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ブラインドサッカー日本代表・高田監督の誓い「メダルをとって新しい文化を創りたい」

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 ブラインドサッカー日本代表は13日、千葉・幕張のZOZOTOWNで行ったパラリンピックイヤー最初の合宿を打ち上げた。8月25日の開幕まで残り225日。初出場でメダル獲得を目指す高田敏志監督がチームの現在地とメダル獲得にむけたシナリオ、そしてなぜメダルを目指すのかという意義についても明かした。

■4つのフェーズの最終章■

「就任以来、本番にむけて4つのフェーズを決めて取り組んできました。昨年までで3つ目のフェーズが終わり、ブラジル、アルゼンチンといった世界の2強との力の差が縮まり、日本と同じように戦術を重視する国とは対等、または勝てるだけの力がついてきた。
一方でフィジカルを前面に出す国にはまだ弱さが見える課題も残りました」

 2015年11月に就任した高田監督が明かす4つのフェーズとは以下のものだ。

①自陣ゴール前で守ることを重視するスタイルを捨て、全員が攻撃に守備に動き回る。
②①をやり続けると1試合持たないため、試合の中で緩急をつけるビルドアップを習得する。
③実績があり、能力が高い国と戦い、対応能力を磨く。
④③の対戦において日本のペースで戦えた時間帯の再現性を高める。

 初出場となる東京五輪パラリンピックでのメダル獲得には、点をとらなければ勝てないため、スタイルを180度変えるところから着手した。2016年5月に中国、2018年にイランなど、パラリンピックメダリストから初勝利を奪うなど進歩を見せる一方、パラリンピック4連覇中のブラジルに0-5で敗れるなど、経験不足を露呈。しかし昨年、ブラジル、アルゼンチンとの対戦ではスコアが縮まっている。体が屈強で、スピード抜群のストライカーを擁するイングランド、トルコ、モロッコにはわずかな隙をつかれ、ゴールを奪われる未熟さが課題として残り、公式大会でまだ優勝はない。

 特に③で出た課題を解消するにあたり、日本代表スタッフはイングランド、イランなど個人の力で突破された場面を抜き取り、そのスピードを測定。すると時速20kmを超えると対応できなくなり、失点につながるというデータをはじき出した。選手にも伝え、今や「20㌔」はチーム内のキーワードにもなっている。

「どんなにすごい選手でも、最初から時速20kmが出るわけではなく、4m~5mの距離が必要。そのスピードに到達する前にスペースを埋めればいいわけです。だから、選手の立ち位置、ポジショニングが大事なんです。『相手が速いのではなく、速いスピードを出させてしまったから抜かれた』という分析が選手同士でできるようになってきた」

 では、④のフェーズに入り、メダル獲得を現実のものにするために、どんなプランを練っているのだろうか。

「2020年度はリーグ戦をなくして、代表に専念できる環境を作ってもらいました。昨年、1度だけ実施した夏の10日間合宿を複数回できるように計画もしているし、3月のワールドグランプリが終わったら、国内では試合がありません。パラリンピックは日本開催ですが、試合をするために海外遠征も考えています」

昨年10月、アジア選手権で川村怜が得点直後に指示を出す高田敏志監督。パラリンピック本番でもこのシーンを多く増やしたい

■ブラサカの選手はなぜすごいのか■

 例年6月に行われていた日本選手権を、パラリンピック終了後の秋にずらず方向で調整中。したがって秋に行われていたリーグ戦は2020年度だけは開催されない見通しだ。2月8、9日にリーグ戦上位チームが対戦するKPMGカップを終えると、パラ本番までは「代表専念モード」に変わる。川村怜黒田智成田中章仁佐々木ロベルト泉の「トップ4」の力を磨くだけでなく、経験を積んで成長著しい佐々木康裕園部優月、貴重なユーテリティプレーヤーとして本来の力を戻しつつある加藤健人らを底上げして、全員で戦えるチームの完成をめざす。パラリンピックの出場国ではランキング最下位からのメダル獲得を狙う背景に、高田監督のぶれない思いがある。

「僕は、このパラリンピックを日本にない文化を創るきっかけとなるターニングポイントをにしたいんです。パラリンピック種目の監督をやらせてもらっている以上、勝ち負け以前に、視覚障がい者、ひいては障がい者スポーツに興味を持ってくださったり、見てくれている、応援してくれている、気にしてくれる人たちのことをまず意識することが大事だと思っています
 僕自身の経験を言わせてもらえば、ブラインドサッカーに関わる前まではある意味、(知識がなくて)不安でした。それは、僕の家族や周りにたまたま障がい者がある人が居なかったからです。そういった人たちのために何かできるようになったのは、ブラサカに出会ったから。ボランティアに行き、視覚障がい者が集まるキッズキャンプに行き、白杖を持った人に声をかけるようになりました。僕は監督になったからやれるようになったけど、実際はそうでない人がたくさんいます。そういった人たちが、チラッとでもこの競技を見てくれたら、変わるきっかけになるかもしれません。目が見えていないのに『どうしてこんなパスが取れるのか』『何でこんなドリブルができるの』という、人間の持つポテンシャルのすごさに驚かされると思うからです。そういった日本代表の選手がデカい外国人と戦っていたら、さらに応援してもらえるのでは、と。パラリンピックの出場国に比べると、強化体制は決して恵まれているわけではないけど、それでも勝って、これまで僕たちが取り組んできたプロセスをすべてオープンにしたい。そうすれば、世の中も変わっていくんじゃないかと思う」

 ブラジル、アルゼンチンなどは専用コートがあり、ブラジルなどは代表スコッドに入れば月70万円もの報酬がある。しかし日本代表の選手は大半が生計を立てるための仕事を抱え、月1、2度の週末しか合宿で集まることが出来ない。その分、かつてラグビー日本代表を率いたエディ・ジョーンズ監督が、選手の体調やトレーニング内容を日常的に管理する目的で取り入れた「ONE TAP SPORTS」を導入。選手の個人スキルを伸ばすために平日練習も実施し、その練習場確保のために高田監督が頭を下げるなど、工夫と苦心の日々が続く。だからこそ、他の強豪国を倒してメダルを獲得することは価値があるのだ。

「結果に対してお金を出すのではなく、プロセスとビジョンにお金を投資する社会になってほしい。そこが今、日本は遅れていると感じます。他の国の話を聞いていると、パラリンピックに出ようが出まいが、そのプロセスにお金を投資していますから」

 新しいレガシーを残そうとする高田監督は最後にこう言い残した。

「監督に就任以来、今まで勝ったことのない国に勝ってはいますが、公式の国際大会で結果が出なくて、普通だったら『クビ』という話が出てきてもおかしくない。でも、今では誰もそんなこと言わない。むしろ『監督が言うことを実行できていたら勝っていた』と言ってくれます。時間はブラジルもアルゼンチンも僕らにも等しく与えられています。僕たちスタッフを信じてやり続けてくれる選手たち、マネージャーや分析の人も含めて、最後の1日までやり切って、あとは本番で思い切ってプレーできるようにしたい。そうすれば『サッカーの神様』は必ず彼らにほほ笑むはず。彼らはそれに値する選手ですから」

【パラリンピックの出場有資格国と
最新の世界ランク】
順位 国名
1位:アルゼンチン
 11月4日●0-1
2位:ブラジル
 7月14日●0-1
 7月15日●0-2

3位:中国
 10月5日△2-2(PK2-3) 黒田2

5位:スペイン
 3月21日〇1-0スペイン 川村
 3月24日●0-1スペイン
 6月22日〇1-0スペイン 川村

6位:イラン
 10月3日●0-1

8位:モロッコ
 12月8日●1-5 川村

11位:フランス
 対戦なし
13位:日本
【注】日付は2019年に対戦時のもの。
名前は得点者


(取材・文 林健太郎)

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