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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:いまを生きる(都立東大和南高)

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東大和南高の3年生部員。1人だけ欠席していたとのこと。(写真提供=東大和南高)

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 今、この一瞬はすぐさま過ぎ去っていく。今を積み重ねる日々だけが未来へと進む糧になるのなら、過去へと変わっていく今を全力で生きる以外、やれることは他にないのかもしれない。何よりその進んでいく道が間違っていないと証明することができるのは、自分以外にいないのだから。「『今、楽しいこの時間を大切にしたいな』って思ったんです」。そう言って笑った久野凪の言葉に、かけがえのない仲間と重ねた日々を想う。都立東大和南高校サッカー部の3年生。彼らの“今”の行方はいつだって、彼ら自身に委ねられている。

 後半31分。齊藤将成が大きく展開すると、右サイドから市川隼汰の入れたクロスに、高橋直哉が利き足とは逆の右足で合わせたボールは、ゆっくりとゴールネットへ吸い込まれていく。これが決勝点となり、2-1で日大鶴ヶ丘高に競り勝った都立東大和南高は次のラウンドへと駒を進める。ただ、途中出場で試合を決める得点を挙げたキャプテンの歯切れは悪い。「とりあえずここで活躍できたから、“チャラ”とまでは言わないですけど、『自分の仕事ができて良かったな』と思いました」。苦笑いしながら口にした“チャラ”の意味を紐解く前に、まずは時計の針を5か月あまり巻き戻そう。

 2019年5月。総体予選で敗退した東大和南の3年生は1つの決断を迫られる。いたってシンプルな、それでいて重大な選択肢は2つのみ。部活を続けるか、引退するか。結論は出る。前者はわずか8人。ここまでAチームに在籍していた3年生は、高橋直哉を除く全員が“春引退”を選択。高校サッカーに区切りを付けることとなる。ことあるごとに『高校サッカーは選手権だ』と言い続けてきた石川勝利監督は、「あんなにショックなことはありませんでした」と正直な胸の内を打ち明ける。

「2年半やってきた中で、『そんな簡単にやめちゃうんだ…』とは思ったんですけど、僕が無理やり止めることもできないし、受験が大事というのもわかっているので、寂しいと言えば寂しかったですけど、『スタメンで残るの、オレだけ?』みたいな感じでした(笑)」と振り返る高橋直哉は、自身が“前者”を選択した理由をこう語る。

「僕らの3つ上の西が丘に行った代を見て、『アレが高校サッカーなんだな』と思ってからは、そこを目指してずっと3年間やってきましたし、小さい頃からサッカーを続けてきて、ここで中途半端にやめたら親にも面目が立たないというか。だから、僕は誰が残ろうがやめようが、ちゃんと最後までやり切るというのは決めていました」。

 やはり“前者”に名前を連ねる高橋洸太が「サッカーが好きというのがたぶん一番強いんですけど、インターハイの前までは自分が公式戦に出れていなかったので、それが悔しい気持ちもあって残ることにしました」と明かせば、藤森海成も自らの想いを口にする。「何回かAチームの公式戦に出たことはあったんですけど、冬にしたケガが長引いちゃってずっとBチームにいたんです。それでインターハイを見て、『やっぱりこのままじゃ終われないな』と思いました」。両者は総体予選に出場することの叶わなかった2人。部活続行への決め手は“不完全燃焼”だった。

 一方、マネージャーの久野凪は迷いの森の中にいた。「しっかり受験したい子が多かったので、そんなに残るとは思っていなかったんですけど、スタメンの子が結構いなくなっちゃったのはショックでビックリして、私も残るか迷った所もありました…」。それでも“続行”を決めた理由が振るっている。「でも、数人でも、それこそ1人でも誰かが残っているなら、マネージャーをやろうと思ったんです」。かくして8人の3年生が、選手権まで部活を続けるという決断を下す。

 新生・東大和南のキャプテンに就任した高橋直哉は、後輩との融合にも手応えを感じていた。「2年生も個性が強いヤツばっかなんですけど、3年生がガンガン引っ張っていくという感じではなくて、うまく彼らに順応して、柔軟に考えも意見も交換できていたので、良い雰囲気かなとは思いました。学年の差とかもなくて、うまくやっていけているなと思います」。

 ただ、サッカー面では少し隔たりがあったことも藤森は隠さない。「3年生は結構前に速い攻撃をやっていたんですけど、2年生は後ろからしっかり繋いでやろうみたいな感じで、学年でチームのカラーが違っていて、今は2年生の方が人数が多いので、そこに3年生がどうやってうまく入れるかというので苦労しました」。トレーニングや日常生活でこれまで以上にコミュニケーションを図り、両者の考えをすり合わせていく。その過程で3年生に生まれたある変化を、久野は敏感に察知していた。

「前より声を出すようになったり、Aチームに絡むことでプレーが良くなったり、あとはコーチも増えたので、そのコーチと喋りながら、凄く楽しそうにやっている印象はあります」。さらに続いた言葉が自然と弾む。「なんか、BチームとかCチームの時はちょっと頼りない感じがあったんですけど(笑)、『Aチームに入るとやっぱり凄く変わるんだな』っていうか、『責任感も自信も変わるんだな』って思いました」。

 必死に“今”を積み重ね、蝉の鳴く頃に迎えた8月の選手権1次予選。負ければ“引退”の3試合を4-1、4-0、1-0で潜り抜ける。「選手権は全然違いますね。他の大会とは緊張感が全然違うし、プレッシャーも違いました」と高橋洸太。自分たちの力で引き寄せた2次予選。ここからが本番だ。それから2か月近い“今”を繰り返し、いよいよその日がやってくる。

 10月14日。台風19号の影響で1日順延された選手権2次予選1回戦。集合時間に高橋直哉の姿はなかった。「僕は全幅の信頼を置いているので」と指揮官も認めるキャプテンは、諸事情で試合会場への到着が遅れることとなる。キックオフには間に合ったものの、アップ不足もあってスタメンでの登場は見送られた。「みんなそこまで気にしてはいなかったですね。『アイツがいなくても頑張ろう』みたいな感じでした」とは、この試合のキャプテンマークを託された藤森。ある意味での“ハプニング”にも、大舞台に臨むチームの動揺は最小限に抑えられていた。ある1人の3年生を除いては。

「それを言われたのは試合前のミーティングの時で、驚きが一番強かったですし、公式戦だったのでワクワクより緊張が大きかったです」。意外な形でスタメンに指名されたのは高橋洸太。予想外の出番に最初は少しだけ怯んだものの、覚悟を決める。「Tリーグで公式戦に出させてもらって、得点も取れていたので、その時は運が良かったのか調子が良かったのかわからないですけど(笑)、そういう所で『今日もイケるかな』と」。後ろからは“3年生のみんな”の想いが背中を押してくれる。ふと気付けばキックオフの頃には、緊張をワクワクが上回っていた。

 前半開始早々の6分で先制したものの、少しずつ相手に押し込まれ始めると、石川監督は決断する。31分。ピッチサイドに交替のボードが上がった。「正直もっと出たい気持ちはあったんですけど、前半で交替するというのはだいたいわかっていました。シュートで終われる場面がなかったので、それがちょっと悔しかったですけど、交替してからもみんなが『良かったよ』って言ってくれたのがスゲー嬉しかったです」と振り返る高橋洸太から、「同じ3年生としてここまでやってきましたし、自分の代わりと言ったら申し訳ないですけど、普通に全部任せられる存在だったので、洸太が出てくれて良かったです」と言い切る高橋直哉にバトンは託される。

 この交替は2人の視点が興味深い。「ナオヤとコータは同じクラスなんです。同じ名字で、出席番号も後ろの方で仲が良くて。でも、試合に出す時も2人に『オマエらが最後は責任持ってやろうぜ』という話はしました」(石川監督)「コータとナオヤも凄く仲が良くて、いつも一緒にいる2人なので、交替する時にハグしていたのを見て、ずっと頑張っていたコータが出れて良かったなと思いました」(久野)。前半は東大和南が1点をリードして終了する。

 後半のピッチに出てきた東大和南イレブンを見ると、腕章は藤森から高橋直哉に移っていた。「前半はアイツにそのまま任せて、ハーフタイムに『どうする?カイセイがこのまま付けとく?』って聞いたら、『いや、荷が重い…』って(笑) 『じゃあわかった。ホント申し訳ない」って言いながら代わりました」と高橋直哉。キャプテンマークは収まる所に収まり、緑の戦士たちが残された40分間へ向かっていく。

 失点を許したのは後半24分。スコアは振り出しに引き戻され、そして冒頭のシーンが訪れる。31分。齊藤将成が大きく展開すると、右サイドから市川隼汰の入れたクロスに、高橋直哉が利き足とは逆の右足で合わせたボールは、ゆっくりとゴールネットへ吸い込まれていく。

「自分は0.3点ぐらいで、齊藤のパスと市川のクロスがほとんどの得点だなって感じです」というフレーズに、例の歯切れの悪い言葉が連なる。「とりあえずここで活躍できたから、“チャラ”とまでは言わないですけど、『自分の仕事ができて良かったな』と思いました」。もう意味はご理解いただけたと思う。キャプテンが“チャラ”と表現した決勝ゴールが、3年生の部活をもう1週間は担保する結末を呼び込んだ。

 あるいは最も選手権というステージを実感しているのは久野かもしれない。「今日同点に追い付かれた時もそうなんですけど、『ここで終わっちゃうのかな』って気持ちになったり、やっぱり選手権は違いますね。最近は試合が終わった後も家に帰って、毎回昔の写真とかも全部見返しちゃったりして、今はなんか凄く思い出に浸っている時間です」。

 学年で1人という立ち位置もあって、最初は苦労の多かったマネージャーの役割も、今では自分の生活の核になっている。「同学年に相談できる相手がいないのは寂しかったですけど、自分の代の選手が優しい子が多くて、気遣いできる子ばっかりで、そこは全員に助けられたので、大変だったというよりは楽しくできましたし、マネージャーも後輩が多くて、後輩の選手とも仲良くできているので、凄く楽しいなって思います」。それゆえに、確実に迫りつつあるその時をまだ受け止め切れない自分も感じている。

「ここまで何かに打ち込んだことが中学の時もあまりなかったので、凄く打ち込んでいたことがいきなり終わるという感覚がまだわからなくて… 今回はなおさら日常がいきなり変わっちゃうので、それが終わった後に自分が何をすればいいのかなというのが、まだ全然見えていない感じですね。やっぱり自分の高校3年間を一番充実させてくれたのは部活なので」。自分の3年間を輝かせてくれたみんなを、最後まで輝かせたい。そのモチベーションが彼女を衝き動かしているのも、また疑いようのない事実だろう。

 ふと聞いてみたくなった。「3年生のみんなってこの3年間で変わったかな?」。少し考えて、「やっぱり春までのメンバーのことも考えちゃう所はあるんですけど…」と話したあと、少し言いにくそうに、それでいて一気に言葉が溢れた。

「いやあ、3年間ずっと一緒にいるので、なんかこれを言ったらちょっと選手に失礼かもしれないですけど、“親”みたいな、見守る気持ちになっちゃって(笑) 結構毎試合ごとに感動しちゃうし、なんか凄くカッコ良くなったなって。1年生の時よりカッコ良くなったし、プレーがカッコいいなって感じですね。私はサッカーにそこまで詳しくて入った訳ではないので、ずっと見ていて凄いなとしか思えなかったんですけど、凄くカッコイイなっていう。いやあ、恥ずかしいですね(笑)」。少し照れながら紡いでくれたこの言葉は、おそらく7人だけに向けられたものではない。3年生のみんなに、久野の想いはきちんと届いているだろうか。

 帰り際。石川監督はそっと教えてくれた。「選手権のガイドブックにも書いてあるんですけど、アイツがこのチームの中心というか、シンボルになっているなという感じですよね」。無性に気になる。上野東京ラインの座席でガイドブックを開くと、都立東大和南の“チーム紹介”には、こう書いてあった。『2年半、一緒に頑張ってきたマネージャー久野 凪(3年)とともに西が丘目指して一戦一戦頑張ります』。

 余計な心配だったようだ。彼女の想いは彼らに、彼らの想いは彼女に、きっと過不足なく届いている。部活を続けた彼らも、部活をやめた彼らも、それぞれの場所で“今”を生きている。実は久野はもう1つだけ、“続行”を決めた理由を明かしてくれていた。「親にも『勉強は大丈夫なの?』って言われていたんですけど、それよりも『今、楽しいこの時間を大切にしたいな』って思ったんです。だから、それで残った所はあります」。

 3年生のみんなで創ってきた『楽しいこの時間』は、これからの3年生のみんなへ訪れる“未来”を彩ってくれる“過去”になる。3年生のみんなで創ってきた『楽しいこの時間』は、10年後に、20年後に彼らが直面する“今”をそっと後押ししてくれる“過去”になる。『今、楽しいこの時間を大切にしたいな』って思ったんです」。そう言って笑った久野凪の言葉に、かけがえのない仲間と重ねた日々を想う。都立東大和南高校サッカー部の3年生。彼らの“今”の行方はいつだって、彼ら自身に委ねられている。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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