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22歳。22番。22日。“22”に彩られた小野寺健也の明治大ラストゲーム。

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インカレ決勝で先発したDF小野寺健也

 交代で下がったベンチから少し前に出て、タイムアップの瞬間を待ち侘びる。短くホイッスルが3回吹き鳴らされると、自然と最高の仲間たちと熱い抱擁を交わしていた。「自分では正直“持っている”のかなと思う部分もあったんですけど、本当に『今までやってきたことが報われたのかな』って思って、嬉しかったですね」。22歳。22番。22日。3つの“22”に彩られたDF小野寺健也(4年=日大藤沢高)の明治大でのラストゲームは、日本一という最高の形で締め括られた。

 12月22日。桐蔭横浜大と対峙するインカレ決勝。準々決勝、準決勝とベンチスタートだった小野寺には、確かな予感があった。「自分自身前回のパフォーマンスが良くて、正直たぶん出ると思っていたんです」。スタメンが発表されると、やはり11人の中に選ばれる。大学最後の試合が日本一を懸けたファイナルの舞台。ただ、1年前までの彼を考えれば、今の立ち位置は誰もが予想し得なかったかもしれない。

 日大藤沢高2年時には、憧れの高校選手権で全国4強まで躍進し、埼玉スタジアム2002のピッチに立つ。鳴り物入りで明大に入学したが、自身の描いていたイメージと現実はなかなか一致しない。「特に1年の頃は仕事も凄くキツいし、先輩も怖いし、『何だよコレ?』って思っていました」と率直にその頃を振り返る小野寺。2年になっても、3年になっても、主戦場はIリーグ。なかなかトップチームが戦う関東1部リーグに出場することは叶わない。

「正直、無理だと思っていました。試合に出ることもイメージできなかったですし、『サッカーやっていけるのかな…』って。みんなが活躍するのを見て、『置いていかれているんじゃないか…』という不安もありました」。一向に変化の訪れない自身の立場に、心が折れそうになったこともあったが、先輩たちの背中が何とか小野寺を繋ぎ止める。

「やっぱり自分も苦しい時期の中で、その時々の4年生の姿を見てきて、自分で『無理だ』と言って投げ出す選手も自分は今まで1回も見てきていないですし、明治はIリーグが終わろうと最後まで4年生は引退しないですし、本当に歴代の4年生、歴代の明治の先輩の姿が自分の中には残っているので、『あの人たちは妥協していなかったな』と、『自分も信じて後輩のためにやらなきゃいけないな』という想いが自分を奮い立たせていましたね」

 2019年がやってくる。4年生たちにとっての大学ラストイヤー。小野寺もようやくゴールデンウイークに開催されたゲームで念願のリーグ戦デビューを果たしたが、以降の公式戦では出たり出なかったりを繰り返す日々。「川上(優樹・4年=矢板中央高/群馬内定)が4番で、瑶大(佐藤瑶大・3年=駒澤大高)が3番を付けていて、『ああ、ちょっとカッコイイな』って思った部分もあったんですけどね(笑)」と正直に明かす小野寺の背番号は22。「傍から見たら出遅れの選手って感じですよね」と笑ったものの、その大きな数字があまり気に入っていた訳ではなかった。

 そんな彼が一躍スポットライトを浴びたのは9月の総理大臣杯。同じポジションを争っている佐藤瑶大が負傷したため、ファイナルの出場機会が巡ってくる。すると、まさかの決勝点を叩き出したのが小野寺。しかも、そのゴールは大学入学以降のトップチームにおける公式戦初ゴールだった。

 まさに“持っている”としか言えないような強運の持ち主。とはいえ、何も積み重ねていない人間に運は巡ってこない。「自分は『サッカーをやめたい』と言ったことも一度もないですし、これまでの指導者の方にもそういう部分はたぶん見て戴いてきて、ヘタクソなりに諦めずにやってきたので、そこは自分の1つの武器だと思っているんです」。

 リーグ終盤は定位置を勝ち獲り、インカレの初戦もスタメンフル出場を果たしたものの、前述したように準々決勝と準決勝はベンチスタートからの途中出場。しかし、決勝のスタメンに名を連ねるという小野寺の確かな予感は的中する。「中村健人(4年=東福岡高/鹿児島内定)からも「なんか毎回決勝は出るよね」みたいなことを言われました(笑)」。今年2度目となる日本一の懸かったファイナル。ラストゲームのピッチへ、22番が歩みを進めていく。

「勝っても負けても、どっちにしても最後の1試合だったので、自分としては『今日しっかり勝って、歴史に名を刻みたいな』という想いで戦いました」と話す小野寺は、高い集中力で相手の攻撃の芽を摘んでいく。前半35分にはMFイサカ・ゼイン(4年=桐光学園高/川崎F内定)のスルーパスに抜け出したFW松本幹太(3年=東京Vユース)へ食らい付き、きっちりカット。後半開始早々にも松本のラストパスを引き出したMF神垣陸(3年=尚志高)に素早く寄せて、エリア内への侵入を許さない。

 明治大が押し気味に進めながら、桐蔭横浜大も粘り強く対抗し、試合は0-0のまま延長戦に入る。彼らに残された時間は30分のみ。正真正銘、最後の30分に向かう円陣の中ではこんな言葉が飛び交っていたという。「『まだ明治でもうちょっとサッカーできるぞ』みたいな声掛けをしていたので、本当にみんなも前向きに捉えていましたし、4年生はそういうモチベーションでしたけど、下級生も『やった!まだ4年生とサッカーできる!』と思っていてくれたと信じたいですね(笑)」。

 先に失点を許しながら、FW佐藤亮(4年=FC東京U-18/北九州内定)とDF蓮川壮大(3年=FC東京U-18)の連続ゴールで逆転に成功した明治大。延長後半5分。「ちょっと足が攣りそうになったので、監督の栗田さんに一声掛けた」小野寺は交替を命じられると、短い抱擁ののち、佐藤瑶大がピッチへ駆け出していく。「1年間ライバルとして戦って来ましたし、お互い出たり出なかったりしながら、バチバチやってきた部分もあると思うので、あそこは彼に任せました。正直普段はあまり話さないんですけど、ああいう所でお互い心が通じるものがあったのかなと思っています」(小野寺)。1つ下の後輩に後を託す。

 交替で下がったベンチから少し前に出て、タイムアップの瞬間を待ち侘びる。短くホイッスルが3回吹き鳴らされると、自然と最高の仲間たちと熱い抱擁を交わしていた。「自分では正直“持っている”のかなと思う部分もあったんですけど、本当に『今までやってきたことが報われたのかな』って思って、嬉しかったですね」。小野寺も含めた4年生にとってのラストゲームは、日本一という最高の形で締め括られた。

 それに気付いたのは11月のことだったという。「僕は11月が誕生日で、『22歳になったのか』と思った時に『ああ、22番じゃん』って。しかも、今年のチームは始動の時から『12月22日に一番良いチームであろう』ということをずっと言ってきたので、いろいろ22に縁を感じているんです」。

 4年間のラストゲームを振り返り、確かな手応えを口にする。「今日が4年間の中で一番良いパフォーマンスだったかなって思っていて、いろいろな人から『オマエ、今日は今までと全然違ったぞ』って(笑) 榎本(達也)GKコーチからも『下級生の頃から考えたら信じられないよ』と言われましたし、自分としても今日はやられた覚えはなくて、凄く頭も働いていましたし、なんかもう、個人としてもチームとしても、一番強いチームになれたのかなと思っています」。そう語り終えた瞬間、22番の22歳に眩しい笑顔の花が咲いた。

 3つの“22”に彩られた日に勝ち獲った日本一。「試合に出て行くにつれて、この22番という番号が凄く良い番号だなと思えてきて」。最初は何とも思わなかった背番号は、4年間の月日を正しく積み上げてきた小野寺へ、サッカーの神様が周到に用意していた“ささやかな悪戯”だったのかもしれない。

(取材・文 土屋雅史)

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