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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:喜怒哀楽(國學院久我山高・保野友裕)

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國學院久我山高DF保野友裕

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 悔しくないはずがない。でも、自分にできることはやり切った感覚もある。何よりも苦楽を共にした仲間たちと、最後まで戦えたという喜びも思っていた以上に芽生えていた。「本当に良いチームに恵まれて、良いチームメイトに恵まれて、感謝しかないですね。他の選手がいなければ、自分はここに来られなかったと思っているので、“ひとの力”を感じました。『自分の力では何1つできないな』ということを知ることができたので、それだけでも良いモノを得られたなと思います」。保野友裕は、ようやくやり切ったのだ。

 ミックスゾーンに現れた保野は泣いていた。1月2日。選手権2回戦。専修大北上高とのPK戦までもつれ込んだ激闘を制し、國學院久我山高が次のラウンドへの進出を勝ち獲った直後。前半の40分間だけで交替を命じられた保野は、泣いていた。「開幕戦で散々なプレーをして、今日は引き締めていったんですけど、完全にチームの足を引っ張る形になって、本当にもう何も学んでないなというのが、自分の中での一番の情けない所ですね。『しょせんこんなもんなのかな』って自分にがっかりしています…」。その“ベクトル”は自分の方ばかりを向いていた。

 2019年。久我山でのラストイヤー。春先からチームは手応えを掴んでいたが、船橋招待で全国の強豪と対等以上に渡り合えたことで、自信は確信に変わる。掲げた目標は“日本一”。果てしない夢を追い掛けるシーズンが幕を開けた頃、初めて会話を交わした保野のある言葉が印象に残っている。

「まだシーズンが始まったばかりで、相手もまだお互いの良さとか穴なのかとかもわかっていない状況なので、今は自分たちのサッカーができていますけど、相手が対策してきたりとか、自分たちが相手の良さを消せなかったりすることもありますし、そういう時にちゃんと自分たちのやることを信じて、やっていきたいなと思います」。

 話せる男なのは間違いない。良く言えば俯瞰的な考えの持ち主。言い方を変えればややスカし気味。聞けば全国模試でもトップクラスの成績を残すこともあるそうだ。率直に言って「変わったヤツだなあ」という印象を抱いたことをハッキリと記憶している。

 夏までの保野は圧巻の一言。都内では無双状態の空中戦に加え、丁寧なパスワークやドリブルを駆使したスタイルに、両ウイングを生かすような対角を狙うフィードが絶妙なアクセントを加えていく。チームも関東大会予選、関東大会、リーグ戦と連戦連勝を続けると、順当に勝ち上がった総体予選も準決勝で駒澤大高を延長戦で振り切って、夏の全国出場権を獲得。これで公式戦は14戦14勝。向かうところ敵なしと言っていい状態だった。

「たぶん相手はコーナーキックがチャンスだと思っていたはずだけど、自分は絶対的に競り合いに自信があったので、『掛かってこい』ぐらいに思っていました」「久我山にいて言うのもなんですけど、僕はビルドアップより守備を得意とするタイプなので、押し込まれた時の方が逆に楽しいんですよ」。全国切符を掴んだ嬉しさからか、実に饒舌。15分ぐらいは話していただろうか。変わったヤツではあるものの、かわいいヤツでもあるなと、少し認識が変化する。

 翌日の決勝。もう少しだけアイツに話を聞きたいと思って会場を訪れたが、その希望は叶わなかった。前半28分。攻撃時のコーナーキックで競り合った保野は、相手との接触で昏倒。起き上がることができない。トレーナーの素早い対応で最低限の処置が施され、30分近い中断を経て、グラウンドまで入ってきた救急車で搬送される。後日無事を聞いて安心したが、そのこともあって余計に気になる存在になったのかもしれない。

 沖縄の夏空の下で保野は怒っていた。7月26日。インターハイ1回戦。頂点だけを見据えて全国に乗り込んできた久我山は、先制しながらも逆転を許す展開で神村学園に2-3と敗れ、初戦敗退を余儀なくされる。言い訳のできない力負け。大きな自信を抱いていただけに、チームのショックは計り知れず、選手たちは目も当てられないほどに落ち込んでいた。

「最悪ですね。戦う所が全然ダメでしたし、出ている11人が終始責任感のないプレーをしていたので、完全にそれが敗因ですね。技術に関しても相手の方が上だったと思います」「『どうにかなるだろ』とか『いや、大丈夫でしょ』という気持ちが心のどこかにあるのが試合をやっていてもわかったし、それはたぶん外から見ていても絶対わかると思うので、35分もやり切れないチームに勝つ資格はないですよ」。

 あるいは薄々気付いていた部分を、この負けで突き付けられたのかもしれない。ただ、保野の出来が抜群だったかと言えば、そこまで際立っていたようにも見えなかった。落ち込むチームメイトと、苛立ちを隠さない保野。灼熱の太陽に照らされた沖縄のあの日。その温度差は妙に気になった。

 冬の全国に出場するためには、ラストチャンスとなる選手権予選。準決勝の成立学園戦で保野は輝きを放つ。ジュビロ磐田への入団が内定している吉長真優相手に一歩も退かず、「直樹が行ったら自分がしっかりカバー、自分が行ったら直樹がカバー、という良い関係ができていた」と評する加納直樹との絶妙な連携で相手のチャンスの芽を潰し続ける。終盤は押し込まれながらも、きっちり無失点に抑え切り、堂々の決勝進出。試合後には饒舌なセンターバックの姿があった。

「選手権に出るために高校サッカーに来たようなものですから、久我山に来て3年間で1回も全国に出られないのは悔しいですし、これがラストチャンスなので、すべてを懸けて、次の試合も頑張りたいです」。しかし、事はスムーズに運ばない。帝京高と激突した決勝戦。保野は総体予選同様に、前半途中で足首を負傷して退場してしまう。試合は4-2で勝利し、チームとして選手権では4年ぶりの全国出場を決めたものの、結果的にこの負傷が保野を最後まで苦しめることになる。

 ミックスゾーンに現れた保野は苛立っていた。12月30日。選手権開幕戦。駒沢陸上競技場。チームが8-0と大勝を収めたにもかかわらず、彼のパフォーマンスは最悪に近かった。得意のフィードは精度を失い、前半には危険なエリアでのボールロストで決定的なピンチを招く。「8-0でオレだけこんなテンションですよ。もう本当に試合中にマジでやめたくなりましたよ。なんか、マジでいつもやれることが何1つやれないですよ」。妙なテンションでまくし立てる。その“ベクトル”は自分の方ばかりを向いていた。

「悔しいですね。もうちょっとマシなことはできるかなと思ったんですけどね。完全に足を引っ張っちゃった感じだったので」。自分のことばかりが口を衝くが、ようやく「今日はなんか自分の内側に向ける矢印が多かったので、次はもうちょっといろいろな所に目を向けたいですね。もうちょっとリラックスしてやれれば、確実にパフォーマンスは上がると思うので、次はベターなプレーは出したいです」という所に話が落ち着く。

 負傷が長引き、実際に練習に復帰したのは数日前。選手権予選の決勝以来となる実戦という考慮すべき部分はあるとはいえ、このままではチームにとってもプラスにならない。「監督にはハーフタイムに『ハイパフォーマンスを示した時のオマエとはかけ離れている』と言われて、自分を信頼して出してくれているのに、このままだったら本当に恩を仇で返す形でしかないので、気持ちを引き締めてやりたいと思います」。ようやく前を向く。それでも、少し足を引きずりながら通路の向こう側へ消えていく後ろ姿に、覇気はなかった。

 ミックスゾーンに現れた保野は泣いていた。1月2日。選手権2回戦。NACK5スタジアム大宮。専大北上高とのPK戦にまでもつれ込んだ激闘を制し、國學院久我山高が次のラウンドへの進出を勝ち獲った直後。前半の40分間だけで交替を命じられた保野は、泣いていた。「開幕戦で散々なプレーをして、今日は引き締めていったんですけど、完全にチームの足を引っ張る形になって、本当にもう何も学んでないなというのが、自分の中での一番の情けない所ですね。『しょせんこんなもんなのかな』って自分にがっかりしています…」。その“ベクトル”は自分の方ばかりを向いていた。

 普段は温厚な清水恭孝監督も、珍しく語気を強めてこう明かす。「今日の保野はケガというより、パフォーマンスが気に入らなかったので下げました」。後半に入ると、加納が2枚目のイエローカードで退場し、センターバックは福井寿俊河原大輔と本職ではない2人に託される。彼らの懸命なディフェンスもあって、10人の久我山は何とか無失点で耐えしのぎ、最後はPK戦を制したが、その勝利の瞬間のピッチに保野の姿はなかった。

「ここに来て『これかよ』っていう。自分は監督に1年間信頼してもらってきたのに、凄く裏切ってしまっていて、申し訳ない気持ちでいっぱいですね」「正直足も限界に来ていて、もう『走っていても走り方がわからない』みたいな感じなんですよ。こんがらがっているというか、邪念があるんですよね。メンタルは強いと思っていたんですけど、弱いです」。ネガティブな言葉ばかりが溢れ出る。

 普通であれば、次のゲームに起用されることは難しいようなパフォーマンスだった。だが、1年間パートナーを組んできた加納は出場停止でピッチに立てない。もはや保野がメンタルを立て直し、普段の自身を取り戻す以外に術はない。「今から上手くならないので、気持ちと体のケアをしながら整理します。さっきも三栖コーチから言われましたけど、次も自分がダメだったら一生後悔すると思うので、後悔しないような準備をして、明日に挑みます」。最後にほんの少しだけ、前を向く。ほんの少しだけ。

 ピッチに立った保野は鬼神のような執念を放っていた。1月3日。選手権3回戦。立ち上がりから昌平高に押し込まれ続けるものの、この日のパートナーである福井と共にあらゆる局面で体を投げ出し、相手のシュートをゴールへ届かせない。空中戦も大半で勝利。ビルドアップでも丁寧に繋ぐ。「彼は昨日1日苦しかったと思います。それでも今日は自分を鼓舞してやってくれましたね」と清水監督。ようやく本来の保野が、この全国の舞台で戻ってきた。

 キーマンは2人いる。1人は1年生ながらこの選手権を戦うメンバーに入っている小松譲治。2回戦の試合後。保野は2つ下の後輩に率直な意見を求めた。「『別に何を言っても怒らないから、思ったことをちゃんと言ってくれ』って」。小松は直球を2つ上の先輩の心に投げ込む。「『らしくないですよ。いつもはもっとガアガア言いながら、ハードにやる選手じゃないですか。スカしてますよ』って言われました(笑)」。

グサリと刺さった。「譲治の言葉で、自分の中で吹っ切れなかったものがパンと1個弾けて、『よくよく考えたらオレは上手い選手じゃないな』って。『上手いのなんか前にいっぱいいるから、もうオレは足を必死に伸ばしてでも、ゴールを守ればいいんだ』って思えたんです。アイツ、1年生なのに凄いですよね(笑)」。

 もう1人は高校のクラスメートだった。「ウチの野球部のエースピッチャーが同じクラスで、夏の甲子園に出たんですけど、最後にボロ負けしたんですよ。ソイツに『オマエ、ツラかった?』ってLINEしたら、『本当にツラかった。後悔しかしていない。だから、オマエは後悔だけはしないようにしろよ』って返ってきて、正直昨日のプレーで負けていたら本当に後悔しかなかったので、先に高校生活の部活が終わったヤツがそうやって言っているんだから、本当に『気持ちの準備だけはちゃんとしよう』と決めました」。ここに来て自分を支えてくれたのは、やはり周囲の仲間だった。

 0-0で迎えた後半も、ポストやクロスバーに助けられながら、必死に相手の強力オフェンス陣へ食らい付く。時折足を気にするような素振りを見せるも、すぐに戦闘態勢を取り直す保野。「完全に調子が戻った訳ではないですけど、それでも昨日よりは監督の期待に応えられたのかなと思いますね」。明らかに吹っ切れたようなプレーを続けてみせる。ところが、最後の最後でサッカーの神様は残酷な結末を用意していた。40+2分。途中出場だった相手の1年生が左足を振り抜くと、ボールはクロスバーを叩きながらゴールネットへ吸い込まれる。直後に聞こえたタイムアップの笛。あと1分。懸命に耐え続けた久我山の祈りは、届かなかった。

 保野は苛立っても、泣いてもいなかった。「内容的に言ったら、相手の方が上だったから、まあ受け入れている所はありますね。いつ点を取られてもおかしくなかった中で、加納もいなくて、守備の選手たちは全員がよく集中していたのかなと思います」。ごくごく冷静に試合を振り返る。そこにはここまでの2試合が終わった後に漂わせていた、自分にばかり向いている“ベクトル”は、もうなかった。

 本来の姿を取り戻せたキッカケは前述した通りだが、それでもあの状況からよくメンタルを立て直したと思う。そのことを素直に伝えると、笑顔でこう言葉が返ってくる。「そうですよね。たぶん前だったらダメでした。そういう意味では3年間でいろいろな選手と関わって、スタッフと関わって、監督と関わってという中で、もちろんサッカーもですけど、そういった人としての気持ちの、メンタル的な所も育ててもらえたのかなと本当に感謝しています」。

 実は保野にはこれから受験が控えている。「ちょっと1回切り替えないといけないんですけど。センター試験が18日にありますから。今回は合宿だったので教材は持ってきていたんですよ。でも、昨日はやらなかったです。『サッカーをやり切らないと、受験も受からない』と思って。ここからやらなきゃですよね(笑)」。

 悔しくないはずがない。でも、自分にできることはやり切った感覚もある。何よりも苦楽を共にした仲間たちと、最後まで戦えたという喜びも思っていた以上に芽生えていた。「本当に良いチームに恵まれて、良いチームメイトに恵まれて、感謝しかないですね。他の選手がいなければ、自分はここに来られなかったと思っているので、“ひとの力”を感じました。『自分の力では何1つできないな』ということを知ることができたので、それだけでも良いモノを得られたなと思います」。

 沖縄の夏空も、駒沢の雨も、ナクスタの芝生も、鮮明に思い浮かべることができるが、最後の最後は、怒っても、苛立っても、泣いてもいない、穏やかな男の表情がそこにはあった。いろいろな時間を経てきた今だからこそわかる。保野友裕は、ようやくやり切ったのだ。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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