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デフサッカー日本代表・植松監督が「あすチャレ!Academy」の講師に就任

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教壇に立つデフサッカー日本代表・植松監督

 11月にデフリンピックのアジア予選を控えるデフサッカー日本代表の植松隼人監督が日本財団パラリンピックサポートセンター(以下、パラサポ)が主催する「あすチャレ!Academy」の講師に就任した。「あすチャレ!Academy―」は障がい者の「リアル」を当事者講師から聞き、学び、一緒に考えるダイバーシティ研修プログラム。生まれつき感音性難聴の植松監督は、あすチャレ!Academyの新講師として、5月下旬から主に企業にて講師を務めてきたが、一般の方が申し込むことができる回の研修を今回より行うこととなった。植松監督が明かす。

「パラサポさんが持っている研修プログラムの基本の組み立てがあって、そこに僕のアイディアを反映させてもらっています。講師の中で聴覚障がいがある人がすでに一人いたようですが、パラスポーツに精通していることもあってパラサポの方から声をかけていただきました」

 「あすチャレ!Academy」講師11人のうち、現役の日本代表監督は植松氏一人だけ。パラサポ日本財団関係者が、その場を楽しませるトーク力やコミュニケーション力を高く評価し、採用を決めた。

別のスタッフが視覚障がい者の誘導の仕方を説明

 7月下旬、一般公開された2時間の研修プログラムには35人が参加した。「なぜパラリンピックと呼ばれるのか」といったパラリンピック・パラスポーツに関する基礎知識の講義から、受講者同士がお互い、耳が聞こえないことを想定してどうやってコミュニケーションを図るのかをトライしたり、視覚障がいがある人をどうやって椅子に導いてあげるのか、という実演指導も行われた。さらに「聴覚障がいのあるパートナーともし明日、初デートに行くとしたら、どこに連れていくか」といった問いを出し、各自考える時間もあった。

 受講者からは「ずっとどう接したらいいか、声をかけていいのかタイミングなどわからずモヤモヤした気持ちがありましたが、その気持ちが壁を作っていたことに気づいた。やっと一歩すすんで声を掛けられそう」「知らないことで一方的に『これはできない』『あれはできない』と決めつけてしまっていたが、考えが変わった」とポジティブな内容が多かった。教壇に立った植松監督にはある思いがある。

「(障がい者の)当事者が身近にいることを意識できる社会、そういう前提で街が動いている、ということを意識できる社会になってほしい。健常者、障がい者関係なく、そこに常にアンテナを張ってほしいと思っています」

 植松監督には最近、特に健常者の当事者意識が足りていないのかな、と思った残念な体験があった。ある日、自転車でゆっくり走っているときに、背後から別の人が自転車でやってきた。背後の人は呼び鈴を鳴らしたようだが、植松監督は聞き取ることができない。でも、相手は「無視された」ととらえたのか、苛立ちをぶつけるように、植松監督の体に自転車をあてながら追い越していったという。

「倒れそうになりました。もし事故にあったらどうするんだ、という話です。特に最近、普通のおじさんの方がめちゃくちゃ冷たい。忙しいことはわかりますけど、もう少し気持ちに余裕を持ちたいですよね。今、世の中がどんどんスピード化されていく中で急ぐ習慣がついちゃったんでしょう。昔はそんなこと、なかったですから。逆に、もしいい行動をしてくれていたら、いい行動をしてもらった側もそのありがたみがわかる。自分勝手に、自分本位の行動で済ませずに、自分が気づけば、相手が見る自分に対する景色も変わる、ということを伝えたいんですよ」

受講者と一緒に簡単な手話講座

 植松監督によると「僕の偏見かもしれませんが、デフリンピック(聴覚障がい者によるオリンピック)が開催された国はとてもフレンドリーな気がします。たとえば、色々な国から耳が聞こえない人が1つの国に集まって大会を開くとなると、耳が聞こえる人と聞こえない人の対話が必然的に増え、音声に頼らなくてもコミュニケーションを図れるようにならないと、物事が前に進まない。健常者は、耳が聞こえない人とどうやって対話を図るかをずっと考えることによって、いたわりのような気持ちが芽生えてくると思います」

 日本でもデフリンピックの2025年開催を目指して水面下で動きはじめているが、ビッグイベントの開催を待つことなく、人々が意識を変えるきっかけを作りたい。11月にデフリンピックを目指す戦いを控えながら、植松監督はピッチ外でも戦い続ける。

(取材・文 林健太郎)

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