定めた人生を歩み出すこととなる。

 リーグ戦での出場機会はなかなか巡ってこないが、ルヴァンカップでは第1節からいきなりスタメンで登場。アウェイの鳥栖戦で後半19分まで出場し、勝ち点3の獲得に貢献すると、第2節のFC東京戦でユアスタデビューも経験。さらに第3節ではホームで古巣のレイソルを迎え撃ち、プロ入り初のフル出場を果たした上に、2-1と見事に勝利。試合後には、U-15時代に同じトレーニングを共有した先輩や後輩たちと、旧交を温める姿があったそうだ。

 5月22日。ルヴァンカップのグループステージ最終節。会場は三協フロンテア柏スタジアム。あるいは“日立台”と言い換えてもいいかもしれない。「最近はミスも結構多くて、そこは反省点なんですけど、ゲーム自体は楽しめているので、そこは良い点かなと思います」と“5試合”で積み重ねた経験を話す照山は、このゲームでも堂々とスタメンに名を連ねる。かつては毎日のように通い続けたグラウンドの横にある、憧れていた華やかな舞台。そのピッチにプロサッカー選手として初めて立ち、照山颯人は過去と未来の不思議な交錯を改めて実感していた。

 前半10分には梁勇基のFKに飛び込むも、わずかに届かず。以降は守備に軸足を置きながら、サイドのバランス維持に腐心する。プロ入り前と一番変わった部分は、守備のディテールを突き詰める意識。「高校時代は普通に感覚で守ってもやられなかったと思うんですけど、今はそういう甘さが出たらすぐやられてしまうので、守備の意識はより高まったのかなと思います」。対面の高橋峻希をケアしながら、ラインの上げ下げも怠らない。

 1点ビハインドの後半21分に、道渕諒平との交替でベンチへ下がる。チームはその後同点に追い付き、グループステージの無敗を堅持。「トップチームの選手になって、ここでプレーするのは1つの目標でした。スタンドから見ていた時も応援の凄さだったり、選手との距離感はずっと肌で感じていたので、今日はピッチの中から自分が選手としてプレーする立場でも、その距離感の近さは体感しましたし、嬉しい時間でした」。最終節で“日立台”への凱旋を果たした照山も、結果的に全6試合でスタメンを勝ち獲っており、プレーオフステージ進出の一翼を担ったと言って差し支えないだろう。

 試合後。ピッチ上で照山と杉井が言葉を交わすシーンがあった。「『ユニフォーム交換したかったね』って。どっちも90分出ていたら交換したかったんですけど、『今ユニフォーム、ロッカーだよ』って(笑) それはまた次回にということで、いつになるかわからないですけど、できたらいいですね」と杉井。同じく照山とU-15時代の同僚に当たり、このゲームに途中出場したことでトップチームデビューを飾った山田雄士もこう言及する。

「自分が出た時はもうテルが足を攣っていてピッチにいなくて、そこは凄く残念だったんですけど、先にテルはもうルヴァンで試合に出ていて、自分の中では頑張って欲しい気持ちと悔しい気持ちがあったので、今日やっと同じピッチに立てて良かったなと思います」。お互いに別々の道を歩み、3年後に約束の地で再会した3人。杉井と山田にとってプロデビュー戦の日に照山が立ち会っていたことも、不思議な因縁を感じずにはいられない。

 杉井や山田に対する照山の心境も、少しずつ変化しているようだ。「彼らとは良いライバル関係というか、彼らが頑張っていたら『オレもやらなきゃな』と思いますし、『絶対にアイツらには勝ってやる』とか、そういう気持ちも少しはありますけど、それより今は『もう1回一緒にプレーしたい』という意識の方が強いですね」。

 あるいは劣等感を抱いていたかもしれない。あるいは諦めに似た感情に支配されていたかもしれない。それでも、素晴らしい仲間と素晴らしい指導者に恵まれ、自身を研鑽し続けた3年間を経て、彼らと同じプロサッカー選手という職業まで辿り着いた時、気付けばかつての感情は消え、より強い絆を実感することができたのだろう。そしてその絆は、これから長く続いていくキャリアの中でも、一際かけがえのないものとして輝くことになるはずだ。

 渡邉はこういう言葉でルーキーへの期待を表現してくれた。「アンダー世代の日の丸という所にもどんどん推薦していきたい人材ですし、それぐらいの能力を持った選手だと思っています。彼が初めて練習参加した時から光るものがあることはわかっていましたし、実際それがちょっとずつですけど、磨かれているのは間違いありません。この6試合で、実際ゲームに出ることで、強いて挙げるとすれば一発でやられる怖さ、そういうものを身に染みて感じているんじゃないですか。そういうものをしっかりと彼が肌身で感じられることが一番の成長となるのかなと。もっともっと良いパフォーマンスができるように精進してくれればなと思います」。

 宮内は教え子へ向けて、過去を知る者ならではのメッセージを紡ぐ。「『プロの選手だから氷は運ばなくていいですよね』というような考え方が僕は嫌で、例えばホペイロの方に『ちょっとこれやりましょうか?』みたいなことが言えたらいいなと。本物のプロはそれもわかっていながら、『それはその人がやる仕事だ』という前提がある訳で、そういう過程をしっかり踏んだ上で、仙台の顔になって、日本を代表する選手になって欲しいと思いますね。ちょっとアイツは調子に乗る所があるので、そんなのが見えたらすぐ呼び付けたいなと(笑)」。

 照山の言葉にも力と熱が籠もる。「負けなしで首位通過できたことは自信になりましたけど、これからノックアウトステージでも自分が絶対に使われるようにしなきゃいけない危機感もあります。ただ、周りの選手のサポートがあっての自分で、そこはベテランの選手だったり、自分よりずっとキャリアを積んでいる選手のおかげかなと。今は手応えというより『やらないといけない』という危機感があるので、これからプロ生活は長いと思うんですけど、その中で自分の特徴を出しながらやれればいいかなと思います」。二度も口を衝いた“危機感”というフレーズに、さらなる成長の余地が滲む。挫折をバネに変える体験を得ている彼だからこそ、きっとその感情は自身を燃やすエネルギーへと昇華していくはずだ。

 これからの目標を尋ねた時、すぐ返ってきた言葉に未来を望む。「やっぱりJ1に出場しないと変わらないと思うので、J1の出場が一番の目標です」。柏発、東鷲宮経由、仙台行き。自らの進む道を、自らの足で切り拓いてきた18歳の青年は、これから向かうべき方向を煌々と照らすために必要なモノを、きっともうハッキリと手にし始めている。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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