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元プロ選手の早稲田大監督対談 小宮山悟×外池大亮「指導者の役割」

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 ロッテやメジャーリーグなどプロ野球界で20年活躍した小宮山悟氏が昨年、2015年以来優勝から遠ざかる早大野球部の監督に就任した。しかし、東京六大学リーグ戦で春、秋ともに3位。プロの一線で長く活躍した小宮山監督がどう再建するか注目が集まるが、指導の現場は簡単ではない。元プロサッカー選手で、一昨年は就任1年目でサッカー部をリーグ優勝に導いた外池大亮監督との対談を通して、指導理念や話題になった佐々木朗希の起用法、J1湘南のパワハラ問題についての意見を聞いた。

昨年12月30日、今年1月3日にFRIDAYデジタルに掲載された記事を再編集したものです。

――小宮山さんは監督1年目は悔しいシーズンになりました。

小宮山「選手にはやりたいようにやらせました。高校野球でもプロと同じような試合の進め方をしている学校もあるので、学生はもう少し野球を知っていると思っていましたが、知っていると言えるのは数名ぐらいかな」

外池「サッカーはJリーグの下部組織が育成年代の中心にいます。ユース出身者が半分近くいるので、こちらが考えている以上に、サッカーとは何かというこだわりを持っている。逆に(サッカーをJクラブ目線で教わり尽くしていない)一般の高校から来たメンバーと融合させることによって泥臭さみたいな部分も浸透させたいんです」

小宮山「なるほどね。大学のレベルを想定して指導をしても、どうしてもプロの水準で比べてしまう。なので、そのギャップをどう埋めるかという葛藤がありましたね。選手を捕まえて手取り足取り教えたら、簡単に身についたのかもしれないけど、それでは個性を殺しかねないので、あえてアドバイスはしなかった。だけど、今年は基本的にはひっくり返そうと思っています」

――ひっくり返すとはどういう意味ですか?

小宮山「教えるべきところは、ひとつひとつ教えるということです。評論家時代、アメリカの(メジャーの)試合を毎日見させてもらっていたので、いろんなシーンに対する判断力があると思っています。大学の試合でも2手3手先を見て采配していたつもりですが、学生が消化しきれていなかった可能性もあるので、場面ごとに的確なプレーができるように指導したい」

外池「そこは難しいですね」

――指導者の選手への接し方が問題提起されることが多くなりました。昨年は早稲田大OBでもある湘南のチョウ・キジェ前監督のパワハラが大きな問題になりました。

外池「チョウさんのことは知っていますし、理解しているつもりですが、この問題はサッカー界が注目される存在になったからこそ、サッカー界の中だけでとどめておけなくなってしまったということだと思います。社会が多様化していて、大学生がサッカーを続ける理由も様々です。だから、僕は学生への接し方に関して、あらゆる基準があることを考慮して、常にニュートラルでいることを一番気をつけている。僕らが学生時代は理不尽が普通で、理不尽を超えた先に社会で生きていく術があると言われていましたが……」

小宮山「報道でしか内容は把握できていませんが、こういうご時世なのでパワハラと認定される行為はいけないことです。でもチョウ監督のすべてを否定する、という気持ちではない。チョウ監督が厳しい指導者として有名なことは、野球界にいる僕ですら知っていました。実際、批判する声がある一方で、『愛情しか感じなかった』とフォローしている選手もいますから。ただ、厳しくただすときに必要以上の圧力をかけてはいけない。たとえば僕は学生の時から下級生に対して手をあげたことは一度もない。だけど緩慢なプレーをした選手がいたとしたら、一時的に野球を取り上げてしまう考えを持っています」

外池「僕は今、スカパーに勤務する会社員でもあるので企業側の意見を言わせてもらうと、理不尽を耐え凌ぐみたいな、体力があって言われたことは何でもする古い体育会系はもう求められていない。自発的に行動できたり、グループの中でリーダーシップが取れたり、協調性があることが評価される。僕が監督に指名されたのは、プロと社会人の両方を経験し、中立的な目を持っているからだと思っています」

――野球界でも、昨年は佐々木朗希投手(大船渡→ロッテ)が県大会決勝で投げなかったことが話題となった。

小宮山「もちろん、現場で近くにいた人間が判断した事だから尊重します。でもね、それを美談として捉えている向きがあることが許せない。故障するから出さないという判断は理解できるけど、その判断で他の選手の夢も奪い取ってしまった。彼はエースであると同時に4番打者でもあったから、私だったら投げさせて、おかしいと感じたら言え、投げ方を見ておかしかったら代えるから、と言います。それが指導者の本当の役割だと思う」

――簡単には答えは出そうにないですね。

小宮山「ただ、アマチュアレベルでずば抜けた力を示さないとプロではやっていけないことはいつの時代も同じです」

外池「一昨年、サッカー部にも最近日本代表に選ばれた相馬勇紀(名古屋)がいました。彼は4年生になって名古屋に特別指定選手として登録されて、大学の試合もJリーグの試合も両方できる立場になった。土曜日、日曜日と試合が連戦になることも当然あって、普通は連日の試合出場は敬遠するんですが、判断は相馬本人に委ねました。両方の試合で勝利につながる活躍ができたことによって彼の自信が蓄積され、常識でははかれないような成長曲線を生んだと思います」

――大学の監督に求められる役割は、結局、何でしょう?

小宮山「社会に出す時に立派な学生として送り出すこと、かな。私たちがプロで培ったスキルを教えることではないんです。野球の試合における監督に求められるのは、ゲームの中で的確な指示を出せるかどうかだけなので。勝てない監督はダメなのかもしれないけど、学生が卒業するときにいい人に巡り合えたなと思われる人もいい監督だよね」

外池「僕は“壁打ち”の役割だと思っていて、例えば試合のメンバーなんかも一旦学生に決めさせる。その答えに対して『どういう意図があるの?』って返すことで“壁”になる。要するにすべてに根拠を求めます。これは将来、社会に出たときにも生かせるスキルなので、彼らのためになると思っています」

――新入生を迎える春になれば、プロを目指して大学スポーツ界に飛び込んでくる学生もいます。指導者としては現実も伝えないといけないと思いますが、プロ経験者として心掛けていることはありますか?

外池「プロ志望を持っている選手はどんどん向かってやればいい。ただ、22歳という年齢までにプロ側から声が掛かっていない場合は、『現実的ではないかもしれないよ』という話はかなりします」

小宮山「やりたいことに対して努力することは尊いことです。ただ、大人がきちんと無理なものは無理だと言ってあげないといけない」

外池「サッカーの場合もJ3まで裾野が広がって、1993年に10チームではじまったのが56チームに増え、今では地域リーグも充実してきて、サッカーを長く続けられる環境整備は進んでいます。ただ、大学初任給の半分にも満たない報酬でサッカーを続けることが本当の君たちのためになるのか。学生には世の中の基準に照らし合わせて考えてほしいです」

小宮山「でも日本のサッカー界って本当にすごい。僕は2014年からJリーグの理事をやらせてもらった時期があり、『野球界の人間として意見を欲しい』ということで呼ばれていたけど、実際は野球の一歩も二歩も先に行っている。サッカーは『野球に追いつけ追い越せ』と言っていますが、このままでは野球が置いていかれるなと感じました」

――何が違うんでしょうか?

小宮山「物事を決めるスピード感、対応力ですね。野球界は年に2回、オーナー会議に12球団のオーナーが集まって物事が決まりますが、Jリーグは全クラブが問題意識を共有して、その都度話し合っている。その差ですよ。J1浦和の無観客試合の処分(※)についても1週間ぐらいで決まった。そこスピード感は今の野球界にはおそらく出せないと思う。日本では野球に追いつけと言っていますが、世界規模でみれば、ワールドスポーツはサッカー。あと50年もすれば、どうなっているかわからないですよ」

――そのためには大学サッカー界が今後、どのような人材を輩出していくかが重要になってくる。

外池「学生には日本をリードする存在になってもらいたいし、僕もそうなりたい。僕は選手ともコミュニケーションを密にとっているつもりでいましたが、去年、みんなの前である学生から『僕の挨拶が物足りない』と指摘されました。その後、彼に電話で真意を聞くと『外池さんは本当にフランクですが、挨拶は一人ずつ、目を見て返すのが大事だ』と言われちゃったんです。でもそれ以降、学生の心に届くよう、目を見てあいさつするようにしたら、空気が変わった。社会の常識にあてはめれば、学生が指導者にモノ申すのはおかしいかもしれませんが、常識や習わしを疑って学生が行動を起こしたことが僕はうれしくて、あの一件は重い空気を変えるきっかけになりました。これからも学生と共に成長を目指して、いい意味の変化を恐れずに過ごしていきたいです」

(※)2014年3月8日の試合で浦和のサポーターズグループの一部メンバーが、人種差別、民族差別を想起させる横断幕を掲げた事件。試合中、警備員より撤去を求められたにも関わらず、横断幕は最後まで掲出されたため、クラブ側の責任を問われ、Jリーグ初となる無観客試合という処分が下された。

(構成 児玉幸洋)

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