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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:リフレイン(都立東久留米総合高・岩田蓮太)

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都立東久留米総合高のCB岩田蓮太(中央)

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 時間は後半のアディショナルタイム。ヘディングで先制ゴールを叩き込んだ直後に、タイムアップのホイッスルが駒沢の青空へ鳴り響く。その音色は歓声にかき消され、気付くと既に試合は終わっていた。劇的過ぎる幕切れに実感が湧いてこなかったが、整列に並んだあたりから少しずつ苦しかった日々が甦ってくる。「やめなくて本当に良かったです。続けて良かったです」。岩田蓮太の頭の中には、あの日に聞いた兄の言葉が何度もリフレインしていた。

 11月10日。東京で高校サッカーを志す者なら、誰もが憧れる聖地・西が丘サッカー場。都立東久留米総合高はセミファイナルの舞台で、2年ぶりの全国を目指す関東一高と対峙する。試合は関東一の攻勢を、東久留米総合が凌ぐ構図。とりわけ後者でセンターバックのコンビを組む、キャプテンの下田将太郎と岩田蓮太の奮闘が光る。0-0のスコアレスで迎えた延長後半4分。1つ前の試合でも決勝点をマークした松山翔哉が、素晴らしいドリブルからミドルをゴールネットへ突き刺すと、そのまま逃げ切りに成功。チームは決勝へと駒を進めた。

 試合後。加藤悠監督に「センターバックの2人は素晴らしいですね」と水を向けると、「本当ですか?」と少し嬉しそうな表情を浮かべ、こう言葉を重ねた。「岩田の方は我々サッカー部のスタッフからすれば『蓮太が出てるんだ』って涙が出るくらいで。1年生の頃から背は大きいけどヘディングはできない、パスは相手に渡しちゃう、そんな選手だったんです」。意外な事実に俄然興味が湧いた。185センチを超える長身に端正な顔立ちのセンターバックを、ミックスゾーンで捕まえる。

「もうゴールは凄かったですね。後ろから真正面で見ていたんですけど、本当に今までで一番嬉しい試合でした。翔哉はやってくれるなと思いました。絶対に決めてくれるヤツですね」。試合展開もあってか、少し興奮気味に話し始める。だが、自身について話題が及ぶと、「ギリギリ間に合ったかなという感じなんですけど…」と少し口調を変えながら、岩田は数か月前までの自分を思い出していく。

 そもそもは兄がキッカケだった。「僕は11期なんですけど、兄も7期のサッカー部で、3年の選手権予選では西が丘の準決勝で駒澤(大学高)に負けたんです。それをスタジアムで見ていて、絶対に久留総に入ろうと思いました」。当時中学2年生だった岩田には、西が丘の綺麗な芝生の上を走る兄の姿がたまらなく眩しく見えた。その1年後。兄の後を追うように東久留米総合高校の門を叩く。ところが、思い描いていた理想と現実は一向に交わる気配を見せない。

「試合に出られなかった時の自分はずっと覚えていて、T4リーグ(東京都4部)に所属していたBチームでも出場機会に恵まれなかったので、『どこかでこの気持ちを変えなきゃな』と思っていたんですけど…」。2年間はAチームの公式戦になかなか絡むことができず、そのままの立ち位置で岩田にとって高校生活最後の1年がスタートする。

 3月21日。T1リーグ(東京都1部)の開幕戦。岩田はスタメンに抜擢される。ようやく巡ってきたチャンス。相手は春先から都内最強との呼び声も高かった國學院久我山高ということもあって、否が応でも気合が入る。しかし、結果は4ゴールを奪われての大敗。「本当にガチガチで何もできなかった」自分が情けなかった。

 その後は再びベンチからピッチを見つめる時間が続く。「もう気持ち的にも弱くなっていって…」。チームは関東大会予選で並み居る強豪を相次いで下し、堂々のファイナリストに。関東大会本選にも出場したものの、自身はその躍進の蚊帳の外。総体予選でも試合に出場することは叶わなかった。このままでは、一番の目標にしていた西が丘にもきっと手が届かない。そう思ってしまった時、心は折れた。

「『コレ、選手権で試合に出れるか?』って思った時に、『ああ、コレはダメなんだな』と思って」。大学受験も念頭にあったため、夏での引退を決意する。とはいえ、やはり事あるごとに相談してきた兄には報告すべきだと思い、自らの想いを打ち明ける。「オレ、ここでやめようかと思う」。あるいは尊敬する“先輩”に背中を押してもらいたかったのかもしれない。

 兄は“後輩”の想いを汲んだ上で、「オマエが判断することだからいいんだけど」と口にした後、こう言葉を投げ掛けた。「みんなが練習に行っている姿を見たりしたら絶対後悔するよ」。改めて思い出した。自分がこの学校に入った理由を。改めて思い出した。自分がずっと心に持ち続けてきた夢を。このままでは終われない。頭の中で何かが弾ける。もう時間も限られている。岩田は自らの理由を、自らの夢を、再び形にするための未来へ歩み出した。

 7月。チャンスの神様が目の前に現れる。「もともとセンターバックだった選手がT1の試合で脳震盪を起こしちゃって、他のヤツが出たんですけど、その次の練習試合でソイツがまたケガしちゃって、自分が出ることになりました」。2人のセンターバックの相次ぐ負傷を受け、岩田に出番がやってくる。必死に相手へ食らい付き、ボールにも食らい付く。すると、何とヘディングでゴールを決めてしまったのだ。

 その翌週。久々に復帰したT1リーグの舞台。実践学園高戦は自らも「メッチャ良いパフォーマンスができたな」と感じるゲーム。結果的には0-1で敗れたものの、スタッフや周囲の信頼を勝ち獲ることに成功する。チャンスの神様の前髪を掴んで離さなかった岩田は、そこからの公式戦で常にスタメンリストへ名前を書き込まれていくことになる。

 11月10日。高校選手権東京都予選準決勝。兄も纏った空色のユニフォームに袖を通し、兄も駆け回った西が丘のピッチに、背番号4を付けて岩田は立っていた。「前半から本当に緊張が凄くて『硬かったかな』と思うんですけど、将太郎も横にいてくれて安心感があるので、もう100パーセントできたかなと思います」。センターバックを組む下田への信頼は厚い。

 その下田は“相棒”について「最初の方は正直組むと思っていなかったんですけど」と笑いながら、今の印象をこう語る。「夏ぐらいにまた一緒に組むようになって、蓮太も自信が付いてきたことで、かなり呼吸も合うようになってきて、安定してきたと思いますし、かなり成長している感じです。オレから言うのもアレですけど(笑)」。

 試合は押し込まれる時間の長い展開が続くが、空色の応援団がスタンドから声を嗄らす。「今年のチームは仲が良いというか、ノリが良くて、学校生活とかも楽しくて、そういうのが1つにまとまっている理由かなとは感じます」と下田。「ちょっとでも不安になったら、スタンドを見れば仲間たちがいてくれるので、もうやるしかないですよね」と岩田。苦しい時期を共有した仲間が、全力で勇気付けてくれる。彼らの代表としても、全力で戦わない訳にはいかない。懸命に、懸命に、相手の攻撃を凌いでいく。

 延長後半4分。松山翔哉が決勝ゴールを挙げて、東久留米総合は関東一を振り切り、8年ぶりの全国出場へ王手を懸ける。そして、冒頭の試合後。加藤監督の意外な言葉に驚かされつつ、ミックスゾーンで話を聞いた岩田からは、4年前の兄が散った舞台での勝利を手繰り寄せるだけの、チームと自分に対する確かな自信が窺えた。

「ギリギリ間に合ったかなという感じなんですけど、自信は付いてきました。自分が出るしかないというか、このチームを救う役割をしたいなっていつも思っています。加藤先生が信じて出してくれるので、それに応えていくだけだなって」「インターハイまでは『オレなんかがグラウンドに立っても』って思っていたんですけど、そこから『このままじゃ本当に試合に出れないな』と思って、変わりましたね。夏以降は本当に意識が変わったと思います」。最後に発した一言が頼もしい。「絶対に全国出ます!」。兄のために。仲間のために。何より生まれ変わることのできた自分のために。ファイナルのピッチが空色のユニフォームを待っている。

 11月17日。高校選手権東京都予選決勝。もちろん岩田はスタメンで駒沢陸上競技場の芝生へ解き放たれる。この日も東海大高輪台高に主導権を握られ、守備に回る時間が長かったが、下田とGKの酒井真も含めたトライアングルを中心に東久留米総合の堅陣は揺るがず、0-0のままで時計の針は進み、試合は最終盤へ突入する。

 時間は後半のアディショナルタイム。東久留米総合にコーナーキックが与えられる。「本当に今日は『何してるんだろう』ってぐらいプレーがひどくて、延長に行ったらもっと押し込まれるだろうと思っていたので、『ここは絶対に決めるしかない』と」岩田が前線へ上がっていく。おそらくは80分間でのラストチャンス。ただ、不思議と驚くくらい頭の中は冷静だった。足立真が蹴り込んだキックに、空色の4番が宙を舞う。

 ヘディングで先制ゴールを叩き込んだ直後に、タイムアップのホイッスルが駒沢の青空へ鳴り響く。その音色は歓声にかき消され、気付くと既に試合は終わっていた。「全然実感がなくて、『わー、入った!』って。そうしたら歓声がバーッて聞こえてきたので、試合が終わったホイッスルが聞こえなくて。しばらくしてから『ああ、終わってたんだ』と思いました」。劇的過ぎる幕切れに実感が湧いてこなかったが、整列に並んだあたりから少しずつ苦しかった日々が甦ってくる。「やめなくて本当に良かったです。続けて良かったです」。岩田の頭の中には、あの日に聞いた兄の言葉が何度もリフレインしていた。

 ミックスゾーンにヒーローがやってくる。「本当に兄の存在が大きくて、だからこそ自分の中で選手権は絶対に出て、今までサッカーをしてきた意義というか、そういう部分を見せたいなと思ってきたので、自分でもよく頑張ったなって思います」。そう話して小さく笑った岩田が、そっと教えてくれた。「兄は僕が全国を決めて、本当に悔しがっていましたね(笑) 悔しがってはいたんですけど、メッチャ応援してくれていました。あと、実は自分には弟がいるので、弟が超えられないくらい、ここから“壁”を高くしていきたいなと思います」。

 何度も諦めかけた。何度も歩みを止めかけた。それでも、諦められなかった。歩みを止められなかった。いつか兄に追い付こうと、いつか兄を超えようと、自分自身の中で必死に気持ちを奮い立たせてきたから。「数か月前から今の状況は想像できなかったです。でも、本当に気持ち次第でどうにでもなるなって感じられたし、自分でもよくやっているなって思いますよね。兄に感謝したいです」。

かつての自分はあの日に置いてきた。この学校に入った理由を、ずっと心に持ち続けてきた夢を、さらに大きな形にするための未来が、きっと岩田の視界の先にはどこまでも果てしなく広がっている。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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