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様々な試練を乗り越え...ブラインドサッカー界は日本がリードする

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【日本のブラインドサッカー界の「生き字引き」松崎英吾専務理事 兼 事務局長の「コツコツストーリー」

 感染拡大が止まらない新型コロナウイルスの影響で、3月16日開幕予定だったブラインドサッカーの国際大会、「Santen IBSA ブラインドサッカーワールドグランプリ(WGP) 2020 in 品川」の中止が決まった。サッカー同様に王国と言われるブラジルや世界ランク1位(2020年1月1日付)のアルゼンチンなど強豪・8か国が集結予定だっただけに、日本代表をはじめとする出場国の選手や関係者のショックは大きいが、松崎英吾事務局長は冷静に振り返った。

「政府から2週間のイベントの自粛要請が出た2月26日まで、無観客による可能性を探っていました。ただ朝起きるたびに状況が刻一刻と変わり、他の団体さんの判断や他国の代表選手団が12日には来日してくることを想定すると、2月末には判断せざるを得なかった。もちろん、大会を実施できない悔しさはあります。前売り券の売れ方から見て、お客さんの入りの手ごたえもあって、2018年からはじまった過去2大会とは違った見せ方ができたのではないかと思っていました。代表強化の部分では代表側の要望を聞きながら切り替えられるものは切り替えたいですし、時期をずらしてブラインドサッカーを国内で盛り上げられることを考えたい」

 具体的な動きはこれからだが、昨年12月8日の日本代表―モロッコ代表戦のような試合を国内で実施する可能性を探っていくことになる。

今年は予期せぬ形で中止を余儀なくされたが、2018年の第1回大会、2019年の第2回大会を日本で開催するため、2014年から準備をすすめてきた。男子のブラインドサッカーは世界選手権が1998年から7度開かれ、大陸別の大会も存在する。それでもなぜ新たな国際大会を創設したかったのか。松崎事務局長には日本国内に対するメリットにとどまらず、ブラインドサッカー界全体の意識を変える挑戦だった。過去の国際大会では「タブー」とみなされたことを変えていくことから着手した。

「障がい者の国際大会ではあるんですが、必要以上に健常者と区別しているような大会運営の仕方に対して、疑問に思うことがいくつかありました。たとえば、けがするリスクがある、という理由で目の見えない選手が1人ずつピッチに入場させることに対してネガティブでしたし、場内アナウンスも、ゴールした選手に対しても背番号しかコールしなかった。目は見えないかもしれませんが、彼らは1人のアスリートです。選手も観客の方もそう感じられる運営を目指していて、選手1人1人の名前をコールしながら入場させますし、得点した選手と背番号を一緒にアナウンスする。大会の有料化も2014年に渋谷で世界選手権を開催した時に満員にするなど、日本では実績を残せましたが、世界ではまだ波及していないので、どんどんすすめていきたいんです」


 日本代表は最新の世界ランクで12位だが、運営面で世界に負けないイニシアチブをとって、ブラインドサッカー界の意識を変えていきたい。その根底には松崎事務局長の苦い思い出がある。日本が出場できたかもしれない国際舞台があったが、交渉力や世界での存在感を示せていないおかげで、別の国に出場権がわたり、出場への道が閉ざされてしまったことがあった。

「その決定までのプロセスに不明瞭さはありましたが、それ以前に、交渉の土俵に上がれなかった時点で負けでした。このままだったらいつまでたっても、上の機関で決まったことにただ素直に従わざるを得ない。適切なタイミングで情報をとれるよう、そこから日本のプレゼンス(存在感)を高めるためにコツコツやってきました」

 苦い思いをした当時は政権によって行われた事業仕分けにより、確保していたはずの助成金がもらえなくなり、資金不足で日本選手権の開催が危ぶまれた年もあった。そこでお金を集めるために企業を回っても、お金を払ってもらう説得材料に乏しく、企業側から「盲導犬を応援することと、ブラインドサッカーを応援することの違いは何ですか」と言われ、答えに窮したこともあった。

 そこで2009年にビジョンとして掲げた「視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現すること」を具体化するプログラムを学校の現場等で実行しながら、世界で発言権を確保する活動にもとりくみはじめた。2013年からIBSA(国際視覚障害者スポーツ連盟)のフットボール委員会の委員になり、資金調達や企業との連携をグローバルに提案。IBSAの理事になるための選挙活動も行い、2017年に当選。今年11月にナイジェリアで女子では初となる世界選手権開催にも尽力した。女子の競技普及、発展の第一歩を踏み出すきっかけを作ったことになる。

 松崎事務局長は健常者で、周囲にも視覚障がい者がいたわけではないのに、なぜここまで熱くなれたのか。

「大学時代、ジャーナリストの方のもとへインターンシップで通わせてもらっていて、ネタ探しをしていたときにブラインドサッカーの合宿の存在を知りました。場所は奈良で、当時友人が名古屋に住んでいたので、軽い気持ちで参加して、全盲の選手のサポートをしに行きました。実は大学の同級生に全盲の子がいたのに1回も口を聞かないような、わりと薄情な人間でした」

 自ら反省を口にした松崎事務局長に、どんな転機があったのか。

「奈良の合宿で初めて全盲の選手とサッカーボールのパス交換をしたんですが、アイマスクをしてパスをつなごうとすると、お互いに声が必要です。見えていたらなんてことないパスが、見えない、というだけでこんなにも無心になれて、一生懸命になれて、しかも障がいがあるとか、ないとかいうことも忘れて……。心にあったバリアのようなものがガラガラっと崩れていきました。『ピッチの上だったら全然同じじゃないか』という感覚が芽生えて、ピッチを離れても障がい者に気軽に声をかけられるようになって、『実は僕、(障がい者の)手引きの仕方がわからないんです』ということも素直に言えるようになりました。逆に、『僕は障がい者だから手伝ってほしい』という変な押し付けもなかった。フラットな感じが心地よかったんです」


 その3カ月後の2002年11月には韓国に遠征。日本代表の一員としてブラジルとも対戦し、0‐7で敗れた。日本代表GK松崎は後半からピッチに立ち、5失点。最初で最後の代表戦で王国の洗礼を浴びた。

「15秒に1度、シュートを打たれている感じで……。十分に練習を積めていないので連携プレーに必要な共通言語もないし、ひたすら耐え忍ぶしかなかった。相手のブラジルは日常にサッカーが溶け込んでいて、目が見えているか、見えていないかより、サッカーかそうでないかの方が大事。つまり、目が見えなかったとしてもサッカーをすることが彼らにとっては当たり前で、そこに文化を感じました」

 ブラジルをはじめ、サッカーでもW杯を制したことがあるアルゼンチンやスペイン、フランスといった国々もコロナ騒動が収束したら、世界一を目指して日本にやってくる。松崎事務局長はこれから見るファンの方に、ブラインドサッカーのどんなところを見てほしいのだろうか。

「ブラインドサッカーの場合、見えているGKやゴール裏にいるガイドと、全盲のフィールドプレーヤー(FP)4人の選手たちが声で連携します。お互いが『声』や『音』を頼りにどうリスペクトして協調してやっているか、選手同士の声の掛け合いを聞いてもらいたいです。GKをやった私にも経験がありますが、たとえば『右』と指示したときに、FPに『右にどうしたらええねん』と聞かれました。『右を向け』なのか『右に寄せろ』なのか……。声のかけ方ひとつでプレーが変わるんです。そのやりとりは会場で見るとわかるし、プレーの激しさ、見えていないのにボールをコントロールしてシュートまでもっていく流れの凄さも感じられます」

 人は情報の約8割を視覚から得ていると言われるが、耳も澄まして選手を見ると、健常者のトップアスリートより優れた一面に驚かされるに違いない。ブラインドサッカーの試合会場には必ず体験コーナーも一緒に存在するので、ぜひブラインドサッカーを観て、一度体験してみることをお勧めする。

 そんなブラインドサッカーの理念に共感・共鳴している田中貴金属グループは、2017年より日本ブラインドサッカー協会のオフィシャルパートナーとして同協会の活動をサポート。男子の日本代表強化指定選手・寺西一を招いてデモンストレーションを行ったり、体験会を通して、社内外でブラインドサッカーの認知向上に努めている。2019年からは地道に一歩ずつ前進しながら高みを目指すすべての人を応援する「コツコツプロジェクト」を立ち上げ、コツコツ努力することの大切さや素晴らしさを伝える活動を行なっている。


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