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栃木に拾われた男の恩返し。DF田代雅也が奇跡の逆転残留弾「過去の喜びとは比べられない」

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奇跡の残留を導くゴールを決めた栃木SCのDF田代雅也

[11.24 J2第42節 千葉0-1栃木 フクアリ]

 坊主頭から繰り出された気合のダイビングヘッドが、栃木SCをJ3降格の危機から救った。クラブ史に残るであろう奇跡の決勝ゴールを決めたDF田代雅也は、かつてプロサッカー選手の立場を失った身。「あれだけの声援を受けて、その思いを裏切るわけにはいかない」というサポーターへの感謝とともに、サッカーができる喜びを強く実感していた。

 試合前の時点でJ2残留圏内の20位とは勝ち点3差。直近3試合を2勝1分という好成績で切り抜けてきた栃木だったが、依然としてJ3降格は目の前に迫っていた。たとえこの一戦に勝ったとしても、順位を争う2チームが引き分け以上に終われば降格圏脱出は無理。まさに「人事を尽くして天命を待つ」(田坂和昭監督)状況だった。

 それでも栃木はブレず、たくましく戦った。守勢が続いた序盤に存在感を放ったのが、センターバックの田代だ。対峙するのは前線に張るFWクレーべと、スペースでダイナミックな動き出しを繰り出すFW船山貴之というJ2トップクラスのコンビ。相方のDF乾大知と絶えず連携し、身体を張って対応し続けた。

「ボランチとセンターバックの4人で守る中、縦で大崩れしなかったのは乾選手とのチャレンジアンドカバーがハッキリできていたし、ボランチとの受け渡しがスムーズにできていたから。相手にも決定機があったけどゴールを割らせなかったのは、コミュニケーションを90分間密に取り合えた成果だと思う」。

 そうは言っても、質の高い相手に対人で崩されれば連係も意味をなさない。「対人のところは自分が負けちゃいけないところ。今季が始まる前から、どこが相手であろうとそこで負けたら僕が試合に出ている意味がないと思っていた。多少は僕が出ている意味を見い出せた」。自身の長所が最終ラインでいかんなく発揮された。

 さらに後半26分には、劇的な先制弾の主役となった。「セットプレーの後で、前に残ればチャンスが来るかなと思っていた」。CKからロングスローへと続いた一連の右サイド攻撃で、ファーサイドに攻め残っていた田代。DF久富良輔のクロスをMF大崎淳矢がそらしたボールに反応し、豪快なダイビングヘッドで押し込んだ。

「クロスが短かったけど、相手か何かが触ってこぼれてこないかなと思っていたところで流れてきたので、気持ちで飛び込んだじゃないけど…」。控えめに振り返った背番号30だったが、決まったゴールの価値は絶大だった。そのままチームは千葉を完封。試合後に鹿児島が敗れたという情報が入ったため、大逆転でのJ2残留という歓喜が訪れた。

「素直にホッとした気持ちだった」。満面の笑みで取材に応対した田代は「僕もチームと一緒で厳しいこともあったけど、最終的には一人の選手というより、一人の選手をみんなで助け合いながら、手を取り合いながら、最後の最後で力強い輪になれた」と述べ、これまで苦しみながら醸成してきたチームの一体感を誇った。

「厳しいこともあった」という言葉どおり、今季は定位置を得たり失ったりが続く難しい1年間だった。それでも「みなさん知っていると思うんですが、自分はサッカーをできないことがあったので……」と切り出し、自身の過ちから招いた挫折経験を示唆。田代はプロ2年目の2017年春、前所属の岐阜を解雇された過去を持つ。

 約1年間の無所属期間を経て、18年の開幕直前に栃木から拾われた。「簡単に受け入れることができないことだったはずなので、(獲得に)踏み切ってくれた社長、強化部長に感謝したい」とクラブに感じる恩義は大きい。また何より当時、サッカーから離れなければならない苦しみを経験したことも、現在に至る再起の原動力となっている。

「それに比べたら、みんなと練習ができる喜びだったり、当たり前のレベルがちょっと低いのかもしれないけど、僕からしたらそれはすごく幸せなことで。辞めた時、離れた時にしか分からない感情が多少は分かった。ここでは苦しいって言いながらも幸せを感じていたので、苦痛というものはなかった」。

 そんな田代が終盤戦の快進撃を主力CBとして牽引し、奇跡的な残留劇の主役となった。「感情の爆発ですよね。喜びと……。語彙力がないので分からないけど(笑)。でも正直、過去の喜びとは比べられないものですね。栃木に入れると決まった喜びとはまた違うし、いままで感じたことがないような感情でした」。現在の心情を説明する言葉には熱がこもった。

 とはいえまだ26歳。この喜びをサッカーキャリアで最高のものにしてしまうにはまだ早い。「自分を大切にできるのは自分。自分が自分を信じられなくなっちゃ終わりなので。そこは大切にしてきたところ」。自らの過去と向き合い、周囲の励ましとともに立ち上がり、再びプロの舞台で着実に自信を深める若者に対し、さらなる未来は開かれている。

「結果的に残留という形を取れたから、この1年を良い経験で締めくくることができる。どっちに転ぶか分からなかったので、それを良い経験ということで振り返れるような結果を持って来れて良かった。この先いろんなことがあると思うけど、とても糧になる経験だと思う。ただ、もちろん栃木と一緒に強くなることもそうだし、僕自身もっともっとスキルアップをして、強くうまくならなきゃいけないと思う」。奇跡を演じたラッキーボーイは新たな野望を胸に、新シーズンへと歩みを進める。

(取材・文 竹内達也)
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